「そんなつもりはなかった」のあとに残るもの
会議のたびに若手の女性へ議事録を頼み、同期の男性には客先の同行を頼む。頼んだ側に含むところはなく、手が空いていたからだと説明される。ところが半年たって振り返ると、議事録を書いたのはいつも同じ人で、客先に出た人だけが取引先の担当者名を覚えている。ジェンダーバイアスという言葉が指し示すのは、この半年分の差のほうである。
バイアスは「偏り」を意味する。性別を手がかりにして、相手の能力や希望を本人に確かめる前に見積もってしまう判断の癖を、ジェンダーバイアスと呼ぶ。差別との違いは意図の有無ではなく、判断がたどる経路にある。「女性だから任せない」と決めるのが差別、「この仕事は女性には重いだろう」と見積もったうえで任せないのがバイアスである。到達点が同じでも、後者は本人の自覚がないまま何度も繰り返される。
古い言い方では「性別役割分担意識」、近年は「アンコンシャス・バイアス」とも呼ばれる。順序を整理すると、社会に共有された男性像・女性像がまずあり、それが個人の中で判断の近道として働き、割り当ての差が積み上がって進路や昇進の差になる。土台にある用語の違いはセックスとジェンダーの違いの記事で整理している。
国が41項目で測った結果は76.3パーセント
この癖がどの程度広く共有されているのかを、国が人数を揃えて測った調査がある。内閣府男女共同参画局が2022年8月に実施した「性別による無意識の思い込みに関する調査研究」で、対象は全国の20代から60代の男女1万906人。男性5,452人、女性5,384人、性別を「その他」と答えた人が70人で、全体の0.6パーセントにあたる。47都道府県それぞれで性別と年代を均等に回収する設計が取られている。
家庭やコミュニティ、職場、その他の場面にわたる41の項目について、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」「どちらかといえばそう思わない」「そう思わない」の4段階で答えてもらう形式である。報告書によれば、回答者全体の76.3パーセントが、41項目のうち1つ以上に「そう思う」または「どちらかといえばそう思う」と答えた。
同じ調査で、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)」という言葉を知っている人は21.4パーセントにとどまった。4人に3人が何らかの思い込みを持ちながら、それを指す言葉は5人に1人しか知らない。この二つの数字の落差が、研修の場でこの調査が引かれる理由である。なお前回調査は36項目で、今回は5項目を追加しているため、政府自身も前回との単純な比較は行っていない。
設問は意識だけを聞いて終わりではない。各項目について、直接言われた経験、言動や態度からそう感じた経験、テレビや雑誌やインターネットで見た経験の三通りを分けて尋ね、さらにそれを言ったり感じさせたりした相手まで聞いている。思い込みをどこから受け取ったのかを追える設計になっており、研修教材として引かれるのはこの部分である。
男女で重なる項目と、大きく離れる項目
項目ごとに見ると、男女の答えは一致するところと離れるところがはっきり分かれる。「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」を合わせた割合で、男女双方の上位に入った主な項目は次のとおりである。
| 項目 | 男性 | 女性 |
|---|---|---|
| 男性は仕事をして家計を支えるべきだ | 48.7% | 44.9% |
| 女性には女性らしい感性があるものだ | 45.7% | 43.1% |
| 女性は感情的になりやすい | 35.3% | 37.0% |
| デートや食事のお金は男性が負担すべきだ | 34.0% | 21.5% |
| 男性は結婚して家庭をもって一人前だ | 30.4% | 17.9% |
| 男性は人前で泣くべきではない | 28.9% | 17.6% |
最も高かったのは男女ともに同じ項目で、稼ぎ手を男性に割り当てる考え方だった。男女双方の上位8項目のうち7項目は男性の回答割合のほうが高い。ただし例外があり、「女性は感情的になりやすい」は女性の37.0パーセントが男性の35.3パーセントを上回る。自分たちについての見方を、当事者のほうが強く持っている項目があるということになる。
差が10ポイント以上開いたのは、下の三つのように「男性は〜べきだ」という形の項目である。費用の負担、結婚の有無、人前での涙。いずれも男性自身に向けられた規範で、男性のほうが強く抱えている。ジェンダーバイアスを女性が被る不利益の話だと受け取ると、この半分が視界から抜け落ちる。
