「卒業してからでも遅くない」と言われたとき
研究室やサークルで作ったものに、最初の利用者がついた。知り合いの店から対価をもらった。この段階まで来た学生が次に迷うのは、登記まで進めるか、就職してから考えるかという分かれ道である。
周囲からは「若いうちのほうがいい」という助言も、「社会人経験を積んでからでも遅くない」という助言も飛んでくる。どちらも経験談としては成り立つが、根拠となる数字が添えられることはあまりない。判断材料が感触だけになると、結局は声の大きいほうに流される。
手がかりになるのは、実際に開業した人たちの属性を追っている公的な調査である。開業者全体のなかで学生の年代がどこに位置し、何を目的に起業し、どこで詰まっているのかが分かれば、在学中という時期が何を安くして何を高くするのかも見えてくる。
ここでは年齢の分布、起業の目的、踏み切れた理由、そして失敗したときに失う金額という四つの切り口を順に置いていく。進め方そのものの全体像は学生起業とは?メリット・始め方5ステップ・成功事例10選を解説にまとめてある。
開業者の平均年齢は43.9歳、29歳以下は7.0パーセント
日本政策金融公庫総合研究所は1991年度から毎年、新規開業実態調査を続けている。2025年度の調査は2025年8月時点で実施され、開業後1年以内の8,517社に調査票を送り、2,165社から回答を得ている(回収率25.4パーセント)。
開業時の年齢で最も割合が高いのは「40歳代」の36.9パーセントで、次が「30歳代」の28.0パーセントだった。これに対して「29歳以下」は7.0パーセントにとどまる。平均年齢は43.9歳で、調査開始以来もっとも高い。「50歳代」の割合は3年連続で上昇している。
| 開業時の年齢(2025年度調査) | 割合 |
|---|---|
| 29歳以下 | 7.0% |
| 30歳代 | 28.0% |
| 40歳代 | 36.9% |
| 60歳以上 | 6.4% |
| 平均年齢 | 43.9歳(調査開始以来の最高) |
この7.0パーセントという薄さは、二通りに読める。悲観的に読めば、前例が少なく相談相手も見つかりにくいということになる。楽観的に読めば、同じ年代で事業の意思決定を日常的に経験している人間が極端に少ないということでもある。希少であること自体は有利でも不利でもなく、どちらに転ぶかは後述する支援の受け方で決まる。
若い層が起業に求めているのは収入より裁量
動機の側から見ると、年代ごとの違いがはっきり出る。中小企業庁の2023年版中小企業白書は、起業の目的を経営者の年代別に整理している。どの年代でも「仕事の経験・技術・知識・資格等をいかすため」と「自分の裁量で自由に仕事をするため」の回答割合が高い。
そのうえで30歳代以下の層では、「自分の裁量で自由に仕事をするため」と「高い所得を得るため」が他の年代より高く出ている。逆に40歳代より上の年代では高い所得を挙げる割合が低く、地域の雇用維持・拡大や地域社会が抱える課題の解決、地域の産業発展への貢献といった回答が上がってくる。
裁量を求める動機は、在学中にもっとも満たしやすい。授業と研究の合間に回せる規模の事業であれば、価格の決め方から断る相手の選び方まで、判断のほとんどを自分の手元に置ける。従業員を雇い、取引先の期日に縛られるようになると、同じ事業でも裁量は目に見えて減っていく。
言い換えると、学生起業で得られるものの正体は売上ではなく意思決定の回数である。ここを取り違えて「稼げるかどうか」だけを基準にすると、在学中に始める意味の大半が説明できなくなる。
足りないのは知識、効いたのは相談相手
では何が障害になるのか。同じ白書で起業準備の段階の課題を見ると、全体では「事業に必要な専門知識、経営に関する知識・ノウハウが不足していた」の回答割合が最も高く、次に「資金調達方法の目処がつかなかった」が続く。年代別では30歳代以下で、この知識とノウハウの不足を挙げる割合が特に高くなっている。
一方、起業に踏み切れた理由をたどると、どの年代でも首位は「起業について、相談できる支援者がいた」だった。30歳代以下では次に「身につけるべきスキルを習得した」が挙がる。障害は知識の欠落であり、突破口になったのは人である、という対になった結果が出ている。
