原則は65歳、その手前に「10年」という入口がある
60歳の誕生日が近づいた人がまず確かめるべきなのは、年齢よりも資格期間のほうである。日本年金機構の「老齢年金ガイド」は、老齢基礎年金と老齢厚生年金を受け取るには保険料納付済期間や免除期間などを合算した資格期間が10年以上必要だと示している。平成29年7月以前に受給開始年齢を迎えた人は原則25年以上が求められていたので、ここは制度が途中で変わった場所でもある。
この入口を通ったうえで、受け取り始める時期の原則が65歳になる。原則という言い方には理由がある。同じガイドには、60歳から65歳になるまでの間に前倒しする「繰上げ受給」と、66歳から75歳までの間に後ろへずらす「繰下げ受給」が併記されている。受け取り開始は65歳という一点ではなく、60歳から75歳までの15年の幅から自分で選ぶ設計になっているわけだ。
もうひとつ押さえておきたいのは、年金は請求して初めて決まるという点である。65歳になった月に自動で振り込みが始まるわけではなく、請求の手続きが前提になる。幅のどこを選ぶかという問題と、手続きをいつ出すかという問題は別物で、後者を放置した結果が次に述べる繰下げ待機期間として扱われることもある。
前へ倒す選択にかかる1か月0.4%という重み
退職の時期が60歳で、再就職の見込みが立たないという事情は珍しくない。繰上げ受給は60歳から65歳になるまでの間に請求でき、繰り上げた月数に0.4%を掛けた割合だけ年金額が減る。60歳0か月で請求すれば60か月分となり、減額は24%に達する。
この率が生涯変わらないところが繰上げの重さである。80歳でも90歳でも、減った水準の年金が続く。昭和37年4月1日以前に生まれた人は1か月あたり0.5%で計算され、60歳時点では30%減となる。率が生年月日で違うため、早見表は自分の生まれ年の欄で読む必要がある。
金額のほかに制約も付いてくる。老齢基礎年金と老齢厚生年金はあわせて請求しなければならず、片方だけ前へ倒すことは原則できない。いったん請求すると取り消せない。さらに、繰上げ後に障害の状態が重くなっても障害基礎年金は受け取れず、寡婦年金も対象から外れ、国民年金に任意加入して保険料を追納する道も閉じる。目先の資金繰りだけで判断すると、失うものが見えにくい選択である。
後ろへ倒すと最大84%増える、ただし増えないものがある
66歳以降に請求を遅らせると、繰り下げた月数に0.7%を掛けた割合で年金額が増える。70歳時点で42%、75歳時点で84%の増額となり、この増額率も生涯変わらない。上限は75歳で、昭和27年4月1日以前に生まれた人は70歳までとなる。75歳に達した月を過ぎてから請求しても増額率はそれ以上伸びず、75歳までさかのぼって決定される扱いになる。
| 受け取り始める年齢 | 本来の額に対する割合 | 満額の老齢基礎年金なら月額 |
|---|---|---|
| 60歳0か月 | 76.0% | 約53,662円 |
| 63歳0か月 | 90.4% | 約63,830円 |
| 65歳0か月(原則) | 100.0% | 70,608円 |
| 70歳0か月 | 142.0% | 約100,263円 |
| 75歳0か月 | 184.0% | 約129,919円 |
増額の対象にならないものを知らずに待つと、見込みが崩れる。加給年金額や振替加算は増額されないうえ、年金を受け取っていない待機期間中はそもそも支払われない。65歳以降も働いて在職老齢年金の仕組みで支給停止される部分も、増額の計算には含まれない。65歳から66歳までの間に遺族給付などを受け取る権利があるときは繰下げの請求自体ができず、待機中に配偶者が亡くなって遺族年金の権利が生じた場合はその時点で増額率が固定される。
医療保険や介護保険の自己負担や保険料、税金に影響する場合があることも、同機構は注意事項として挙げている。額面が84%増えても手取りが同じ比率で増えるとは限らない。
昭和36年4月1日以前に生まれた人には65歳前の年金がある
親世代の話を聞いて「60代前半から年金が出ていた」と感じる人がいるのは、記憶違いではない。昭和36年4月1日(女性は昭和41年4月1日)以前に生まれ、厚生年金保険または共済組合等の加入期間が1年以上ある人は、生年月日に応じた60歳から64歳の年齢から65歳になるまでの間、特別支給の老齢厚生年金を受け取れる。
