分厚い報告書が届いても、通りは変わらなかった
宮崎県日南市の油津商店街は、昭和40年頃に栄華を極めた通りだった。それから十数年で、アーケード街は人っ子一人歩かない場所になる。市は支援を続けていたが、担当者の異動があり、細部にわたる経営相談に応じる専門スキルもなく、対応ができない状態が続いた。そこで事業を外部に委託する。ところが多額の委託料を払っても、受託者が現場に滞在する時間は僅かだった。契約が終わるころに分厚い報告書や調査結果が提出され、事業を推し進めても成果があがらない。この経緯は、桐生市議会の経済建設委員会が2023年10月に日南市を視察した際の報告書に、市の説明としてそのまま記録されている。
転換点は、委託の形を変えたことだった。市は中心市街地活性化事業の一つとして「テナントミックスサポート事業」を立ち上げ、成果追求型の事業として組み直す。そして商店街を再生できる人材、テナントミックスサポートマネージャーを全国に公募した。
公募の条件に、住む場所と店舗数が書き込まれていた
募集の主な条件は3つに整理されていた。委託料は月額90万円で、保険料、各種手当、旅費、賃借料、消耗品費等の経費を含む。採用後は日南市に居住すること。そして店舗誘致目標を4年間で20店舗とすること。報酬の額が市長を上回ると話題になり、応募総数は333名に達した。一次審査の書類選考、二次審査の公開プレゼンテーション、最終審査の面接を経て、木藤亮太氏が選ばれている。
委託の中身は店舗誘致だけではなかった。空き店舗の活用の検討、業種バランスを考慮した計画の確定と事業者の誘致、タウンマネジメント体制の整備、にぎわい創出に係るソフト事業のサポートと協働体制の構築、中心市街地活性化に資する新規事業の提案と実施、既存店舗のリニューアル指導・支援、そして商店店主と地権者との信頼関係の構築が並ぶ。総務省の地域人材ネットにある本人の登録情報では、2013年7月の着任から約4年で25を超える新規出店と企業誘致を実現したと記されている。
注目すべきは、金額と期限と数値目標が最初から公開されていた点だ。成果が出なければ、何が足りなかったのかを外から数えられる形になっている。
1年目の誘致は、ゼロだった
4年間の推移は、きれいな右肩上がりではない。
| 年 | 主な動き | 誘致店舗数 |
|---|---|---|
| 1年目(2013年) | 市民・商店店主との対話を重視。(株)油津応援団を設立 | 0 |
| 2年目(2014年) | 土曜日夜市の復活、大学や高校との連携 | 2 |
| 3年目(2015年) | 多世代交流モール「油津Yotten」開設、IT企業の進出 | 累計15 |
| 4年目(2016年) | 活性が持続する仕組み・体制が整う | 累計29 |
初年度の成果は0店舗である。この年に充てられたのは、信頼関係づくりときめ細かい現状把握だった。人を呼び戻す仕組みをつくるため、地元の有志とまちづくり会社(株)油津応援団を設立したのもこの段階だ。2年目に動きが見え始め、住民一人ひとりがまちの魅力や将来像を語るようになる。3年目で累計15店舗に跳ね、4年目で29店舗に届いた。
4年で20店舗という目標に対し、前半2年で2店舗。期中の進捗だけを見れば未達の判定が出る位置にある。契約期間を4年に区切り、途中の年で打ち切らなかったことが、結果の形を決めている。
誘致先をIT企業に絞ったのは、求人票の分析からだった
店舗の数と並行して進んだのが企業誘致である。市は2013年に、市外からの外需獲得・雇用創出と市全体のブランディングをミッションとするマーケティング専門官を、4年間の期限付きで任命した。市プロモーションへの「マーケティング畑の民間人雇用」を公約に当選した市長の任命だった。
専門官が向き合った課題は「若者の働く場所がない、特に事務職の雇用の場が少ない」というものだ。日南市管内の有効求人倍率は2013年に0.53、2014年に0.78、2015年に0.84、2016年には0.99と上がっていた。仕事は増えているのに若者の流出は止まらない。ハローワークの求人と求職者数を業種別に調べると、事務職を求める人が多い一方でその求人数が不足し、他の業種には十分な求人があることがわかった。市の説明は、若者は仕事がないから出ていくのではなく、若者が求める仕事がないから出ていく、という読み方に立っている。
