事業の中身より先に、物件が決まらない
地方で店を開きたいという相談を受けると、メニューや資金の話より前に止まるのが物件である。駅前のテナントは家賃が合わず、郊外の新しい建物は地域の景色から浮いてしまう。そこで候補に上がるのが、持ち主が住まなくなった古い家だ。実際に地方で起業した人の記録を見ると、古民家を使った事業が決して例外ではないことがわかる。
総務省が令和8年4月に公表した地域おこし協力隊の定住状況等に係る調査結果では、令和2年4月から令和7年3月までに任期を終え、活動地と同一市町村に定住した5,038人のうち2,296人が起業していた。業種別で最も多いのは飲食サービス業の308人で、資料には「古民家カフェ、農家レストラン」が例として挙げられている。次に多いのは美術家やデザイナーなどの217人、三番目が宿泊業の181人で、こちらは「ゲストハウス、農家民泊」が例示されている。古い建物を直して使う事業が、上位に固まっている。
母数は900万2千戸、ただし使える家はその一部
空き家の総数は、総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査で900万2千戸と確報が出ている。空き家率は13.8パーセントで、どちらも過去最多・過去最高である。平成30年の848万9千戸から51万3千戸増えた。数だけ見ると物件は無数にあるように思えるが、起業の候補になるのはここから絞られる。
同じ調査では、賃貸用・売却用と別荘などの二次的住宅を除いた空き家が385万6千戸とされている。残りは市場に出ているか、持ち主が別荘として使っている家だ。つまり「誰も住んでおらず、売りにも貸しにも出ていない」家が385万戸ある。放置されている期間が長い家は傷みも進むので、この385万戸のなかにも、そのままでは商売に使えない建物が多く含まれる。
それでも母数の大きさは意味を持つ。年数が経った家は土地の値段しか付かないことがあり、改修に回せる予算が残る。建物の問題点と改修費の目安は古民家の問題点の側にまとめてあるので、物件を見に行く前に一読しておくと値段の判断がぶれにくい。
入口は空き家バンクと、自治体が指定した支援法人
物件をどこで探すかという段になると、まず名前が挙がるのが空き家バンクである。国土交通省の公表資料によれば、令和8年2月末時点で全国1,788自治体のうち1,134自治体、63パーセントが全国版空き家・空き地バンクに参画し、物件掲載件数は19,075件だった。自治体へのアンケート等では、これまでに約24,700件が成約済みとされている。前年の同じ時期は1,100自治体・17,836件だったので、参画も掲載も伸びている。
仕組みそのものの説明は空き家バンクとはにあるが、起業の目で見るときの注意は別にある。掲載情報は売買や賃貸の条件が中心で、事業に使えるかどうかは書かれていない。上下水道の引き込み、前面道路の幅、浄化槽の有無といった点は、現地で確かめることになる。
改正された空家等対策の推進に関する特別措置法が令和5年12月に施行されてから、自治体が「空家等管理活用支援法人」を指定できるようになった。国土交通省の施行状況調査では、令和7年3月31日時点で95法人(64市町村)が指定され、さらに120法人(98市区町村)で指定が検討されている。所有者と使いたい人のあいだを民間の法人がつなぐ枠組みで、まだ数は少ないが、空き家バンクに出ていない家に手が届く場合がある。
同じ改正法では、市町村が「空家等活用促進区域」を定め、区域内の空き家について用途の規制を緩める道も開かれた。こちらは動き出しがさらに遅く、施行状況調査の時点で指定は4区域(4市)にとどまる。ただし36区域(27市区町)で指定が検討されており、中心市街地や観光地で店舗への転用を想定している例がある。狙っている地域がこの区域に入るかどうかは、市町村の空家等対策計画を見れば確かめられる。
古民家で立ち上がる事業の型
同じ建物から始まる事業でも、必要な許可と初期費用の重さは型によってかなり違う。協力隊の起業内訳に出てきた業種を、手続きの重さの順に並べると次のようになる。
| 型 | 調査での人数 | 主な手続き | つまずきやすい点 |
|---|---|---|---|
