心構えの話に見えて、実際は制度の話から始まる
心の健康を保つ基本として挙げられるのは、たいてい睡眠と運動と相談である。間違いではない。ただ、働く人の心の健康について日本で「基本」と呼べる形が決まっているのは、個人の習慣ではなく職場に課された仕組みの側である。ここを知らないまま習慣の話だけをすると、使える手段を取りこぼす。
中心にあるのはストレスチェックで、2015年から労働安全衛生法によって事業者に実施が義務づけられている。根拠は同法第66条の10で、位置づけは一次予防、つまり不調が起きる前の段階で手を打つことに置かれている。既に不調が出てからの治療や復職支援とは別の層を狙った制度である。
対策は不調との距離で三つの層に分けて考えられる。起きる前に負荷を下げる層、早く気づいて手当てする層、休んだ人が戻るのを支える層である。ストレスチェックが置かれているのは一つ目で、これは層の中で最も人数が多く、同時に手応えが見えにくい場所でもある。症状が出ていない人を対象にするため、効いたかどうかが本人にも職場にもわかりにくい。制度として義務にしなければ進まないと判断された理由はそこにある。
この制度には、設計の意図と実際の広がりの間に段差がある。段差の正体は事業所の規模で、そこが令和10年に動く。順に、何を測る制度なのか、どこまで行き渡っているのか、受けた後に何が起きているのかを見ていく。
年に一度の検査が何を測っているか
厚生労働省の広報誌「ストレスチェック制度の取り組み」の説明によれば、この制度は常時使用する労働者に対して1年以内ごとに1回、医師や保健師等による検査を行う仕組みである。測るのは病名ではなく、仕事の負担や周囲の支援、本人の心身の状態といったストレスの状況で、不調の前段階を把握する点に主眼がある。
結果は本人に通知され、高ストレスと判定された人から申し出があった場合には、医師による面接指導を行うことが事業者の義務になる。事業者は面接指導の結果に基づいて医師の意見を聴き、必要なら就業上の措置につなげる。検査が本人の自己確認で終わらず、業務の側を動かす経路までが制度に書き込まれている点が要である。
逆に言えば、申し出がなければ面接指導には進まない。検査の受け方は義務でも、その先の一歩は本人の判断に委ねられている。不調に気づく手がかりそのものについては人間関係とメンタルの記事で別の統計から扱った。
実施率は事業所の大きさで二つに割れる
厚生労働省の「令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)」によると、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は63.2%だった。そのうち取組内容として最も多いのが「ストレスチェックの実施」の65.3%、次が職場環境等の評価および改善の54.7%である。ここから規模別に分けると、様子が変わる。
| 事業所規模 | ストレスチェックを実施した割合 |
|---|---|
| 1,000人以上 | 100.0% |
| 500〜999人 | 99.4% |
| 300〜499人 | 98.0% |
| 100〜299人 | 96.7% |
| 50〜99人 | 84.7% |
| 30〜49人 | 57.8% |
| 10〜29人 | 58.1% |
50人のところで数字が折れている。50人以上をまとめた再掲値は89.8%で、30人から49人は57.8%、10人から29人は58.1%である。30ポイント以上の開きが、努力義務だった層と義務だった層の境目にそのまま乗っている。働く人の意識の差ではなく、法の線の位置が実施率を決めてきたことがわかる。
そして、この段差は年ごとに縮まってはいない。令和5年調査と並べると、取組内容としてのストレスチェックの実施は65.0%から65.3%へ、50人以上の再掲値は89.6%から89.8%へと、いずれも0.3ポイント以内の動きである。30人から49人の層は58.1%から57.8%へわずかに下がった。自然に広がるのを待つ段階は終わっていると読める。
2028年4月に線が引き直される
この境目は固定ではない。労働者数50人未満の事業場は当分の間の努力義務という扱いが続いていたが、2025年5月に公布された改正労働安全衛生法によって実施が義務づけられた。適用の開始は令和10年4月1日、西暦では2028年4月1日である。
小さな事業場にとっては、やることが増えるという話にとどまらない。50人未満の職場には産業医の選任義務がかからないため、検査をした後に面接指導へつなぐ相手が社内にいないことが多い。制度を回すには、各都道府県の産業保健総合支援センターのような事業場外の資源を前提に組み立てる必要がある。
働く場所を比べる段階でも、この差は見ておく価値がある。従業員数が二桁の職場では、2028年までは検査そのものが無い可能性がある。地域に拠点を置く企業を調べるときには、FLASPOのような入口で社名を押さえたうえで、産業保健の体制を面接で確かめる順序が現実的である。
受けただけでは職場は変わらない
検査を実施した事業所でも、結果の使い方には段がある。ストレスチェックを実施した事業所のうち、結果を部や課などの集団ごとに分析した事業所は75.4%で、令和5年の69.2%から6.2ポイント上がった。個人の点数を本人に返すだけでなく、どの部署に負荷が寄っているかを見る使い方が増えている。
ただし分析と活用の間にもう一段ある。集団ごとの分析を実施した事業所のうち、分析結果を活用した事業所は76.8%で、前年の78.0%からわずかに下がった。分析した4分の1近くは、出した結果を次の手に結びつけていない。
活用した場合の中身は、残業時間の削減や休暇取得に向けた取組が48.5%で最も多く、業務配分の見直しが34.8%、人員体制や組織の見直しが33.8%、職場の物理的環境の見直しが19.6%と続く。時間を削る方向は手がつきやすく、人の配置を変える方向は3件に1件という比率である。パワハラのような関係性の問題が会社に伝わっても動かない例は人間関係と職場の記事で触れた。
集団分析の実施率にも規模の傾斜が残る。1,000人以上の事業所では96.7%が分析まで進み、分析結果を活用した割合も93.0%に達する。これに対して50人から99人では分析が79.3%、30人から49人では72.9%である。検査を受けられるかどうかの差が縮まったとしても、受けた結果を職場の設計に戻せるかという次の差は、規模の側に残り続ける。
よくある質問
ストレスチェックを受けないと不利になるか。受検そのものは労働者に義務づけられていない。事業者には実施する義務があるが、受けるかどうかは本人が決められる。受けなかったことを理由に不利益な扱いをすることは認められていない。
結果は会社に見られるのか。個人の結果は本人に通知される仕組みで、本人の同意なく事業者へ提供することはできない。集団ごとの分析に使われる場合は、部や課といった単位にまとめられ、個人が特定されない形で扱われる。
高ストレスと出たら必ず面接指導を受けるのか。進むのは本人から申し出があった場合である。申し出があれば医師による面接指導の実施が事業者の義務になり、その結果をもとに就業上の措置が検討される。申し出をしないという選択も制度上は成り立つ。
50人未満の職場で2028年より前に受けたい場合はどうするか。義務ではない期間でも事業者が自主的に実施することはできる。費用や実施者の確保が課題になるため、産業保健総合支援センターの支援や、健康保険組合の事業を使う形が取られることが多い。
検査の項目はどこの会社も同じものか。国が標準として示している調査票があり、多くの職場はそれを使う。仕事の負担や周囲の支援、心身の状態といった領域を押さえていれば、独自の項目を加えることも認められている。比べるときは項目数ではなく、集団ごとの分析まで行っているかを見るほうが実態に近い。
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