会う約束を取る前に決めておくこと
先輩の連絡先を手に入れた時点で、たいていの人はすぐ日程の調整に取りかかる。順番としては一つ手前に戻ったほうがよい。1時間の面談で何を持ち帰るのかが決まっていないと、話は面白かったという感想だけが残り、志望先を絞る材料は増えない。
手がかりは自分の判断基準の側にある。内閣府の学生の就職・採用活動開始時期等に関する調査(令和6年度)は、就職先を決めるにあたって重視していることを尋ねている。最も多いのは「企業等の安定性」で64.1%、続いて「給与や賞与が高い/手当や社会保障が充実」が57.0%、「残業が少なく、休暇が取れるなどのワークライフバランス」が52.9%だった。「自分のやりたい仕事ができる」は49.9%、「職場の雰囲気が良さそう」は49.5%で、ほぼ半数が挙げている。
この並びには性質の違うものが混ざっている。数字として公表される義務があり、誰でも同じ答えにたどり着けるものと、社内にいる人の観測しか情報源がないもの。両者が同じ重要度で並んでいるのが、就職先選びの厄介なところである。訪問の目的は、後者だけを選び出して質問の形に変えることにある。
資料で届く範囲と、人に聞いて初めて届く範囲
線を引く基準は、開示の義務があるかどうかである。上場企業の財務状況は有価証券報告書に載り、賃金の水準は賃金構造基本統計調査で産業別・規模別に追える。ここを先輩に尋ねるのは、相手の時間の使い方としても損が大きい。重視項目ごとに、どちらの側にあるかを整理すると次のようになる。
| 重視していること | 回答割合 | 公開資料でどこまで届くか | 先輩に聞くと分かること |
|---|---|---|---|
| 企業等の安定性 | 64.1% | 有価証券報告書と決算資料で確認できる | その見通しが社内でどう説明されているか |
| 給与や賞与、手当の充実 | 57.0% | 求人票と公的な賃金統計で水準は分かる | 手当の運用と、昇給の実際の幅 |
| ワークライフバランス | 52.9% | 全社の平均値までは公表される | 自部署の繁忙期と、休暇の取りやすさ |
| 自分のやりたい仕事 | 49.9% | 事業内容と職種の区分までは分かる | 配属の決まり方と異動希望の通り方 |
| 職場の雰囲気 | 49.5% | ほぼ届かない | 決定が誰を通り、情報がどう降りてくるか |
表の上の二行は、会う前に自分で埋めておく欄である。埋め方の手順は業界研究の情報源|官公庁の統計と有価証券報告書に当たる順番にまとめた。埋めたうえで持ち込めば、公表値と現場の実感の差という形で質問が立つ。平均残業時間の公表値を示してから自分の部署はどうかと尋ねれば、答えが抽象論に逃げにくい。
下の三行が訪問の本題になる。ここは個人の観測に属するため、一人の答えだけでは一般化できない。同じ質問を複数の社員に投げて、答えが揺れる部分と揃う部分を見分ける作業が要る。だから一社あたり複数人に会う意味が生まれる。
3年で3割が辞める現実を、内訳で見る
手間をかけて確かめる動機は、入社後の数字が示している。厚生労働省の新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)によれば、大学を卒業して就職した人の3年以内離職率は33.8%で、前年より1.1ポイント下がった。年次ごとの内訳は1年目が12.1%、2年目が11.9%、3年目が9.9%である。最初の1年がいちばん高い。
同じ資料は事業所規模別の数字も示している。従業員5人未満の事業所に入った人は57.5%、5人から29人では52.0%、30人から99人では41.9%、100人から499人では33.9%、500人から999人では31.5%、1,000人以上では27.0%となる。規模が小さいほど高く、最小と最大で30ポイントを超える差がついている。
産業別では宿泊業・飲食サービス業が55.4%で最も高く、生活関連サービス業・娯楽業が54.7%、教育・学習支援業が44.2%、医療・福祉が40.8%、小売業が40.4%と並ぶ。志望先がこの帯にあるなら、なぜ辞める人が多いのかを先輩に聞く価値は大きい。数字そのものを突きつけるのではなく、忙しさの波や配属先の決まり方といった、離職につながりやすい条件の有無を尋ねるとよい。離職率と自分の条件をつなげる考え方は自己分析の重要性|3年で33.8%が辞める現実から逆算するで詳しく扱っている。
