相談窓口が分野ごとに分かれていた理由
高齢者のことは介護の窓口、障害のことは障害の窓口、子どものことは子どもの窓口へ。この分け方は、それぞれの分野に専門性を積み上げるために役立ってきた。困っているのが一人の人間であって、課題が複数の分野にまたがるときに不都合が出る。親の介護と本人の就労と子どもの不登校が同時に起きている世帯は、どの窓口に行っても半分しか扱えない。
厚生労働省が公開しているガイドブックは、現場の声をこう並べている。利用者の障害をもった息子の支援も一緒にしたいが、そこまで余裕がなく自分の専門でもないので自信がない。対象者の家族にも生活課題があるように思うが、十分な対応が難しい。地域資源が多様化し、地域の全体像の把握が難しい。この行き詰まりを少しでも改善するために設計されたのが重層的支援体制整備事業である。
背景には法律の動きがある。社会福祉法第106条の3で包括的な支援体制の整備が市町村の努力義務とされ、その体制を一つの枠で支える事業として重層的支援体制整備事業が置かれた。やるかやらないかは市町村が決める仕組みで、全国一律に始まったものではない。だから、住んでいる町にこの体制があるかどうかで見える景色が変わる。
五つの事業が一つの枠に束ねられている
この事業の中身は五つに分かれる。包括的相談支援事業、多機関協働事業、アウトリーチ等を通じた継続的支援事業、参加支援事業、地域づくり事業である。注意したいのは、既存の相談支援体制を畳んで作り直すものではないという点だ。ガイドブックは既存の相談窓口の継続が基本だと明記している。
新しく位置づけられたのは参加支援事業とアウトリーチ等を通じた継続的支援事業の二つである。どちらも従来の体制では独立した事業として切り出しにくかった領域で、具体的な支援の場面で機会をとらえて求められる偶然性があるとされる。窓口対応に忙殺され、他部署や他団体との連携に手間を要することから、十分に役割を発揮できなかった場合もあったという整理がされている。
人の流れは一方向ではない。相談をきっかけに地域へつながるパターンもあるが、自ら窓口へ行くことが難しい人もいて、日頃の地域とのつながりのなかから相談窓口へたどり着く場合も少なくないとガイドブックは書いている。地域づくり事業が五つの柱の一つに入っているのは、この入口を確保するためである。祭りやサロンのような活動が、制度の内側で意味を持つことになる。
585市町村まで来たが、三分の一に届かない
制度が始まったのは令和3年度で、そのときの実施市町村は42だった。令和8年度は585市町村まで増える見込みで、約14倍になった。予算も同じ方向に伸びており、多機関協働事業等の予算額は令和3年度の9.7億円から令和8年度予算案の55.6億円へ、約6倍になっている。
| 年度 | 実施市町村数 | うち事業開始 | 予算額(億円) |
|---|---|---|---|
| 令和3年度 | 42 | 42 | 9.7 |
| 令和4年度 | 134 | 92 | 27.0 |
| 令和5年度 | 189 | 55 | 27.5 |
| 令和6年度 | 346 | 157 | 52.8 |
| 令和7年度 | 471 | 127 | 55.5 |
| 令和8年度 | 585 | 117 | 55.6 |
伸びているのは確かだが、母数と比べると話が変わる。全市町村1,741に対する実施率は33.6%で、三つに一つにも届いていない。令和8年度の585市町村は47都道府県に広がっており、前年度より114市町村増えた数字である。言い換えれば、1,100を超える市町村ではこの体制が動いていない。
やめた自治体もある。厚生労働省の注記によれば、令和6年度末に2町村、令和7年度末に3町村が重層事業を終了したため、各年度の事業開始市町村数を積み上げた数と令和8年度の実施市町村数は一致しない。始めたら続くとは限らないという前提で読む必要がある。
小さな町村ほど体制がない
どこで実施されていないのかは、人口規模で見るとはっきりする。令和8年度の実施率は、人口1万人未満の市町村では10.7%にとどまる。ここが一番低い。規模が大きくなるほど実施率は上がり、40万人以上50万人未満の階層では100.0%に達する。
| 市町村の人口規模 | 実施率 |
|---|---|
| 1万人未満 | 10.7% |
| 1万人以上〜3万人未満 | 24.8% |
