確定申告の時期になって、往復の新幹線代と滞在先の家賃を前にして手が止まる人は多い。仕事のために借りた部屋ではあるが、そこで眠り、食事もしている。領収書はすべて残してあるのに、どこまでを帳簿に載せてよいのかが分からない。この迷いは性格の問題ではなく、必要経費の判定が「支出の名目」ではなく「業務との結びつきを区分できるか」で決まる仕組みから生じている。
必要経費と呼べる支出の輪郭
国税庁は、事業所得などの必要経費に算入できるものを二つに整理している。総収入金額に対応する売上原価その他その総収入金額を得るために直接要した費用と、その年に生じた販売費・一般管理費その他業務上の費用である。支払ったかどうかではなく、その年に債務が確定しているかで判定される点が見落とされやすい。
債務の確定には三つの条件がそろう必要がある。12月31日までに債務が成立していること、同じ日までにその債務に基づく具体的な給付の原因となる事実が発生していること、そして同じ日までに金額が合理的に算定できることである。翌年2月分の滞在費を前年12月に振り込んでも、前年分の経費にはならない。逆に、12月に受けた修繕で請求が翌年1月に届いた場合は、前年分に入る。
暮らしと仕事が混ざる支出の扱い
二拠点で働く人の支出は、その大半が暮らしと仕事の両方にかかる。これを税務では家事関連費と呼ぶ。原則として家事上の費用は経費にならないが、家事関連費については「業務遂行上直接必要であったことが明らかに区分できる場合のその区分できる金額に限られます」とされている。取引の記録などに基づいて区分できることが前提であり、店舗併用住宅に係る租税公課、家賃、水道光熱費などが例に挙げられている。
ここで効いてくるのは領収書の枚数ではなく、区分の根拠である。面積で分けるのか、使用日数で分けるのか、走行距離で分けるのか。根拠を一度決めたら、年の途中で都合よく変えないことが重要になる。滞在先の部屋のうち作業に使う一室が全体の3割なら家賃の3割、滞在14日のうち就業が10日なら水道光熱費の約7割、といった形で計算の過程を残しておく。
| 支出 | 経費にできるか | 区分の根拠として使えるもの |
|---|---|---|
| 拠点間の移動費 | 業務のための移動分のみ | 往復の目的を記した移動記録、面談や納品の日付 |
| 滞在先の家賃 | 作業に使う部分のみ | 作業スペースの面積比、就業日数の比 |
| 水道光熱費 | 滞在して働いた分のみ | 滞在日数に対する就業日数の比 |
| 通信費 | 業務利用分のみ | 回線の用途、業務時間の比 |
| 自家用車の費用 | 業務走行分のみ | 走行距離の記録、給油記録 |
| 食費・被服費 | 原則として対象外 | 区分の根拠を作りにくい |
具体的に置いてみる。滞在先の家賃が月6万円、35平方メートルの部屋のうち9平方メートルを作業机と資料棚に充てているなら、面積比は約26%で月1万5千円強。月の滞在が12日、そのうち稼働が8日なら、電気とガスの合計1万2千円に稼働日の比率を掛けて8千円。往復の高速バスは、取引先との面談があった2往復分だけを旅費交通費に起こす。こうして並べると、感覚で「半分くらい」と置いた場合との差がはっきりする。数字が小さく見えても、根拠のある金額のほうが後から崩れない。
10万円と20万円という二つの境目
滞在先に机や椅子、暖房器具をそろえると、支出は備品の話になる。国税庁の示す原則では、使用可能期間が1年未満のものまたは取得価額が10万円未満のものは、取得に要した金額の全額をその年分の必要経費にできる。10万円以上20万円未満のものは、一定の要件の下で一括償却資産としてまとめ、取得価額の合計の3分の1を3年間にわたって算入する扱いが選べる。
青色申告者には別の道もある。一定の要件を満たす青色申告者が取得した少額の減価償却資産は、年間で取得価額の合計300万円に達するまで、その年分の必要経費に算入できる。対象となる取得価額の範囲は、令和8年3月31日までの取得で10万円以上30万円未満、令和8年4月1日以降の取得では10万円以上40万円未満に広がる。中古の家具を一気にそろえる年がある二拠点生活とは、相性のよい特例である。
