移住費用と仕事|賃金が全国平均を超えるのは4都府県だけ

移住の試算は、たいてい支出の表で終わる。家賃がいくら下がり、車の維持費がいくら増えるかを並べて、差額を見比べて判断する。ところが暮らしが続くかどうかを決めるのは差額ではなく、毎月入ってくる額のほうである。収入の欄を空けたまま支出を詰めても、何年もつかという問いには答えが出ない。

支出だけの表では、何年もつかが出てこない

家計を見るとき、支出の削減は上限がある。食費や光熱費を詰めても減らせる幅は限られ、住居費のように大きく動く費目は引っ越しの時点で決まってしまう。いっぽう収入は、職種と地域と働き方の組み合わせで倍近く動く。だから移住の判断では、収入の見通しを先に置いて、そこから住める家の価格帯を決める順序のほうが崩れにくい。

順序を逆にした人がつまずくのは二年目である。初年度は貯金と退職金があるので回る。収入が下がった状態で前の年の所得に応じた住民税と保険料が来るのが二年目で、ここで初めて月の収支が赤に振れる。支出側の積み方は地方移住の費用とはで費目ごとに整理したが、その表の下に「毎月いくら入るか」の行を足さないと、判断の材料としては半分でしかない。

収入の見通しを立てるには、三つを順に確かめることになる。移った先の賃金水準、その地域で求人がどれくらいあるか、そして収入が切り替わるまでに何か月かかるか。どれも公的な統計で当たりがつく数字なので、想像で埋める必要はない。

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全国計330.4千円を上回るのは、4都府県しかない

賃金の地域差は、都市と地方という二分法で語られがちだが、統計の形はもう少し偏っている。厚生労働省の令和6年賃金構造基本統計調査によると、一般労働者の所定内給与額の全国計は330.4千円。この全国計を上回ったのは東京都、神奈川県、愛知県、大阪府の4都府県だけで、最も高かったのは東京都の403.7千円だった。

この形が意味するのは、残りの43道府県は全国計より下にいるということである。つまり「地方に移ると賃金が下がる」のではなく、全国計そのものが4都府県に引き上げられている。東京都と全国計の差は月73.3千円で、年に換算すれば90万円に近い。移る先がどこであれ、東京の水準からは落ちる前提で考えるのが実際に合う。

同時に、比べる相手を全国計に置き換えると見え方が変わる。候補地の賃金が全国計に近いなら、下がる幅は東京との差ほど大きくない。家賃の地域差のほうが先に効いてくる場合もある。住居費の開き具合は都道府県別の家賃相場で見たとおりで、賃金の下げ幅と家賃の下げ幅を同じ単位で並べて初めて、手元に残る額が比べられる。

求人の数で見ると、いちばん低いのは大阪府だった

賃金が低いなら仕事も少ないはずだ、と考えると判断を誤る。厚生労働省の一般職業紹介状況の令和8年8月分では、全国の有効求人倍率は1.18倍。都道府県別に就業地で見ると、最も高いのが福井県の1.72倍で、最も低いのが大阪府の0.95倍である。

区分 最も高い 最も低い
全国 1.18倍
就業地別 福井県 1.72倍 大阪府 0.95倍
受理地別 東京都 1.70倍 神奈川県 0.83倍
厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)」季節調整値より作成

就業地別と受理地別で順位が入れ替わるのは、ハローワークに求人を出した場所と実際に働く場所が違うためである。本社が東京にあって勤務地が地方という求人は、受理地別では東京に、就業地別では勤務地の県に数えられる。移住先での働き口を見たいなら、見るべきは就業地別の数字になる。

福井県の1.72倍という数字は、求職者1人に1.7件の求人があるという状態だ。賃金の水準では全国計を下回る県でも、仕事の口そのものは都市部より開いていることがある。賃金と求人の数は別の軸なので、両方を並べないと「食えるかどうか」の見当がつかない。職種が絞られている場合は全体の倍率よりも職業別の数字を見たほうが実態に近づく。