男性と女性で5年ずれているのは、支給開始年齢の引上げが段階的に進んできたためである。男性で昭和34年4月2日から昭和36年4月1日までに生まれた人なら64歳から報酬比例部分が始まる。そして昭和36年4月2日以降(女性は昭和41年4月2日以降)に生まれた人にはこの仕組みがなく、出発点は65歳だけになる。いま50代以下の世代が読むべき欄はこちらである。
特別支給の老齢厚生年金は繰下げの対象外で、待っても増えない。逆に、受給開始年齢の前月までの間であれば繰上げ請求はできる。たとえば受給開始年齢が63歳の人が60歳で繰上げると、老齢厚生年金は36か月分の14.4%、老齢基礎年金は60か月分の24%が減る計算になる。基礎と厚生で減額の月数が違うので、1枚の率で考えると読み違える。
実際に時期を動かしている人はどれだけいるのか
制度に15年の幅があっても、多くの人が選んでいるのは原則どおりの時期である。厚生労働省の「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によれば、令和6年度末の老齢厚生年金受給権者2,869万7,329人のうち繰上げ率は1.2%、繰下げ率は1.9%で、96.9%が本来の時期に受け取っていた。
とはいえ数字は動いている。繰下げ率は令和2年度末の1.0%から1.9%へ、繰上げ率も0.5%から1.2%へ上がった。年度末時点で70歳の受給権者だけを取り出すと繰下げ率は4.2%で、令和2年度末の1.6%から2倍を超える。5年を超えて繰り下げている人も令和6年度末で27,983人いる。
国民年金側は景色が違う。基礎のみ・旧国年の受給権者では繰上げ率が23.2%に達し、繰下げ率は2.4%にとどまる。老齢基礎年金(25年以上)の受給者の平均年金月額を状況別に見ると、繰上げの人が46,448円、本来の人が60,503円、繰下げの人が77,244円で、選択の違いがそのまま月々の差として表れている。地域や世代で家計の前提が変わる点は、少子高齢化が若者世代にもたらす負担の論点や少子高齢化の問題点の整理とあわせて見ると輪郭がはっきりする。
よくある質問
65歳で請求せずに放っておくと、年金は消えるのでしょうか。 消えるわけではなく、繰下げ待機期間として扱われる。待機中はいつでも、繰下げ受給を請求するか、65歳からの本来の年金をさかのぼって受け取るかを選べる。ただし75歳に達した月を過ぎると増額率はそれ以上伸びないため、待ち続けることが有利に働く範囲には限りがある。
基礎年金と厚生年金で、受け取り始める時期を別々にできますか。 繰下げはどちらか一方だけでも可能で、老齢基礎年金を65歳から受け取りながら老齢厚生年金を待つ組み方ができる。繰上げは逆で、両方そろえて請求することが原則として必要になる。前へ倒すほうが選択の自由度は低い。
働きながら受け取ると年金は減りますか。 在職老齢年金の仕組みでは、賞与込みの月収と老齢厚生年金の合計が支給停止調整額を超えると、超えた分の半分が止まる。この調整額は令和7年度の51万円から令和8年度は65万円に引き上げられた。止まるのは老齢厚生年金で、老齢基礎年金は対象外である。
繰下げは何歳まで生きれば得になりますか。 増額率が生涯続くため、長く受け取るほど総額は有利に傾く。ただし待機中は年金が入らず、加給年金額や振替加算もその間は受け取れない。税や社会保険料の負担が増える場合もあるため、額面の増加率だけで線を引くのは乱暴である。働き方と生活設計の話として扱うほうが実際に近く、地方移住や二拠点の選択肢を含めた暮らしの組み替えはFLASPOでも扱っているテーマである。
資格期間が10年に届かないときはどうなりますか。 老齢年金そのものを受け取れないため、まず期間を満たす方法を探すことになる。60歳から65歳になるまでの任意加入や、免除期間の追納で納付済期間を足す道がある。家族の年金や扶養の扱いとあわせた整理は18歳成人と20歳からの年金加入をめぐる家族関係の記事も参考になる。
出典:日本年金機構「老齢年金ガイド 令和8年度版」、同「老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・年金額」、厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」、同「令和8年度の年金額改定についてお知らせします」
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