記帳の精度が控除額に跳ね返る
経費の積み上げと同じくらい効くのが、青色申告特別控除である。控除額は65万円、55万円、10万円の三段に分かれ、どこに着地するかは記帳と提出の方法で決まる。不動産所得または事業所得を生ずべき事業を営み、正規の簿記の原則にしたがって記帳し、貸借対照表と損益計算書を添えて期限内に提出すれば55万円。これに加えて、仕訳帳と総勘定元帳を優良な電子帳簿の要件で保存するか、申告書類を期限までにe-Taxで送信すれば65万円になる。いずれにも当てはまらない青色申告者は10万円である。
二拠点で働く人にとって、この差は手取りで十万円単位になりうる。移動の多い生活では領収書が溜まりやすく、月に一度の整理を逃すと一年分が年末に押し寄せる。滞在のたびに移動の目的と就業日数を書き留める習慣があれば、按分の根拠と記帳の両方が同時に片づく。費用の総額そのものを知りたい場合は、家賃と移動を実額で積み上げた記事のほうが近い。
勤め先からの給与だけの人はどうなるか
給与所得者には必要経費という枠がなく、給与所得控除が自動的に適用される。したがって、滞在先の家賃や往復の交通費を自分で経費に落とすことは原則としてできない。使えるのは勤め先の制度の側で、テレワーク手当や住宅補助、交通費の実費精算がどこまで及ぶかという交渉になる。
給与所得者の特定支出の控除の特例という仕組みはあるが、対象は通勤費、職務上の旅費、転居費、研修費、資格取得費、帰宅旅費、勤務必要経費の七つに限られ、いずれも職務の遂行に直接必要であることについて給与の支払者などの証明が要る。しかも適用されるのは、これらの合計が給与所得控除額の2分の1を超えた部分だけである。年収500万円前後なら控除額の半分で70万円を超える水準になり、滞在費を含めない七項目だけでそこに届く人はまれだろう。自分の判断で滞在費を積み上げる余地はほとんどない。副業として業務委託の仕事を持つかどうかが、経費の世界に入れるかどうかの分かれ目になる。働き方の設計そのものを見直す段階では、仕事の組み立てを扱った記事と合わせて読むとつながりが見える。地域ごとの住まいの条件を具体的に比べたいときはFLASPOも手がかりになる。
よくある質問
往復の交通費は全額を経費にできるのか。業務のための移動と私的な帰省が混ざるため、全額が通るとは考えにくい。日付ごとに目的を記録し、打ち合わせや納品のあった往復を区分しておけば、その分は根拠を持って算入できる。
滞在先の家賃を全部落とすのは無理なのか。寝食に使う部分が残るかぎり、全額は難しい。作業専用の一室があり、面積比で区分できる状態をつくっておくと説明がしやすくなる。図面に作業スペースを書き込んで保存しておく方法が手堅い。
按分の割合は毎年変えてよいのか。実態が変われば変えてよいが、理由を残すことが前提になる。就業日数が増えた、作業部屋を移したといった事実と一緒に記録しておけば、年ごとの違いは不自然に見えない。
帳簿はどのくらい残すのか。青色申告では、仕訳帳や総勘定元帳といった帳簿と、損益計算書や貸借対照表などの決算関係書類が7年である。領収証や預金通帳のような現金預金取引等関係書類も原則7年だが、前々年分の事業所得および不動産所得が300万円以下なら5年に短くなる。請求書や契約書などその他の書類は5年である。二拠点だと書類が二つの住所に散りやすいので、撮影して一か所に集める運用にしておくと探す手間が減る。
出典
- 国税庁「No.2210 必要経費の知識」
- 国税庁「No.2100 減価償却のあらまし」
- 国税庁「No.2072 青色申告特別控除」
- 国税庁「No.1415 給与所得者の特定支出の控除の特例」
- 国税庁「記帳や帳簿等保存・青色申告」
アイデアコンテストプラットフォーム「FLASPO」

アイデア1つで、地域や企業とつながれる。
FLASPOは、全国の自治体・企業が開催する若者向けアイデアコンテストのプラットフォームです。
地域や企業が抱える課題に対して、あなたのアイデアで解決策を提案できます。
賞金やユニークな地域体験が獲得できるコンテストも多数。誰でも参加無料・オンライン完結で挑戦できます。