そこで無作為に雇用をつくるのではなく、事務職の雇用を生む業種としてIT企業の誘致に重点を置いた。結果として油津商店街内に12社のIT企業が進出し、約200名の雇用が生まれた。商店街に働く場所ができたことで、社員が商店街でランチをするなど、消費者人口そのものが増える動きにもつながっている。国土交通省が大都市圏と地方都市等の連携事例としてまとめた資料では、2017年12月時点の記録として商店街19店舗、IT企業10社の誘致、さらに油津港湾地区の登録有形文化財を改装したコワーキングスペース「赤レンガ館」に3社のICT企業が入居したと記されている。
10年後の店舗数は、61店舗で止まっている
事業が終わったあとの数字こそ、この事例の核心にあたる。商店街の総店舗数は平成28年度に59店舗となり、それ以降は増減しながらも令和4年度には61店舗を維持している。誘致が止まった年に数が崩れていない。
仕組みの側も引き継がれた。テナントミックスサポートマネージャーの後継は(株)油津応援団が担い、多世代交流施設の管理運営や賑わい創出のイベント開催を続けている。市は施設の管理運営に係る費用と一部のイベント費用を援助する立場に回った。個人への委託から法人への移行で、担い手が異動や契約満了で消えない形になっている。
通りに残ったものも具体的だ。新規出店1号店のABURATSU COFFEEは、市民の思い出が詰まった喫茶店をリノベーションした店舗である。2号店の豆腐店は50代の夫婦が取組に共感して出店し、内装や経営方針は応援団の30代スタッフがプロデュースした。空き地には4坪のコンテナが6つ並ぶABURATSU GARDENが置かれ、うち1区画は2週間から1か月単位で出店できる。閉店したスーパーマーケットを改装した油津Yottenには民間主体で6つの飲食店が入り、子どもが遊べるフリースペースとミニキッチン、広島カープのキャンプ地の歴史を伝える施設が併設された。商店街の空き地には小規模保育施設も新設されている。地域と若い世代の関わりを扱うFLASPOの視点で見ると、働く場と預ける場が同じ通りに揃った点が効いている。
市側の総合戦略の立て方は日南市の総合戦略は「維持」で書かれているで、全国の空き店舗の水準はシャッター街はなぜ戻らないのかと商店街活性化の学生プロジェクトで扱っている。
よくある質問
Q. 月額90万円は本人の報酬だったのですか。
委託料であり、保険料、各種手当、旅費、賃借料、消耗品費等の経費を含む額として公募されていた。手取りの給与とは意味が違う。生活基盤を確保して市内に住んでもらう設計だった点が、視察報告でも参考となる点として挙げられている。
Q. 誘致された店舗数が資料によって違うのはなぜですか。
数える対象が違う。桐生市議会の報告にある累計29は4年間に誘致した店舗の数、令和4年度の61は商店街の総店舗数である。国交省の資料が2017年12月時点で記録した店舗19と企業10社は、足すと29になる。総務省の登録情報にある「25を超える」は本人による表記で、いずれも矛盾していない。
Q. 成功した要因はどこにあると説明されていますか。
視察での質疑に対する日南市側の答えは、行政の対応がきめ細かく迅速だったこと、身近な存在であり相談しやすい環境にあったことだった。公募の金額や肩書より、行政の応答速度が挙げられている。
Q. 同じやり方は他の商店街でも使えますか。
条件の揃い方に依る。日南市の場合は求人データで誘致業種を特定できたこと、初年度の成果ゼロを許容する4年契約だったこと、受け皿となるまちづくり会社を1年目に立ち上げたことが重なっている。誘致目標の数字だけを真似ても、この3つは代替できない。
Q. 一次資料はどこで読めますか。
桐生市議会の経済建設委員会 行政視察報告書に市の説明が詳しく残っている。総務省の地域人材ネットには本人の登録情報があり、国土交通省の大都市圏と地方都市等の連携の事例に2017年時点の記録が載っている。
アイデアコンテストプラットフォーム「FLASPO」

アイデア1つで、地域や企業とつながれる。
FLASPOは、全国の自治体・企業が開催する若者向けアイデアコンテストのプラットフォームです。
地域や企業が抱える課題に対して、あなたのアイデアで解決策を提案できます。
賞金やユニークな地域体験が獲得できるコンテストも多数。誰でも参加無料・オンライン完結で挑戦できます。
