浜に人は来ているのに、受ける側の手が足りない
休日の漁港に行くと、朝市の行列や釣り客の車列ができていることがある。水産庁の資料は、漁村の交流人口を約2千万人と見積もっている。人が来ていないわけではない。足りないのは、来た人を受けて地域の収入に変える側の体制である。
同じ資料には、漁港の背後に広がる集落の人口が載っている。平成16年に253万人だった漁港背後集落の人口は、令和6年に183万人まで減った。20年で7割の規模になった計算になる。高齢化率は41.6パーセントで、日本全体の29.3パーセントより12ポイント高い。朝市を開く人も、体験を案内する人も、同じ集落の中から出している。
この落差に手を入れるために国が動かしているのが「海業」という政策である。水産庁は令和8年度末までに、漁港における新たな海業等の取組をおおむね500件展開するという目標を掲げた。地域の所得向上と雇用機会の確保を、漁獲だけに頼らず組み立て直そうという設計である。外から関わりたい人にとっては、受け皿が制度として用意され始めたということでもある。
海業は漁業の言い換えではない
言葉だけを見ると漁業の別名のように読めるが、指している範囲は違う。海や漁村にある地域資源の価値と魅力を活かし、水産物の消費増進や他の地域との交流の促進を通じて、にぎわいと所得と雇用を生む取組の総称である。魚を獲って売るところまでが漁業なら、海業はその前後に手を伸ばす。
具体的には、漁港の遊休施設を飲食や宿泊に転用する、水揚げやセリの見学を商品にする、養殖の試験を企業と組んで行う、釣り利用を調整して受け入れる、といった幅がある。水産庁は令和6年10月に漁港漁場整備部の計画課を「計画・海業政策課」へ改組し、令和7年4月には海業振興室を置いた。課の名前が変わるのは、担当者が張り付く対象が変わったという意味である。
予算の形も見ておきたい。令和8年度の概算決定では、海業振興支援事業に3億円が付き、水産基盤整備事業738億円と漁港機能増進事業1億円のそれぞれ内数でも海業が扱われる。桁は大きくないが、立ち上げの実証調査に出る種類の金が新しく措置されたところが変化点である。
漁港施設等活用事業で貸せる期間が変わった
海業を阻んでいたのは、やる気ではなく契約の長さだった。漁港は漁業のために整備された場所で、民間が腰を据えて投資できる貸し方になっていなかった。令和6年4月に施行された漁港及び漁場の整備等に関する法律の改正で「漁港施設等活用事業」が創設され、漁港施設の長期貸付けや水面等の長期占用ができるようになった。
手続きは二段になっている。農林水産大臣が基本方針を定め、漁港管理者である地方公共団体が活用推進計画をつくる。計画には、地域水産業の発展に資する漁港の役割や、漁業上の利用をどう確保するかの考え方が書き込まれる。漁業の利用と海業の利用がぶつからないように線を引いてから、民間の事業を乗せる順番である。
体験を売る側には、もう一段の仕掛けがある。漁港水面施設運営権は、水面固有の資源を使う遊漁や漁業体験活動、海洋環境の体験や学習の機会を提供するために、水面を占用して施設を置き運営する権利である。物権とみなされ、土地に関する規定が準用される。設定できる期間は最大10年で、事業期間内であれば更新できる。事業者自身が妨害排除請求権を行使でき、施設整備の資金を借りるときに抵当権を設定することもできる。海の上の事業に、陸の不動産と似た担保力が与えられたという意味になる。
普及の速度は、まだ穏やかだ。活用推進計画を公表したのは令和8年2月末現在で全国7地区にとどまる。500件という目標に対して、法律を使い切る段階には届いていない。逆に言えば、いま動いている地域は先行例として記録される位置にいる。
86地区の名簿を数字で見る
法律の枠組みとは別に、水産庁は「海業の推進に取り組む地区」を公募している。令和6年3月末に54地区を公表し、令和6年度に32地区を追加して、令和7年4月時点で86地区になった。応募できるのは漁港管理者、地方公共団体、水産業協同組合、任意団体を含む民間事業者で、おおむね2年以内に取組を開始することが条件に入っている。構想だけでは選ばれない。
| 項目 | 数値 | 時点 |
|---|---|---|