短い面談で理解はどこまで届くのか
接触時間の長さと分かることの量には、はっきりした関係がある。同じ内閣府の調査は、インターンシップと呼ばれるものに参加した学生へ、その効果を尋ねている。「会社の雰囲気を理解することができた」とはっきり答えた割合は、半日または1日の参加者で45.9%、5日以上の参加者で72.1%だった。
同じ傾向は他の項目にも出る。「仕事の内容を具体的に知ることができた」は49.8%から70.0%へ、「業界・業種を理解することができた」は63.6%から76.5%へ、「自分の将来設計を考えるのに役だった」は25.2%から49.5%へと上がる。雰囲気と将来設計の伸びが大きく、業界理解の伸びは小さい。業界の輪郭は短い接触でもつかめるが、空気と自分の将来像は時間を要するということである。
訪問はたいてい1時間前後で、5日間の体験には遠く及ばない。だから欲張らないほうが成果が出る。聞きたいことを三つに絞り、残りは次の人に回す。一社で聞いた内容を次の会社でも同じ言い方で尋ねれば、比較できる材料がたまっていく。短い接触を複数回束ねることで、長い接触に近づけるという発想になる。インターンシップとの住み分けはインターンの選考|実質的な選考58.6%という前提も参考になる。
守られる場になったことで加わった目的
2026年10月1日から前提が一つ増えた。改正男女雇用機会均等法と指針により、求職者等に対するセクシュアルハラスメントの防止措置が事業主の義務になった。厚生労働省の令和8年10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されますは、保護される求職活動等の例として「企業の雇用する労働者への訪問」を明記し、SNSなどオンラインを介したものも含むとしている。
事業主が講じなければならない措置は11項目ある。学生の動きに直接響くのは3番目で、面談時間および場所の指定、実施体制、やり取りに用いるSNSの種類の指定といったルールをあらかじめ明確にし、労働者と求職者等の双方に周知することが求められている。4番目では相談窓口をあらかじめ定めて求職者に周知することが義務づけられた。
この変化は、訪問の目的に新しい一欄を加えた。志望先がルールと窓口をどう整えているかは、学生への向き合い方がそのまま出る部分である。申込のルートが用意され、時間と場所が指定されている会社と、個人のやり取りに任せきりの会社では、入ってからの管理の丁寧さも違う可能性がある。会う前の下調べで見るべき対象が一つ増えたと考えればよい。若者と地域をつなぐ事業を手がけるFLASPOでも、受け入れ側の体制づくりは学生の安心に直結する論点として扱っている。
よくある質問
目的が定まらないまま申し込んでもよいか。構わないが、その場合は「何を知りたいか分からない」と正直に伝えるほうがよい。先輩の側も話の組み立てを変えられる。漠然とした質問に漠然とした答えが返り、双方の時間が減るのがいちばん避けたい形である。
選考で有利になるのか。政府の日程ルールに先輩訪問という区分はなく、広報活動とも採用選考活動とも定義されていない。企業によって扱いは分かれ、選考と地続きの運用をしている会社もある。有利不利を目的に据えるとかえって質問が無難になるため、判断材料を取るという本来の目的に戻したほうが得るものは多い。
何人に会えばよいか。人数の基準はない。目安としては、表の下三行について答えが揃うまでである。一社で二人から同じ説明が出てくれば、それは会社の性質として扱える。一人目と二人目で食い違ったら、三人目に当たるか、別の情報源で裏を取る。
オンラインでも目的は果たせるか。果たせる。防止措置の対象にもオンライン上のやり取りが含まれており、制度上の扱いは対面と変わらない。ただし職場の空気を知りたいのなら、画面越しでは拾える情報が落ちる。可能なら一人は職場の近くで会い、残りはオンラインで数を増やすという組み合わせが現実的である。
就職活動全体のどこに訪問を置くかは、新卒就活の流れ|自己分析から内定承諾までの7段階と判断の順番で段階ごとに整理している。
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