支援金の側から見ると、働き方は四つに分かれている

収入の確保と制度の利用は、別々に進めると噛み合わない。内閣府の地方創生移住支援事業は、就業等の類型として四つを置いている。道府県のマッチングサイトに掲載された求人への就業、移住前の業務を移住先で続けるテレワーク、市町村が独自に定める関係人口としての要件、そして地方創生起業支援事業の交付決定を1年以内に受けている場合である。

この四つは、収入が立ち上がるまでの時間が大きく違う。テレワークで今の仕事を続ける形なら、移った翌月から同じ額が入る。賃金の地域差を受けずに住居費だけ下げられるので、家計としてはいちばん軽い。いっぽう現地で就職する形は、求人を探して面接を受けて入社するまでの空白が読めない。自治体の要綱では、週20時間以上の無期雇用契約で同じ企業に3か月以上続けて勤めていることを申請の条件に置く例があり、富山県の要綱はこの形をとっている。収入だけでなく、申請できる時期も後ろにずれる。

起業で入る形は、収入が立つまでの期間がもっとも長い。その代わり起業支援金の枠が別にあり、地域によって採択の実績も違う。候補地の選び方は起業家の移住先はどう絞るかで扱った。仕事を一本にせず組み合わせる考え方は二地域居住の仕事はどう組むかが参考になる。

収入が切り替わるまでの空白を、月数で見積もる

試算に入れ忘れやすいのが、辞めてから次の給料が入るまでの月数である。現地で就職する形を選ぶと、退職、引っ越し、求職、面接、入社、初任給の支給という段を踏む。それぞれ1か月ずつかかると見ても、半年は無収入か減収になる。家賃が下がる効果は月単位の小さな差で、この半年の穴を埋めるには足りない。

穴の深さは、月の支出額に空白の月数を掛ければ出る。月20万円で6か月なら120万円。ここに契約時の初期費用と引っ越し代が乗る。支援金はこの穴を埋める役には立たない。申請できるのが就業の条件を満たしてからなので、いちばん苦しい時期には間に合わないからだ。FLASPOが紹介する地域での暮らしの事例を読むと、先に仕事を決めてから動いた人と、移ってから探した人で、必要だった手元資金がはっきり違うことが見えてくる。

順序の工夫で穴は浅くできる。移る前に転職先を決めてしまえば空白は1か月で済む。その場合はマッチングサイトの求人から選ぶ必要があるかを先に確かめたい。副業を持ったまま移って、現地の収入が立つまでをつなぐ形もある。どの順序を選ぶにしても、空白の月数を数字で置いて、その分の現金を別の口座に分けておくことが、二年目に効いてくる備えになる。

よくある質問

地方に移ると賃金はどれくらい下がるのか。令和6年調査の所定内給与額は東京都が403.7千円、全国計が330.4千円で、差は月73.3千円。比べる相手を東京に置くか全国計に置くかで印象が変わるので、候補地の数字を全国計と並べて見たい。

地方は仕事が少ないのか。令和8年8月の就業地別の有効求人倍率では、最も低いのが大阪府の0.95倍だった。求人の数という軸では都市部のほうが厳しい県もあり、賃金の高低とは別に見る必要がある。

テレワークのまま移るのがいちばん有利か。収入が下がらず住居費だけ下げられる点では有利だ。ただし勤務先の規定で居住地が限られることがあり、通勤が必要になる頻度も確かめないと、交通費が差額を食うことがある。

先に移ってから仕事を探してもよいか。可能だが、無収入の期間が読めなくなる。支援金の対象になる求人から選ぶ必要がある場合もあるため、応募の入口を移る前に確かめておくほうが損が少ない。

手元にいくら残して動けばよいか。月の支出に空白の月数を掛けた額と、契約時の初期費用を足した額が目安になる。月20万円で半年の空白なら120万円で、ここに敷金や引っ越し代が乗る形だ。

有効求人倍率の就業地別と受理地別はどちらを見るのか。移住先での働き口を知りたいなら就業地別である。受理地別は求人が出された場所で数えるため、本社が都市にある求人が都市側に計上される。


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