転出による減りは、ほぼ止まっていた
宮崎県日南市の社会増減は、昭和61年にマイナス820人だった。1年で820人分、転出が転入を上回っていたということである。それが令和6年にはマイナス37人まで縮んだ。市が令和7年3月にまとめた第3期 日南市まち・ひと・しごと創生総合戦略に、この推移が書かれている。
40年かけて人の出入りがほぼ均衡したことになる。地方創生の文脈でいえば、これは達成に近い。ところが日南市の人口は減り続けている。社会増減が均衡しても減るのは、自然動態が効いているからである。
死亡数は平成5年に初めて出生数を上回り、平成25年をピークに年間800人前後で推移したあと、令和4年以降は900人を超えた。出生数のほうは平成27年に400人を下回り、令和3年には300人も割っている。転出を止める努力が実を結んでも、年に600人以上の自然減は残る。日南市の総合戦略は、この前提のうえに書かれている。
86,889人から48,198人へ、そして2060年の25,864人
人口のピークは昭和30年の86,889人だった。戦後の第1次ベビーブームを経た時点の数字で、高度経済成長期とバブル景気の時期に都市部へ流出して減少に転じた。
その後の実績値を追うと、平成27年の国勢調査で54,090人、令和2年の国勢調査で50,848人。令和7年1月1日時点の住民基本台帳人口は48,198人である。宮崎県が公表している市町村概況に並んでいる数字で、ピークの昭和30年からは半分近くまで減った。
先の見通しはさらに厳しい。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の地域別将来推計人口」(令和5年12月推計)によれば、令和32年には約29,500人まで減ると予測されている。この推計期間の傾向がその後も続いた場合、令和52年には約19,400人まで減ると市は見込んでいる。県の資料に載っている令和42年の将来推計人口は25,864人で、令和2年の国勢調査人口に対して50.9パーセントである。
年齢の構成も動く。昭和35年から令和2年の60年間で年少人口は約80パーセント、生産年齢人口は約49パーセント減った。高齢者人口は平成7年に年少人口を逆転し、令和2年をピークに減り始めるものの構成比では4割以上を占め、令和27年には生産年齢人口をも上回ると予測されている。
成果目標を開くと「維持」が並ぶ
総合戦略には4つの戦略があり、それぞれに重要業績評価指標が付いている。令和5年度の実績と令和7年度から令和11年度までの目標値が横に並ぶ形式で、算定の根拠も脚注に書かれている。開いて驚くのは、目標値が実績値と同じ欄がいくつもあることである。
| 指標 | 令和5年度(実績) | 令和11年度(目標) | 算定の考え方 |
|---|---|---|---|
| 高校生の市内就職率 | 36.5% | 36.5% | 実績の維持 |
| 伝統芸能団体数 | 70団体 | 70団体 | 維持で積算 |
| 乳児訪問対象者に対する訪問者の割合 | 100% | 100% | 実績の維持 |
| 健康づくり推進員の確保 | 207人 | 200人以上 | 各自治会から1名以上、現状維持 |
| 認定新規就農者数 | 5人 | 5人 | 過去4か年平均4.6人を基に毎年5人 |
| 出生数 | 226人 | 200人 | 200人の維持で積算 |
| 移住世帯数 | 60世帯 | 86世帯 | 各年度前年比10%増 |
| 市内の防災士数(累計) | 277人 | 477人 | 県の目標値から人口割で積算 |
| 観光入込客数 | 163万人 | 199万人 | 5か年でコロナ禍前の水準へ |
| 創業・新規事業数(累計) | 40件 | 50件 | 過去5年間の実績40件を基に積算 |
伸ばす指標もある。防災士は277人から477人へ、観光入込客数は163万人から199万人へ、観光消費額は35.5億円から47.5億円へ。ただし観光の数字はいずれも「5か年でコロナ禍前の水準まで戻す」という算定で、新しい高さを目指しているわけではない。移住世帯数の前年比10パーセント増や、再造林率の73.1パーセントから90パーセントへという目標が、数少ない純粋な上積みである。
出生数の目標が226人から200人に下がっている
表のなかで一つだけ、目標値が実績値より低い指標がある。出生数である。令和5年度の実績226人に対し、令和7年度から令和11年度までの目標はいずれも200人。脚注には、令和6年10月1日現在の出生数203人を踏まえて200人の維持で積算したと書かれている。