この二つを同時に供給している場所が大学である。指導教員、産学連携の窓口、学内のインキュベーション施設、起業経験のある卒業生。社会人が有料のセミナーや紹介をたどって探すものが、在学中は授業や面談という形で並んでいる。費用ではなく手続きの手間だけで届く範囲に支援者がいる状態は、卒業と同時に失われる。
支援者に事業を説明する場面では、伝え方そのものが成否を分ける。短時間で要点を通す型はプレゼンとピッチの違いとは?起業家・学生が知るべきピッチの基本と構成で整理した。学外に相談の輪を広げたい場合は、地域の人や活動をたどれるFLASPOのような場も入口になる。
撤退したときに残る借金の額が違う
在学中に始める利点のうち、もっとも数字で説明しやすいのは失敗時の損失である。前出の新規開業実態調査によると、開業費用は「250万円未満」が20.1パーセント、「250万〜500万円未満」が21.7パーセントで、合わせて4割以上が500万円未満に収まっている。平均値は975万円、中央値は600万円で、長期的には少額化の傾向にある。
金額が小さくなっても、負債の重さは年齢で変わる。中小企業白書は、失敗時のリスクが大きいために起業をためらう起業関心層のうち8割が「借金や個人保証を抱えること」を懸念しているという調査結果を引いている。扶養の範囲で動ける学生と、住宅ローンと家族を抱えた40歳代では、同じ300万円の負債がまったく別の重さになる。
退路の広さも効く。調査では、事業からの収入が経営者本人の定期的な収入に占める割合が「100パーセント」、つまりほかに収入がない人が53.3パーセントに達している。開業者の半数は専業に追い込まれている。在学中であれば、撤退して就職活動に戻るという選択肢がまだ机の上に残っている。
事業を持つ前に現場の空気を知りたい段階なら、順序を入れ替える手もある。働く側から業界を見る方法はインターンシップのメリット|参加で得られるものと注意点で扱っている。
黒字は67.0パーセント、満足しているのは74.8パーセント
最後に、起業した人がその選択をどう評価しているかを置いておく。同調査では、開業の総合的な満足度について「かなり満足」が31.8パーセント、「やや満足」が43.1パーセントで、合わせて74.8パーセントが満足と答えている。
ただし経営が楽だという話ではない。現在の採算状況は黒字基調が67.0パーセント、赤字基調が33.0パーセントで、3社に1社は赤字である。1週間当たりの労働時間が50時間以上の人は49.8パーセントを占める。売り上げが増加傾向にある人は60.1パーセントだった。
| 開業後の状況(2025年度調査) | 割合 |
|---|---|
| 総合的な満足度が「満足」 | 74.8% |
| 採算が黒字基調 | 67.0% |
| 売り上げが増加傾向 | 60.1% |
| 週の労働時間が50時間以上 | 49.8% |
| 事業収入が本人の収入の100% | 53.3% |
赤字が3割、長時間労働が半数という条件のもとで7割以上が満足している。満足の源泉が収益とは別の軸にあると考えるのが自然で、その軸はおそらく前段で触れた裁量である。在学中に起業する価値を見積もるときは、この軸で測ったほうが実態に合う。
よくある質問
在学中の起業は就職活動で不利になりますか。一般的な不利を示す公的な統計は見当たらない。選考では事業の規模より、何を決めて何が外れたかを言語化できるかが問われる場面が多い。撤退した経験そのものが減点されるとは限らない。
どのくらいの資金を用意すればよいですか。新規開業実態調査の中央値は600万円だが、これは融資を受けた企業を母体にした数字である。4割以上が500万円未満で開業しており、在学中であれば受託や制作から始めて自己資金の範囲に収める設計も取れる。
学業との両立はどの程度まで可能ですか。開業者全体では週50時間以上働く人が半数を占めるため、同じ時間配分を学生が再現するのは難しい。両立を前提にするなら、納期の重い受託を抱え込まない、共同創業者と役割を分ける、休学の制度を調べておくといった設計が先に必要になる。
大学発ベンチャーとして認められると何が変わりますか。経済産業省の調査では、現役の学生が関係する企業は「学生ベンチャー」という類型で数えられている。認定は大学ごとの制度によるが、学内施設の利用や出資、紹介の経路が開くことがあり、支援者に近づくという意味では効果が大きい。
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