ジェンダーフリーとは|行政文書から消えた言葉の経緯

ジェンダーフリーとは|行政文書から消えた言葉の経緯

古い資料にだけ残っている言葉

図書館で2000年代前半の自治体の啓発冊子を開くと、この言葉がよく出てくる。男女共同参画センターの講座名、学校向けの手引き、市の基本計画の本文。ところが2010年以降の同じ種類の資料をいくら探しても、ほとんど見つからない。言葉が流行り廃りで入れ替わったのではなく、使わないほうが適切だという判断が国から示され、現場がそれに従った結果である。

この経緯を知らないまま昔の資料を読むと、行政が立場を変えたように見える。実際に変わったのは言葉のほうで、目指す社会の形は法律に書かれたまま動いていない。何が整理され、何が残ったのかを順に追うと、現在使われている用語の関係も見通しやすくなる。

出発点として押さえておきたいのは、生物学的な性別と社会的な性別という二つの層の区別である。この区別自体は公的文書に定義として残っており、セックスとジェンダーの違いの記事で詳しく扱っている。

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1990年代に広まった和製の用語

もともとは、性別によって生き方や役割をあらかじめ割り振られない状態を指す言い方として、1990年代に教育と行政の現場へ広まった。英語圏の学術用語をそのまま訳したものではなく、日本国内で組み立てられて定着した語だという指摘が、言葉の歴史を追った研究には繰り返し出てくる。

この成り立ちが、のちの混乱の下地になった。定義を定めた文書が最初に存在しなかったため、使う人ごとに意味の幅が違っていたのである。性別で進路を狭めないという意味で使う人もいれば、性別による区別そのものをなくすという意味で受け取る人もいた。出席簿の並べ方、体操着の色、学校行事の運営といった具体的な場面に話が降りると、この幅はそのまま対立になる。

2000年代前半には、行き過ぎた事例として挙げられた取り組みをめぐって国会でも議論が交わされた。賛否の双方が同じ言葉を使いながら別のものを指していたため、議論は収束しにくかった。そこで、言葉の整理を計画の中で行うという方法が取られることになる。

2005年の計画が置いた定義

2005年12月に閣議決定された男女共同参画基本計画(第2次)には、「社会的性別(ジェンダー)の視点」という補足説明が付けられた。内閣府が公表している抜粋では、まず生物学的性別との関係がこう説明されている。人間には生まれついての生物学的性別があり、一方で社会通念や慣習の中には社会によって作り上げられた男性像、女性像があって、このような男女の別を社会的性別と呼ぶ、という整理である。

続けて、社会的性別はそれ自体に良い悪いの価値を含むものではなく、国際的にも使われている語だと明記された。見直しの対象になるのは、それが性差別や固定的な役割分担、偏見につながっている場合であり、男女共同参画社会の形成を阻害しないものまで見直そうとするものではない、とも書かれている。社会制度や慣行の見直しは社会的な合意を得ながら進める必要があるという一文も添えられた。

そのうえで補足説明の2項に、問題になっていた用語への言及が置かれた。該当箇所は、この用語を使用して性差を否定したり、男らしさ、女らしさや男女の区別をなくして人間の中性化を目指すこと、また家族やひな祭り等の伝統文化を否定することは、国民が求める男女共同参画社会とは異なる、という書き方になっている。言葉そのものを禁じるという形ではなく、その語で呼ばれていた特定の主張を計画の外に置く、という構えである。

2006年1月に示された「使わないのが適切」

計画の閣議決定から約1か月後、内閣府が地方公共団体に向けて考え方を示した。平成18年版の男女共同参画白書には、内閣府では平成18年1月、地方公共団体において、この用語について今後は使用しないことが適切との考えを示した、と記録されている。平成20年版の白書も同じ内容を、計画に記述された趣旨を踏まえた判断として繰り返している。

