奨学金の返還を肩代わりする自治体|876市区町村に広がった制度

求人票には載っていない、就職先の決め手

内定先を比べるとき、学生が手元に並べるのは初任給と勤務地と仕事の中身であることが多い。そこに抜け落ちやすいのが、就職先の所在地の自治体が返還支援の制度を持っているかどうかという一行である。毎月の返還額が一万数千円だとしても、五年で百万円に近づく。給与の差よりも、この一行のほうが大きいことは珍しくない。

内閣官房が令和八年三月に公表した調査によれば、令和七年六月一日の時点で奨学金の返還支援に取り組んでいるのは四十七都道府県と八百七十六市区町村。市区町村の数は全体の五十・三パーセントにあたり、半分を超えた。前年の調査からは六十団体増えている。全都道府県が何らかの形で制度を持っている状態は、十年前には存在しなかった。

この記事では、制度がどこまで広がったか、要件がどう組み立てられているか、企業を経由する新しい型がどう動いているか、そして国がなぜ自治体の負担を支えるのかを順に見ていく。地方で働くことを選択肢に入れている人ほど、調べる価値のある制度である。

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五県九十七市町村から始まり、十年で全国に届いた

制度の出発点は平成二十六年のまち・ひと・しごと創生総合戦略で、翌年度から自治体の取り組みが特別交付税の対象になった。当初の実施団体は五県と九十七市町村にすぎない。そこから年ごとに積み上がった経緯は、次の数字を追うとよく分かる。

年度 実施した都道府県 実施した市区町村
平成27年度 5県 97市町村
平成29年度 26府県 263市区町村
令和2年度 32府県 428市区町村
令和4年度 36都府県 615市区町村
令和6年度 47都道府県 816市区町村
令和7年度 47都道府県 876市区町村

支援を受けている人の数も伸びている。令和六年度に新たに返還支援が始まった人は一万五千二百六十人で、継続の人を含めた支援者総数は三万三千七百二十人。その年に自治体が実際に支払った額は約八十八・〇億円にのぼる。平成二十七年度からの開始者を積み上げると六万八千四百九十二人になる。制度が珍しい試みから、毎年万単位の若者が使うものに変わったことが分かる。

要件は三つの軸で組み立てられている

制度の名前は自治体ごとに違うが、条件の骨格はおおむね共通している。出身地をどう扱うか、どこで働きどこに住むか、いくらをどの割合で支援するかという三つの軸である。出身地は指定しない自治体もあれば、保護者がその自治体に住んでいることを求める自治体もある。就業と居住については、その自治体に住むこと、あるいは住んだうえで域内で働くことが条件になる。

支援額は、返還額の三分の一、二分の一、三分の二、全額といった割合を定めたうえで、別に上限を置く形が一般的である。たとえば鳥取県の制度は、対象業種に正規雇用された後に八年間継続して就業・居住することを求め、無利子奨学金の場合は返還総額または残額の二分の一を支援する。三重県は県外に居住し県内で就業していない人を対象に、残額の四分の一を上限百万円で助成し、四年経過時点で三分の一、八年経過後に残りを交付する。

年齢の上限を三十五歳とする例が目立つのは、既卒者の転職も呼び込む設計になっているからである。市町村の制度はさらに細かい。北海道苫小牧市は前年度に返還した額の二分の一を年十万円まで支援し、市内の大学を卒業した人には全額を年二十万円まで支援する。福井県越前町は認定後の十二か月に返還した額を年二十万円まで、最長五年間補助する。返済が始まる日と毎月の返還額を先に把握しておくと、どの制度が自分の返還計画に効くかを比べやすい。

企業が返し、自治体がその企業を支える型

もう一つ広がっているのが、企業が従業員に代わって返還する代理返還に、自治体が補助を出す型である。学生から見ると支援の出どころは勤め先だが、その裏で自治体が費用の一部を負担している。宮城県は要件を満たした中小企業等に正社員として採用され六年以上の継続勤務が見込まれる人を対象に、企業の返還支援額の二分の一を補助する。上限は大卒等で百三十五万円、九十万円、四十五万円の三つのプランから企業が選ぶ形になっている。

広島県は県内に本社等を置き返済支援制度を設けている中小企業等を対象に、従業員への給付額の三分の二を補助し、人的資本の開示を行う企業枠では四分の三まで引き上げる。埼玉県秩父市や京都府八幡市のように、県の補助金の交付決定を受けていることを市の補助の条件に重ねる例もあり、県と市の補助を合わせて使う設計が増えている。

この型を知っておくと、就職活動での質問の仕方が変わる。奨学金の代理返還制度があるかを企業に聞くだけでなく、その企業が自治体の補助を受けているかまで確かめると、制度が続く見込みも読める。地方の中小企業を志望先に入れるときの視点はUターン就職の進め方とあわせて考えたい。

国が後ろで負担を分けている

自治体がこれだけ制度を持てるのは、費用の一部が特別交付税で戻ってくるからである。都道府県の場合は地元産業界等との間に基金を設けた場合の出捐額と広報経費が対象になり、市町村の場合は基金の設置を求められず、返還支援に係る負担額と広報経費が対象になる。措置率は〇・五で、上限は一億円である。

ただし若い世代が流入している地域では条件が下がる。二十歳から二十四歳の人口が流入超過の道府県、および流入超過の都道府県にあって条件不利地域を含まない市町村は、措置率〇・三、上限六千万円となる。人を送り出している側の地域ほど手厚く支えるという設計であり、制度が地方定着の促進を狙っていることがここに表れている。

裏を返せば、制度の濃淡は地域の人口の流れを映している。進学で都市部へ出た人が戻るかどうかという問いは、一人の進路選択であると同時に、自治体にとっては財政の話でもある。外から関わる人が地域にとって持つ意味は担い手不足の地域が外の力を必要とする理由でも整理している。地域との接点を就職の前に作っておきたい人は、FLASPOのような場を通じた短期のプロジェクト参加から始める手もある。

よくある質問

日本学生支援機構の奨学金でなければ対象外なのか。調査では機構や地方公共団体等からの借入れが支援の対象として示されている。自治体が貸与した奨学金については返還を減免する形を取る場合もあるため、借入先ごとに扱いが違う点を確認したい。

就職してすぐに全額が返ってくるのか。多くの制度は一定期間の就業と居住を終えてから交付する。福島県の制度は大学生等について五年間の就業と定住の後に貸与額のうち二年分を交付するとしており、支援を受けるまでに数年の間が空く設計が一般的である。

公務員になる場合も使えるのか。自治体によって扱いが分かれる。福島県の制度は県内事業所への就職を要件としつつ公務員を除くと明記している。志望先が行政の場合は、対象職種の記載を最初に確かめる必要がある。

半分の市区町村にあるなら、どこで働いても使えるのか。実施割合は五十・三パーセントなので、残りの半分には制度がない。しかも対象業種や勤務年数の条件は自治体ごとに異なる。内閣官房の取組状況調査で全体像をつかんだうえで、志望地域の要綱を読むのが近道である。

制度は今後も増えるのか。市区町村の実施数は直近一年で六十団体増え、支援実績額も令和二年度の十三・五億円から令和六年度の八十八・〇億円まで伸びた。奨学金を使う学生と返還中の人の規模を考えれば、各地の制度競争はしばらく続くと見てよい。


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