| 漁村の交流人口 | 約2千万人 | 水産庁推計 |
| 漁港背後集落の人口 | 183万人(平成16年は253万人) | 令和6年 |
| 同集落の高齢化率 | 41.6%(全国29.3%) | 令和6年 |
| 海業の推進に取り組む地区 | 86地区(54+32) | 令和7年4月 |
| 漁港施設等活用推進計画の公表 | 7地区 | 令和8年2月末 |
| 新たな海業等の取組の目標 | おおむね500件 | 令和8年度末 |
中身は一様ではない。静岡県の焼津漁港では、漁具倉庫をリノベーションした飲食・宿泊施設と漁家レストランが入り、魚市場の水揚げ見学や鰹節づくりの体験が組み合わされた。兵庫県の妻鹿漁港にある「姫路まえどれ市場」は、令和6年度に来場者35.4万人、売上2.45億円を記録し、家島諸島の宿泊者数は平成29年度の1,763人から令和6年度の11,918人へ伸びた。神奈川県逗子市の小坪漁港では、加工と販売に海上タクシーと漁業体験を足す計画が立っている。
外から関わる人は、どの位置に立つのか
学生や会社員が一次産業に関わろうとすると、たいてい最初に就業の話になってしまう。海業の現場はそこが少し違う。静岡県西伊豆町では、漁業者育成を担う民間事業者が「西伊豆&ANGLER」を実施し、移住者の募集から漁業者とのやり取り、漁協に加入するまでを段階的に支える形をとった。安良里ではラボを設け、企業などの視察を30者受け入れている。関わりが一足飛びに定住へ飛ばず、途中の段を用意している例である。
受け入れ側の学びの場も増えた。「海業推進全国サミット」は令和7年2月4日に第1回が開かれ、令和7年度は11月12日から13日にかけて福井県高浜町で実施された。地方公共団体、漁協、民間企業、民間団体が集まる海業推進全国協議会も並行して動いている。関わりたい側がまず調べるべきは、この86地区のどこが自分の関心に重なるかである。漁業に外から関わる方法を数字で見た記事と合わせて読むと、入口の幅が掴みやすい。
農山漁村の側から見れば、海業は宿泊や直売と同じ系列の打ち手でもある。繁忙期だけ人を借りる仕組みを扱ったおてつたびの登録者数を読んだ記事や、売り場の規模を整理した直売所の記事と並べると、漁村だけの話ではないことが見えてくる。学生が地域の課題に関わる窓口としては、FLASPOのような企画の場も使える。
よくある質問
海業は誰が主体になれるのか。「海業の推進に取り組む地区」の公募要領では、漁港管理者、地方公共団体、水産業協同組合、民間事業者が対象とされ、民間事業者には任意団体も含まれる。漁業者でなければ関われないという制度ではない。
漁港施設等活用事業と「取組に取り組む地区」の違いは何か。前者は法律に基づく事業で、漁港施設の長期貸付けや水面の長期占用という権利の話である。後者は先行事例を作るための公募で、選ばれた地区には個別の助言や情報提供が行われる。権利を動かす制度と、知見を回す枠組みの違いと見ると整理しやすい。
学生が関わる余地はあるか。視察や体験の受け入れを掲げる地区が多く、西伊豆町の例のように段階的な関与を設計している地域もある。地区ごとの取組内容は水産庁の資料に一覧で載っているため、関心のある県から当たるのが早い。
設備に投資する側は何を頼りにできるのか。漁港水面施設運営権が物権とみなされるため、抵当権を設定して資金を調達する道が開く。期間は最大10年で更新もでき、一年ごとの更新に怯えながら施設を建てる状況からは離れられる。
相談の窓口はあるのか。水産庁は海業振興総合相談窓口を置き、海業振興コンシェルジュとして関係省庁にまたがる施策をつなぐ役割を持たせている。マリンレジャーなら内閣府や国土交通省、環境省、加工品の開発なら農村振興局も関わるという具合に、必要な相手が整理されている。
数字はどこで確かめられるか。本文の値は水産庁計画・海業政策課「海業の振興について」(令和8年3月)に拠っている。制度の立ち上げ時の整理は漁港における海業の推進に向けた民間活力の導入についてに、最新の全体像は海業の振興についてにまとまっている。
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