家庭やコミュニティの場面では、男性の上位5項目に仕事と家事の分担にかかわる項目が二つ入り、いずれも女性より男性の割合が高かった。一方で女性側の上位には、結婚によって経済的な安定を得るほうが良いという項目が27.2パーセントで入っている。同じ分担の話を、支える側の責任として見るか、安定の確保として見るかで、置かれる位置が違ってくる。
職場では別の項目が上位に来る
場面を職場に限ると、順位の顔つきが変わる。男女ともに1位は「育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきでない」で、男性33.8パーセント、女性33.2パーセントとほぼ並ぶ。配慮のつもりで口にされやすい分だけ、異議が出にくい項目でもある。お茶くみに関する項目も職場の上位に入っている。
注目すべきは年代の出方である。「同程度の実力なら、まず男性から昇進させたり管理職に登用するものだ」について、報告書は20代から30代の男性で「そう思う」傾向が強いと指摘している。広報誌の解説でも、職場の項目では20代男性で割合の高いものが多く見られたと整理されている。世代が下がれば自然に薄まる、という見通しはこの調査からは出てこない。
もう一つの非対称は、意識と経験のずれにある。全項目の平均では、役割を割り当てる意識は男性のほうが強く、そう言われたり態度から感じたりした経験は女性のほうが多い。「女性は結婚によって、経済的に安定を得る方が良い」と感じた経験は50代から60代の女性に多く、そう感じさせた相手として最も多く挙がったのは母親、次に父親だった。思い込みは職場から家庭へ一方向に流れてくるものではなく、育つ過程で先に手渡されている。
気づくための手がかりは三つある
第一に、言葉にして置き直すこと。「重いだろう」「向いていないだろう」と頭に浮かんだとき、その見積もりの根拠を一度口に出してみる。本人に聞いていないことに気づけば、そこで判断を止められる。認知度が21.4パーセントという数字は、裏返せば言葉を手に入れるだけで止まる判断がまだ多く残っていることを意味する。
第二に、数えること。意識を測るのは難しいが、割り当ては記録に残る。1年分の議事録の担当者、1年分の出張者名簿、研修の派遣者一覧。どれも既にある書類で、集計すれば偏りは数字になる。地方自治体の現場でこの点検をどう進めるかは地方公務員のジェンダーバランスの記事で扱っている。
第三に、制度の側に寄せること。個人の心がけだけに頼ると、忙しい時期に必ず元へ戻る。候補者名簿に必ず複数の性別を入れる、役割の割り当てを持ち回りにする、といった手順の形にしておくほうが続く。国全体の数値目標はジェンダー平等、国際的な位置づけはジェンダーギャップの記事で確認できる。地域での働き方や暮らし方を考える入口としてはFLASPOも参考になる。
よくある質問
ジェンダーバイアスは誰にでもあるものですか
国の調査では回答者の76.3パーセントが41項目のうち1つ以上に同意しており、特定の層だけが抱えるものとは言えません。問われているのは有無ではなく、気づかないまま人の割り当てに使っているかどうかです。
言葉を知れば直るのですか
知ることは出発点にすぎません。同じ調査で言葉そのものの認知度は21.4パーセントでした。見積もりの根拠を口に出す、割り当てを数えるといった手順に落とすところまで進めないと、研修の翌週には元の判断に戻ります。
男性にとっても不利益があるのですか
あります。「男性は人前で泣くべきではない」に同意した男性は28.9パーセントで、女性の17.6パーセントを大きく上回りました。弱さを出せない規範は、相談の遅れや孤立という形で本人に返ってきます。
家庭の役割分担を自由に決めるのも問題なのですか
話し合って決めた分担そのものが問われているわけではありません。論点は、話し合う前から性別で決まっていないかという点にあります。あとから決め直せる状態なら、どの形を選んでも差し支えありません。
企業の研修で扱うときは何から始めればよいですか
意識調査より先に、既にある記録の集計から入るほうが具合がよいでしょう。議事録の担当、出張者、研修の派遣者、昇進候補の名簿。数字が出てから項目別の調査結果を重ねると、自社の偏りがどの項目に対応するのかが見えます。
この調査の数字は毎年更新されるのですか
毎年同じ設計で続く調査ではありません。2022年の調査は前回の36項目に5項目を加えたうえ、標本の取り方も変えているため、政府自身が前回との単純比較を控えています。年ごとの増減ではなく、項目間の差を読むのが正しい使い方です。
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