派遣された社員が、診療所の代わりになることはない
町に診療所がなくなる、という話と、外から人を呼ぶ制度がある、という話は、同じ会議で並んで出てくる。だから「企業の社員を派遣してもらえば医療も立て直せるのではないか」という期待が生まれる。結論から言えば、その期待は制度の設計とかみ合わない。
総務省が令和8年4月24日に公表した令和7年度の地域活性化起業人は、合計1,215人だった。内訳は企業派遣型904人、副業型299人、シニア型12人で、受け入れたのは538団体である。このうち担当分野が「衛生(保健衛生・環境等)」だったのは15人で全体の1パーセント、「民生(子供子育て・福祉・災害対応等)」が9人で同じく1パーセントにとどまる。最も多いのはDXの293人(24パーセント)、次が観光振興・観光誘客対策・DMO設立等の253人(21パーセント)である。
前年度の871人から344人増えた年度で、医療に近い分野だけは二桁の手前で止まっている。令和7年度から加わったシニア型12人を含めても、この位置は動いていない。
この偏りは自治体の求人が偏っているせいでもあるが、根っこは資格の問題にある。医師や看護師の不足は、人手が足りないという一般的な話ではなく、免許を持つ人が足りないという話である。企業の社員を半年から3年受け入れる仕組みは、そこに直接は届かない。起業人に出る国の金の形そのものは地域おこし企業人に出る国の金は補助金ではないで整理した。
無医地区は575地区、人口は13万人を超えた
では医療の側の数字はどうなっているか。厚生労働省が令和8年7月30日に公表した令和7年度無医地区等及び無歯科医地区等調査によると、令和7年10月末時点の無医地区数は575地区で、前回(令和4年10月末)の557地区から18地区増えた。無医地区の人口も122,206人から134,753人へ、12,547人増えている。
無医地区とは、医療機関のない地域で、その地区の中心から半径およそ4キロの区域内に50人以上が住み、かつ容易に医療機関を利用できない地区を指す。診療所があっても医師の不在で休診届が出ていれば無医地区として扱う。昭和59年の1,276地区から令和4年まで一貫して減ってきた数が、今回初めて反転した。無歯科医地区は逆に784地区から750地区へ34地区減り、人口は196,640人に増えた。
都道府県別では北海道63地区、広島53地区、大分44地区、島根32地区、岩手28地区、熊本27地区、高知26地区が多い。無医地区が1つもないのは山形・埼玉・千葉・東京・神奈川・大阪・佐賀の7県で、残る40道府県には存在する。増え方が目を引くのは沖縄県の5地区から9地区、山口県の8地区から12地区である。離島を抱える自治体で起きている変化は、離島で活動する大学生の入口を考えるときの前提にもなる。
代わりに動いているのは、へき地医療の別系統である
無医地区に医療を届ける仕組みは、人材派遣とは別の系統で組まれている。厚生労働省の資料によれば、令和6年4月1日現在でへき地医療拠点病院が358施設、へき地診療所が1,120施設ある。拠点病院は無医地区等への巡回診療、へき地診療所への医師派遣、代診医の派遣、遠隔医療による支援の4事業を担う。
令和5年度の実績を見ると、動いている規模がわかる。
| へき地医療拠点病院の4事業(令和5年度・対象358施設) | 延べ実施回数 | 1施設平均 |
|---|---|---|
| 無医地区等への巡回診療 | 4,507回 | 13回 |
| へき地診療所等への医師派遣 | 16,810回 | 47回 |
| へき地診療所等への代診医等派遣 | 3,280回 | 9回 |
| 遠隔医療による支援 | 実施は122病院(34.1%) | — |
予算も人材派遣とは別枠である。へき地保健医療対策予算は令和7年度の25.7億円から令和8年度当初予算案で29.5億円になり、うち拠点病院等の運営に21.34億円、巡回診療の実施に1.47億円が充てられている。へき地診療所の運営費補助は沖縄県が4分の3、それ以外が3分の2と率が違う。
