勢いがあるうちは見えない費用がある
法人の登記そのものは、書類をそろえれば数週間で終わる。資本金1円でも設立できる制度になっているため、入口の敷居はかつてより確実に低い。問題は入口のあとに並んでいる負担で、こちらは制度の改正では軽くならない。
在学中に起業した人の話は、うまくいった事例のほうが人目に触れやすい。撤退した側は記事にならないので、判断材料が成功例に偏る。偏りを補正するには、開業した人全体を追っている調査を見て、どの段階で何に詰まっているのかを確かめるのが早い。
ここでは資金、知識、個人保証、時間、そして出口という五つの負担を順に並べる。いずれも学生だから免除されるものではなく、むしろ学生のほうが重く効くものもある。利点の側は学生起業とは?メリット・始め方5ステップ・成功事例10選を解説と併せて読むと釣り合いが取れる。
最初の壁は資金、次に販路へ移る
日本政策金融公庫総合研究所の2025年度新規開業実態調査は、開業後1年以内の企業2,165社から回答を得ている。開業時に苦労したことを三つまで選ぶ設問では、「資金繰り、資金調達」が56.9パーセントで首位、「顧客・販路の開拓」が49.9パーセント、「財務・税務・法務に関する知識の不足」が36.4パーセントと続いた。
同じ設問を現在の悩みとして聞き直すと、順位が入れ替わる。首位は「顧客・販路の開拓」の48.8パーセントで、「資金繰り、資金調達」は36.2パーセントまで下がる。開業時と比べると従業員の確保や人材育成といった項目の割合が目立って上がり、資金と知識に関する項目は低下している。
| 苦労したこと(三つまでの複数回答) | 開業時 | 現在 |
|---|---|---|
| 資金繰り、資金調達 | 56.9% | 36.2% |
| 顧客・販路の開拓 | 49.9% | 48.8% |
| 財務・税務・法務に関する知識の不足 | 36.4% | 開業時より低下 |
| 回答数 | 2,091社 | 2,078社 |
読み方として大事なのは、資金の悩みが消えたわけではないという点である。資金調達は開業という一度きりの山を越えれば割合が下がるのに対し、販路の開拓はほぼ横ばいで残り続ける。学生の事業は知人の紹介で最初の数件が埋まることが多いため、この横ばいの壁に当たるのが遅れ、気づいたときには紹介の枠を使い切っている。
若い層でとくに重いのは知識とノウハウの不足
年代別の傾向は、中小企業庁の2023年版中小企業白書が示している。起業の準備段階で直面した課題を見ると、全体では「事業に必要な専門知識、経営に関する知識・ノウハウが不足していた」の回答割合が最も高く、次に「資金調達方法の目処がつかなかった」が来る。
そのうえで年代別に分けると、30歳代以下において専門知識とノウハウの不足を挙げる割合が特に高くなっている。白書はこれを起業の障壁になっている様子としてまとめている。経験年数が短いこと自体が不足の原因なので、気合いや作業時間では埋まらない種類の欠落である。
具体的には、消費税の課税事業者になる境目、業務委託と雇用の線引き、著作権の帰属を決める契約条項、社会保険の扱いといった領域が該当する。どれも間違えると後から金銭で清算する羽目になり、しかも間違えている最中は気づかない。前出の調査で開業時の3番目に「財務・税務・法務に関する知識の不足」が挙がっていたのと同じ地点である。
対処の方向は二つしかない。専門家に外注して費用を払うか、意思決定の前に調べる時間を確保するかである。事業の強みと弱みを棚卸しする枠組みは起業前に必須のSWOT分析|スタートアップ・個人起業家向け実践ガイドで扱っている。
個人保証という、学生には見えにくい重さ
融資の話になると、金利や返済期間に注意が向きやすい。実際に効くのは経営者保証で、ここは在学中の感覚からもっとも遠い部分である。
中小企業白書は、失敗時のリスクが大きいために起業をためらう起業関心層のうち、8割が「借金や個人保証を抱えること」を懸念しているという統計を引いている。経営者保証を求める融資慣行が起業意欲の阻害要因になっている可能性があるという指摘である。法人が返せなくなったとき、個人の資産で返す約束をしていれば、会社をたたんでも債務は残る。