増やす目標を立てていないのは、立てても届かないと判断したからだろう。出生数は市の施策だけで動く数字ではなく、出産する年齢層の人数そのものが減っている。年少人口が60年で約80パーセント減った市では、出生率が上がっても分母が足りない。200人を維持できれば健闘という読み方は、数字の上では筋が通っている。
同じことは高校生の市内就職率にも言える。36.5パーセントを5年間同じ値で置いているのは、上げる手立てが見えていないという告白でもあるし、下がるのを食い止めるのが実務だという判断でもある。市内の高校を出た10人のうち6人以上は市外へ出る前提で、残る3人から4人の雇用を確保し続けるという目標設定になっている。
こうした「維持」の積み重ねは、成功事例集の紹介文には出てこない。別の町の例では、総合戦略の評価欄まで開くと自己評価に×が並んでいた。公民連携で駅前を変えた町の通信簿|紫波町が自ら付けた◎と×で扱ったのがその型で、日南市の場合は評価の前の段階、目標の置き方そのものに町の見通しが現れている。
学生がこの資料から読み取れること
自治体の総合戦略は、市のホームページで誰でも落とせる。日南市は地方創生のページに戦略の本体と施策指標の実績を並べて置いている。就活やゼミの調査で地域を扱うとき、この種の文書は紹介記事より扱いやすい。数字に出典と算定根拠が付いているからである。
読むときの勘所は三つある。第一に、目標値と実績値が同じ指標を探す。そこが市が守りに入っている領域で、言い換えれば人手や予算が足りていない場所である。第二に、脚注の算定根拠を読む。「過去4か年の実績平均」と書いてあれば、それは現状の延長であって挑戦ではない。第三に、目標値が実績値より低い指標を探す。日南市の出生数のように、市が現実を受け入れた箇所が見える。
そのうえで産業側の指標を見ると、関わる余地が浮かぶ。認定新規就農者は年5人、林業担い手の新規就業者は年10人、創業と新規事業は5年で50件という規模である。市の規模からすれば一人が入るだけで指標が動く。堀川運河周辺の通行量は705人から1,000人へという目標で、令和6年3月に策定された油津の歴史文化遺産を活用したまちづくり計画の指標が使われている。飫肥城周辺の入込客数は97千人から217千人である。
人が足りない場所がどこかを文書から読んで、そこに当たるほうが話が早い。地域と学生の関わり方を具体的に探している人には、FLASPOのようなプロジェクト型の入り口もある。一つの自治体を数字で読む作業そのものは、人口4,529人の神山町|転入は増えたのに人口が減り続ける理由や合併しない選択をした村|西粟倉村の百年の森林構想と若い移住者でも同じ手順を踏んでいる。
よくある質問
社会増減がマイナス37人なら、移住施策は成功したと言えるのか。転出超過がほぼ止まったという意味では効いている。ただし総合戦略の移住世帯数の目標は令和5年度の60世帯から令和11年度の86世帯で、規模としては年に数十世帯である。人口5万人弱の市で自然減が年600人を超える状況なので、移住だけで人口を支える設計にはなっていない。
令和32年に約29,500人という数字と、令和42年に25,864人という数字は矛盾しないのか。出どころが違う。約29,500人は社人研の令和5年12月推計を市が引いたもので、25,864人は宮崎県の市町村概況に載る将来推計人口である。推計の前提と対象年が異なるので、同じ系列として並べることはできない。
日南市の人口はいま何人か。令和7年1月1日時点の住民基本台帳人口が48,198人である。国勢調査では令和2年10月1日時点が50,848人で、調査の種類によって基準日も数え方も違う。資料を引くときはどちらの数字かを明記したほうがよい。
高校生の市内就職率36.5パーセントは高いのか低いのか。総合戦略は他市との比較を載せていないため、この資料だけでは判断できない。分かるのは、市がこの水準の維持を5年間の目標に置いたということである。比較したい場合は県や国の学校基本調査に当たる必要がある。
総合戦略に書かれた目標は達成されたかどうか後から確認できるのか。できる。日南市は地方創生のページに施策指標の実績を年度別にまとめた資料を置いており、第3期の計画と並べて確認できる。第3期は令和7年3月の策定で令和11年度までを対象としているため、各年度の実績が出そろうのはこれからである。
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