起業人の枠に入るのは、月の半分という働き方である
制度の条件を並べると、医療の現場と合わない理由がもう少し具体的に見える。企業派遣型は自治体と企業が協定を結び、受入自治体の区域内での勤務日数が月の半分以上であることが要件になる。任期は6か月から3年で、受入期間中の経費に対する特別交付税措置は1人あたり上限610万円(令和8年度から引き上げ)である。
副業型とシニア型はさらに軽い。勤務日数は月4日以上かつ月20時間以上、受入自治体での滞在日数は月1日以上で、措置の上限は報償費等100万円と旅費100万円の合計200万円となっている。月4日の関与で担える業務と、常勤の医師が必要な業務は重ならない。1,215人の分野別で衛生が15人にとどまるのは、現場の需要の大きさではなく、この設計の帰結である。
同じ構図は農林水産にも出ていて、1,215人のうち農林水産は34人(約3パーセント)だった。詳しい比較は農林水産に入る起業人は34人にある。資格と常駐が必要な分野は、どれも数が伸びにくい。
人手が効くのは、診察の前後にある手続きと移動である
それでも医療に関わる余地がないわけではない。第8次へき地保健医療対策(令和6年度から令和11年度)では、拠点病院がオンライン診療で行う巡回診療や代診医派遣も実績としてカウントされるようになった。オンライン診療を活用したへき地医療支援の運営支援事業も補助メニューに入っている。画面の向こうに医師がいる形に切り替えるには、通信環境、予約の受付、住民側の操作支援、記録の整理といった事務が増える。ここは免許を要しない仕事である。
看護師の側から埋める動きもある。令和7年度の補正予算には、離島やへき地における看護師の特定行為研修推進モデル事業として1.2億円が計上された。医師の指示のもとで一定の行為を行える看護師を増やす方向で、ここも免許の話に戻る。
通院そのものを支える道具も制度の中にある。へき地患者輸送車(艇)やへき地巡回診療車(船)は医療施設等設備整備費補助金の対象で、令和8年度当初予算案は23.8億円が計上されている。車を出すだけでは終わらず、運行の計画、乗り合わせの調整、高齢の利用者への連絡が必要になる。自治体DXや交通の分野で入った起業人の仕事が、結果として通院を支える形はありうる。
地域の医療に資格の外から関わる方法を整理した記事として医療ボランティアができることも合わせて読める。地域で働く選択肢の全体像はFLASPOでも扱っている。
よくある質問
地域活性化起業人として医師や看護師を受け入れることはできますか。制度上は企業に所属する社員の派遣であり、分野の限定はない。令和7年度は衛生分野に15人が入っている。ただし医療行為の提供体制は医療法と医師確保計画の系統で決まるため、診療所の開設や常勤医の確保をこの制度で代替することはできない。
無医地区にへき地診療所を置く基準はどうなっていますか。設置しようとする場所を中心に半径およそ4キロの区域内に他の医療機関がなく、その区域内の人口が原則1,000人以上で、最寄りの医療機関まで通常の交通機関で30分以上かかることが基準である。離島の場合は、医療機関のない島のうち人口が原則300人以上1,000人未満の島に置くとされている。
無医地区が増えたのは医療機関が閉じたからですか。公表資料は、無医地区数の減少傾向はへき地診療所の開設や人口減少など複数の要因によると説明している。令和7年度調査で増加に転じた理由の内訳は公表されていないため、地区数の増加だけから閉院の件数を読み取ることはできない。地区別の事情は各都道府県の医療計画で確認することになる。
どの資料を一次情報として見ればよいですか。起業人の人数と分野別は総務省の令和7年度における地域活性化起業人の状況等、無医地区の数は厚生労働省の令和7年度無医地区等及び無歯科医地区等調査の概況と無医地区等調査のページ、へき地医療の体制は全国へき地医療支援機構等連絡会議の資料にある。
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