この点は制度の側も動いている。2022年10月28日に閣議決定された総合経済対策では、個人保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を取りまとめることや、創業時に信用保証を受ける場合に経営者のリスクを軽減するために個人保証を不要とする制度の見直しが明記された。従来から「経営者保証に関するガイドライン」の活用促進も進められてきた。
つまり保証なしの選択肢は広がりつつあるが、自動的に適用されるわけではない。借入の契約書で保証の有無を確認し、保証を求められた場合はガイドラインに沿った扱いになるかを聞くという手順を、学生のうちから踏んでおく必要がある。
時間の取り合いは学業と直接ぶつかる
負担として最も具体的に表れるのは時間である。新規開業実態調査では、1週間当たりの労働時間が「50時間以上」の開業者が49.8パーセントを占めた。半数が週50時間以上を事業に投じている計算になる。
この水準は、必修の実験や演習、ゼミの輪読、国家試験の準備と並走できる量ではない。学生起業で両立が崩れるとき、多くは意志の問題ではなく単純な時間の不足である。しかも事業側の繁忙は試験期間を避けてくれない。納期は取引先の都合で決まるため、学年暦と衝突したときに動かせるのは学業の側だけになる。
収益の見通しも楽観しにくい。現在の採算状況は黒字基調が67.0パーセント、赤字基調が33.0パーセントで、3社に1社は赤字である。開業費用は平均975万円、中央値600万円という水準で、長期的には少額化しているとはいえ、学生が自己資金で埋められる額とは差がある。
時間を売る側に回って業界の構造を先に知るという順路もある。雇われて働く経験と起業の関係はベンチャーで働くことと起業の関係とは何かを丁寧に詳しく解説するで整理した。地域に根ざした活動から接点を探す場合はFLASPOのような入口も使える。
出口が開くまでの距離は想像より長い
売却や上場という出口を前提に設計する学生もいる。ここは期待と実績の差がもっとも大きい領域である。
経済産業省の大学発ベンチャー実態等調査によると、2024年に新規上場した大学発ベンチャーは0社だった。同じ年の東京証券取引所全市場の新規上場件数は136件である。大学発ベンチャーの数自体は2025年10月末時点で6,220社まで増えているのに、その年の上場は1社も出ていない。
上場が唯一の成功ではないが、この数字は時間軸の目安になる。研究成果を事業にする類型では、製品が世に出るまでに数年、黒字化までさらに数年という進み方が普通で、在学期間の2年や4年で結論が出ることはまずない。卒業後も続ける前提を置けるかどうかが、始める前に決めておく論点になる。
逆に、受託や制作のように単月で収支が立つ事業であれば、在学中に始めて在学中にたたむ設計も成り立つ。デメリットを減らす現実的な方法は、資金調達の規模と出口の遠さを事業の種類で選び分けることである。
よくある質問
失敗したら経歴に傷が残りますか。法人を解散した事実が個人の信用情報に直接載るわけではない。残るのは借入の返済が滞った場合の記録と、個人保証をしていたときの債務である。保証の有無を契約時に確認しておけば、ここは大きく変わる。
休学して専念するべきですか。週50時間以上働く開業者が半数という水準を踏まえると、専念は時間の面では合理的に見える。ただし赤字基調が33.0パーセントという前提があるので、休学は収入の裏付けができてから検討する順序が安全である。
共同創業者と始めるときの注意点は何ですか。もっとも多い揉め事は株式の持ち分と、途中で抜けたときの扱いである。就職や進学で離脱する可能性が高い年代なので、持ち分の比率と買い取りの条件を書面にしておくほうがよい。口約束のまま進めると、事業が伸びたときに決着が難しくなる。
学生のうちは税金の手続きが軽くなりますか。年齢による特例は基本的にない。所得が一定額を超えれば扶養から外れ、保険料の負担も発生する。売上が立ち始めた段階で、扶養の範囲と申告の義務を親の側と一緒に確認しておく必要がある。
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