| 工房・アトリエ(美術・工芸・デザイン) | 217人 | 原則として営業許可は不要 | 販路づくりが自力になる |
| 物販・小売 | 174人 | 取扱品目によって許可が変わる | 食品を扱うと設備要件が増える |
| 飲食(カフェ・レストラン) | 308人 | 食品衛生法の営業許可 | 厨房と手洗いの設備基準 |
| 宿泊(ゲストハウス・農家民泊) | 181人 | 旅館業法の許可、または住宅宿泊事業の届出 | 届出での営業は年間180日まで |
| 6次産業(食肉加工・販売など) | 101人 | 施設ごとの営業許可 | 加工場の新設費が重い |
宿泊で迷いが出やすいのは、住宅宿泊事業法の届出で済ませるか、旅館業法の許可を取るかという分かれ道である。届出なら手続きは軽いが、宿泊させられる日数が1年で180日までに制限される。これを超えて営業したい場合は、簡易宿所営業の許可を取る道に移ることになる。閑散期のある地域なら180日で足りることもあるので、見込みの稼働日数から先に逆算したほうが早い。
建物の側で起きる費用と、税の扱い
住宅として建てられた家を店や宿にすると、建物の使い方が変わる。規模によっては建築確認の手続きが必要になり、消防設備の基準も住宅のままではいかない。どの工事から確認申請の対象になるかは古民家リノベーションの進め方で線を引いてあるので、設計者に相談する前に目を通しておくと話が早い。見積りの前提が変わると、事業計画の数字も一緒に動く。
税の側にも覚えておきたい変化がある。改正法では、そのまま放置すれば特定空家等になるおそれのある家を「管理不全空家等」として扱えるようになった。市町村から勧告を受けると、その敷地の固定資産税の住宅用地特例が外れる。国土交通省の施行状況調査では、令和7年3月31日時点で管理不全空家等への指導が3,211件(185市区町村)、勧告が378件(40市区町村)行われている。持ち主が手放す判断に傾く理由がここにあるので、買い手の側には交渉の材料にもなる。
資金の面では、地域の金融機関と自治体の補助が組み合わせになることが多い。改修費の補助は要件が細かく、着工前の申請が条件になっているものが大半だ。契約を急いで先に壊し始めると対象から外れる。学生のうちから地域の事業を見ておきたい人は、FLASPOのような場で現地の人に会っておくと、物件の話が回ってくる速さが変わる。
よくある質問
古民家は買うほうがいいのでしょうか、借りるほうがいいのでしょうか。事業として始めるなら、まず借りて様子を見る形が無理をしにくいです。ただし古い家の改修は費用が大きく、賃借だと退去時の扱いが問題になります。改修費を誰が負担し、造作をどうするかを契約書に書き込めるかどうかが、判断の分かれ目になります。
空き家バンクに載っている家なら安心でしょうか。掲載は自治体が物件情報を集約したものにすぎません。令和8年2月末時点で19,075件が載っていますが、建物の状態や事業への適性までが保証されているわけではありません。現地での確認と、建築士による見立ては別に必要です。
協力隊の任期中に起業の準備をしてよいのでしょうか。自治体によって扱いが違うため、募集要項と委嘱の条件を確認してください。総務省の調査で起業に数えられている2,296人には準備中の人も含まれるという注記があり、任期の終わりに合わせて立ち上げる人が一定数いることは読み取れます。
改修費はどのくらい見ておけばよいのでしょうか。建物の傷み方と用途でまったく変わるので、全国に通じる相場を示すのは難しいです。屋根と水回り、そして耐震の補強が費用の中心になります。先に見積りを二社以上から取り、補助の申請時期と工事の順番を合わせてから契約するのが、手戻りを減らす順序です。
古民家を引き継ぐかたちで事業を始める人はいるのでしょうか。総務省の調査では、任期後に定住した5,038人のうち70人が事業承継に分類されており、伝統工芸や民宿、飲食業の引き継ぎが例として挙げられています。起業の2,296人に比べれば少数ですが、建物と客と技術が一緒に残っている点で、立ち上げの負担はまったく違います。地域に入って数年たってから声がかかる筋道なので、最初から狙って探すものではありません。
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