年に一度配られるあの質問票は、心理学の道具だった
勤め先で配られる、仕事の量や職場の雰囲気を尋ねる数十問の用紙を思い出してほしい。点数が返ってくるだけで何のための紙か分からないまま提出している人も多いが、あれは労働安全衛生法に基づくストレスチェックである。厚生労働省が実施者向けに公開している関連情報のページには、推奨する調査票として「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が挙げられ、PDFとWord、そして簡略版の23項目まで並んでいる。制度の側が、研究の中で作られた測定道具を名指しで採用している形である。
心理学という言葉からは面談室や心理検査が浮かびやすい。ただ、働く人の日常に最も広く触れている部分は、もっと事務的な顔をしている。質問票があり、点数があり、高ストレス者を選ぶ基準があり、部や課ごとの集計がある。学問の成果が、法律の運用の手順として置かれている。
ここから先は、57項目が何を見ているのか、職場でどこまで動いているのか、担い手がどれだけいるのか、そして個人の側で持ち帰れる部分は何か、という順に見ていく。
測った結果の扱いにも、手順が用意されている。厚生労働省のページには数値結果に基づいて高ストレス者を選ぶ方法の資料が置かれ、実施マニュアルや通知文の文例、労働基準監督署への報告様式まで一式が並ぶ。質問票だけが独立してあるのではなく、誰がどの順で何をするかまで含めて制度になっている。点数が一人歩きしないよう、結果を渡す相手や伝え方の例まで書かれているのはそのためである。
見ているのは原因だけでも症状だけでもない
調査票が三つの領域に分かれているところに、考え方がよく出ている。制度では、仕事のストレスの原因にあたる事柄、心身に出ている自覚症状、そして周囲からの支援という三方向を含む質問票を使うことになっている。原因を数えるだけでも、症状を測るだけでも足りないという立場である。
厚生労働省のこころの耳は、この構図をもう少しかみ砕いて示している。ストレス要因とは仕事や家庭、地域に存在する外界からの刺激であり、それに対して身体面・心理面・行動面に反応が生じる。反応は出ていても、原因のほうには気づきにくい。同じサイトが紹介している職業性ストレスモデルでは、反応が続くと健康障害に進むとされ、その出方は仕事外の要因、個人の要因、緩衝要因に左右されるとされている。
三つ目の領域が入っているのは、この緩衝要因のためである。職場で重要な緩衝要因として挙げられているのは上司や同僚からの支援で、同じ量の仕事でも、相談先があるかどうかで反応の出方が変わる。質問票に人間関係の項目が並ぶのは、やさしさの確認ではなく、効き目のある変数として置かれているからだと読める。
実施率は、事業所の大きさできれいに割れている
では現場でどれだけ動いているのか。厚生労働省の令和6年労働安全衛生調査(実態調査)によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.2%で、前年調査の63.8%からわずかに下がった。取り組んでいる事業所の取組内容では「ストレスチェックの実施」が65.3%で最も多い。
差がはっきり出るのは規模別である。義務の線が労働者50人で引かれていることが、そのまま数字に出ている。
| 事業所の規模 | メンタルヘルス対策に取り組んでいる | うちストレスチェックを実施 |
|---|---|---|
| 50人以上 | 94.3% | 89.8% |
| 30〜49人 | 69.1% | 57.8% |
| 10〜29人 | 55.3% | 58.1% |
| 全体 | 63.2% | 65.3% |
同じ調査では、ストレスチェックを実施した事業所のうち、部や課など集団ごとの分析まで行った割合が75.4%、その分析結果を活用した割合が76.8%となっている。個人に点数を返すところで止めず、職場の側を見直す材料に使った事業所が四分の三を超えたことになる。心理学の調査票が効いてくるのは、本来この段階である。
担い手は国家資格になり、七万人台に乗った
人の数でも変化が見える。内閣府の令和7年版障害者白書は、公認心理師の資格登録者数を2024年12月末時点で73,678人と記している。国家資格としての歴史はまだ浅く、同じ表に並ぶ精神保健福祉士の111,588人や作業療法士の118,655人(いずれも白書掲載の時点)と比べると、人数の面では後発である。
それでも、心理の専門職が資格として数えられる存在になった意味は小さくない。産業医や保健師と並んで相談先の選択肢に挙げられるようになり、面接や検査の担い手が制度上の位置を持つ。相談窓口の案内に職種名が書けるようになったことで、誰に何を頼めるのかが外から見えるようになった。
心の不調を扱う制度の全体像はメンタルヘルスの基本で整理している。担い手の役割分担についてはメンタルケアとはが四つのケアの枠組みから説明しているので、あわせて読むと位置関係がつかみやすい。
個人の側に持ち帰れるのは、気づきと相談先の二つ
制度に乗らない立場の人にとっても、使える部分は残る。こころの耳が勧めているのは、まず自分で心身の緊張に気づくこと、そして解消の手を複数持っておくことである。具体例として挙がっているのは腹式呼吸、筋肉をゆっくり伸ばすストレッチ、勝敗より楽しむことを優先した運動、起きたときに気持ちよく日中に眠くならない睡眠、親しい人との交流、仕事から離れた趣味などで、どれも特別な道具はいらない。
一方で勧められていない対処もはっきり書かれている。喫煙は勧められず、飲酒も量と頻度の管理が要るとされ、習慣にすることは避けるよう促されている。運動や趣味でさえ、翌日に響くほど行えば逆効果になるという注意が添えられている。
相談については、先の労働安全衛生調査に手がかりがある。ストレスを相談できる人がいる労働者は94.6%に達する一方、実際に相談したことがある人はそのうち74.7%にとどまる。相談先として最も多いのは家族や友人で62.1%、次いで上司が58.9%だった。窓口の有無より、持っている相談先を実際に使うかどうかで差がつく。関係づくりの土台については人間関係と心理学で扱っている。地域とのつながりを通じて相談相手を増やす道もあり、FLASPOのような場づくりの取り組みはその入口になりうる。
相談できる相手として挙げられる顔ぶれも、男女で違っている。同じ調査では、男性は上司を挙げる割合が70.6%で最も高く、女性は家族や友人が71.1%で最も高い。同じ職場にいても、頼る先の作られ方は一通りではない。自分がどこに相談先を持っているかを一度数えてみると、足りない方向が見えてくる。
よくある質問
50人未満の職場では受けられないのか。制度としての義務は労働者50人以上の事業場に課されているため、それ未満では実施されないことがある。ただし調査では10〜29人の事業所でも、メンタルヘルス対策に取り組む事業所の58.1%がストレスチェックを実施していた。義務がないことと、やっていないことは同じではない。
公認心理師と臨床心理士はどう違うのか。前者は国家資格で、白書が人数を把握している。後者は民間の認定による資格で、白書の国家資格の一覧には登場しない。名称が似ているため混同されやすいが、根拠となる仕組みが異なる。
57項目の質問票は自分でも手に入るのか。厚生労働省の実施者向けページでPDFとWordが公開されており、簡略版の23項目も掲載されている。ただし個人が自分で回答しただけでは、法に基づくストレスチェックを実施したことにはならない。
受けるだけで何か変わるのか。点数を受け取って終われば、負担の記録にしかならない。集団ごとの分析を行った事業所が75.4%、その結果を活用した事業所が76.8%という数字が示すとおり、職場の側の見直しにつながって初めて測った意味が出る。個人としては、高ストレスと判定されたときに医師の面接指導を申し出られる仕組みを覚えておくと使い道がある。
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