注意したいのは、この判断が条例や法令による禁止ではない点である。国が地方に対して適切さの考え方を伝えたという位置づけで、各自治体はそれを受けて自分の計画や資料の表現を改めた。同時に内閣府は、理念と定義の正確な理解を広げるため、担当大臣が全国を回る研修会を行政職員や地方議会議員を対象に開いている。言葉を引っ込めるだけでは誤解が残るという認識があったことがうかがえる。

平成20年版の白書の記述を読むと、この時期の施策が用語の整理と広報の二本立てで組まれていたことがわかる。研究者の間では、この決着をめぐる評価は今も一致していない。混乱の解消として妥当だったと見る立場と、議論の押し込めだったと見る立場の両方があり、どちらも当時の資料を根拠にしている。

いま使われている言葉との対応

では現在の文書は何を使っているのか。似た領域を指す用語を、指し示す中身と公的文書での扱いで並べると次のようになる。

用語 指し示す中身 公的文書での扱い
セックス(生物学的性別) 生まれついての性別 第2次基本計画の補足説明で定義
ジェンダー(社会的性別) 社会が作り上げた男性像・女性像 価値判断を含まない語として定義。現行計画でも使用
ジェンダー・フリー 性別による割り振りのない状態(定義は不統一) 2006年1月以降、地方公共団体では使用しないのが適切との考え
男女共同参画 男女が対等に参画し利益と責任を分かち合う社会 1999年の基本法に基づく法律上の用語
ジェンダー平等 国際目標としての男女の平等 持続可能な開発目標の訳語として定着

表を見ると、消えたのは中段の一語だけで、上下の用語はいずれも生きていることがわかる。行政文書で何かを言い表す必要があるときは、法律上の用語である男女共同参画か、国際目標に沿った言い方のどちらかが選ばれる。前者の到達度の測り方はジェンダー平等、国際比較での位置はジェンダーギャップの記事で確認できる。

地域の現場では、言葉より先に手順を決めるほうが話が進みやすい。委員の候補者名簿に複数の性別を入れる、役職の持ち回りを決めておく、といった取り決めは用語の論争を経由せずに合意できる。地域での働き方や暮らし方を具体的に考える入口としてはFLASPOも手がかりになる。

よくある質問

この用語は法律で禁止されたのですか

されていません。2006年1月に内閣府が、地方公共団体において今後は使用しないことが適切だという考え方を示したものです。罰則や禁止規定を伴う措置ではなく、民間の出版物や研究論文での使用を妨げるものでもありません。

では「ジェンダー」という言葉も避けるべきなのですか

避ける必要はありません。第2次基本計画の補足説明は、社会的性別という語をそれ自体に良い悪いの価値を含まないものと定義し、国際的にも使われていると明記しました。現在の基本計画でもこの語は使われ続けています。

計画は性別による区別をすべて見直すと言っているのですか

そうではありません。見直しの対象は、社会的性別が性差別や固定的な役割分担、偏見につながっている場合だと限定されています。阻害要因にならないものまで見直す趣旨ではなく、社会的な合意を得ながら進めるという条件も付いています。

古い計画書にこの用語が残っている場合どうすればよいですか

改訂のタイミングで、趣旨を変えずに言い換えるのが実務的です。性別にかかわらず進路や役割を選べる状態を指していたのであれば、男女共同参画の理念に沿った表現へ置き換えれば内容は保てます。

教育現場での行き過ぎた事例というのは何を指していたのですか

計画の補足説明では、児童生徒の発達段階を踏まえない性教育、男女同室での着替えや宿泊、男女混合の騎馬戦などが例として挙げられました。公共施設のトイレの男女別色表示を同じ色にすることも、男女共同参画の趣旨から導かれるものではないと書かれています。

いまこの言葉を使うと間違いになるのですか

日常の会話や過去の経緯を説明する文脈で使うのは問題ありません。ただし自治体の計画や広報のような公的な文書では、定義が不統一なまま読み手に渡ることになるため、法律上の用語を選ぶほうが誤解が少なくなります。


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