| 3万人以上〜5万人未満 | 38.4% |
| 5万人以上〜10万人未満 | 54.9% |
| 10万人以上〜20万人未満 | 62.1% |
| 20万人以上〜30万人未満 | 72.9% |
| 30万人以上〜40万人未満 | 83.9% |
| 40万人以上〜50万人未満 | 100.0% |
| 50万人以上 | 74.3% |
| 全市町村(1,741市町村) | 33.6% |
この段差が意味するところは重い。分野をまたぐ課題を抱えた世帯は、人口が少ない地域にいないわけではない。むしろ専門職の数が限られる地域ほど、一人の職員が複数分野を抱えることになる。それでも制度として体制を組めていないのは、束ねる作業そのものに人手がかかるからだと見るのが自然である。
50万人以上の階層が74.3%と、その下の階層より低いことも見落とせない。大都市では分野ごとの窓口がすでに大きく、束ね直すコストが別の形で高くつくのだろう。人口規模と実施率はおおむね比例するが、最上位だけは例外になっている。
外から関わる余地はどこにあるか
この事業は行政だけで成り立つものではない。ガイドブックは、多様な関係者で成り立つ事業であり、立場の異なる各関係者にとってのメリットを適切に伝えることが重要だと述べている。支援を必要とする人、行政、地域で支援する団体、専門職、社会全体という五つの立場が並べられており、地域の団体はその一角に置かれている。
メリットの説明にも外部の手が前提として書かれている。地域への参加支援を通じた相談も増え、専門職の人材不足のなかでより効果的で効率的なアプローチを目指すことが可能になるとされている。専門職が足りないという現実を織り込んだうえで、地域側の活動を数に入れている設計である。福祉の資格を持たない人が関われる場所は、参加支援と地域づくりの側に寄る。
関わる前に確かめることは二つある。一つは、その市町村が重層事業を実施しているかどうか。厚生労働省は令和3年度から令和8年度までの実施市町村一覧を公表しているので、名前を探せば分かる。もう一つは、移行準備事業という段階にある自治体かどうかで、こちらも別の一覧が出ている。体制のどの段階にいるかで、外から入れる場所が違ってくる。
よくある質問
学生が関われる入口はありますか。制度の担い手は市町村とその委託先なので、学生が事業の当事者になる形は想定されていない。関わるとすれば地域づくりや参加支援の現場にある活動を通じてになる。社会福祉協議会を入口にした探し方は福祉ボランティアはどこで探すかで整理している。
自分の住む町が実施していない場合、相談先がないということですか。そうではない。重層事業は既存の相談窓口を畳むものではなく、分野ごとの窓口はそのまま存在する。束ねる仕組みがあるかどうかの違いなので、複数の分野にまたがる相談をしたときに一つの窓口で受け止めてもらえる確率が変わると考えるのが近い。
なぜ人口1万人未満で10.7%まで下がるのですか。資料は理由を書いていない。実施率が人口規模に沿って上がる傾向だけが示されている。推測の余地はあるが、五つの事業を組み合わせて回す体制そのものに人手が必要になることは、事業の構成から読み取れる。
予算が55.6億円で止まっているのは縮小ですか。令和7年度の55.5億円から令和8年度予算案の55.6億円へ、ほぼ横ばいである。一方で実施市町村は471から585へ増えるため、一市町村あたりに回る額は薄くなる計算になる。数字の伸び方が実施自治体数と予算で揃っていない点は押さえておきたい。
福祉の分野で地域に関わる仕事に就きたい場合、この制度は役に立ちますか。制度を知っていること自体が、どの自治体が分野横断の体制を組んでいるかを見分ける手がかりになる。福祉を仕事にする側の選択肢は福祉で起業できる領域はどこかでも扱った。FLASPOに届く相談でも、福祉と地域づくりの境目にある活動を探している声は多い。
出典:厚生労働省「重層的支援体制整備事業 実施市町村数・予算額の推移/人口規模別実施市町村数」令和8年度分(PDF)および令和7年度分(PDF)、同省「重層的支援体制整備事業に関わることになった人に向けたガイドブック概要版」(PDF)、実施市町村一覧の掲載ページは厚生労働省。
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