大学院進学で得られるもの|学歴別賃金と修士課程の追跡調査から

大学院進学で得られるもの|学歴別賃金と修士課程の追跡調査から

研究室の先輩が進学を決めたと聞いて、自分も考えはじめた。そういう順番で大学院が選択肢に入る人は少なくない。ただ、二年なり五年なりを使う判断を他人の決断に合わせるのは心細い。ここでは文部科学省の学校基本調査、厚生労働省の賃金構造基本統計調査、科学技術・学術政策研究所の追跡調査という三つの公的な数字を並べて、進学して何が手元に残るのかを見ていく。

大学院にいる人の数と、その内訳

身近に大学院生が一人もいないと、進学が珍しい選択のように見えてくる。文部科学省の学校基本調査によれば、令和七年五月一日現在の大学院在学者は277,148人である。課程別の内訳は修士課程が174,972人、博士課程が79,563人、専門職学位課程が22,613人で、修士課程が全体の六割強を占める。

平成四年の在学者は109,108人だったので、三十年あまりで二・五倍になった。増え方は一直線ではなく、平成二十三年の272,566人を山としていったん減り、令和二年の254,529人から再び増えて過去最多を更新している。設置者別に見ると、修士課程は国立が54.8%(95,959人)、私立が38.3%(67,095人)、公立が6.8%(11,918人)。博士課程になると国立が68.0%まで上がり、専門職学位課程では逆に私立が58.4%を占める。どの課程を選ぶかで、通うことになる大学の種類まで変わってくる。

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賃金の統計に現れる差は、年齢が上がるほど開く

進学の損得を考えるとき、最初に気になるのは収入だろう。厚生労働省の令和七年賃金構造基本統計調査では、一般労働者の所定内給与額(月額)は、年齢計の男女計で大学院が517.4千円、大学が396.3千円、高校が297.2千円となっている。新規学卒者だけを取り出すと大学院299.0千円、大学262.3千円で、差は三・七万円ほどにとどまる。

注目したいのは、この差が年齢とともに広がっていく点である。下の表は同じ調査の男女計の数字を年齢階級ごとに並べたものだ。

年齢階級 大学院 大学 差
20〜24歳 298.8千円 263.9千円 34.9千円
25〜29歳 335.0千円 296.4千円 38.6千円
30〜34歳 406.1千円 340.3千円 65.8千円
40〜44歳 553.7千円 425.3千円 128.4千円
50〜54歳 648.3千円 494.9千円 153.4千円
厚生労働省「令和七年賃金構造基本統計調査」第三表(男女計)から作成

ただしこの数字をそのまま「学位の値段」と読むのは行き過ぎである。大学院修了者は研究職や技術職、医療職に偏っており、賃金の高い職種や規模の大きい事業所に勤めている割合も違う。統計に出ているのは学位だけの効果ではなく、学位と職種と勤め先がまとまって動いた結果だと考えるのが妥当だ。

在籍した人自身が「役に立つ」と答えたもの

では研究生活の二年で何が身につくのか。科学技術・学術政策研究所が令和三年度の修士課程修了予定者を対象に行った追跡調査(調査資料323)では、在籍して得られていることで今後役に立つと考えられるものを尋ねている。最も多かったのは「論理性や批判的思考力」で61.8%。二位以下は大きく離れ、「データ処理、活用能力」が27.2%、「コミュニケーション能力」が24.6%、「自ら課題を発見し設定する力」が24.5%と続く。

「高度な専門的知識」は23.4%、「自ら仮説を構築し、検証する力」は21.1%だった。専門知識そのものよりも、論証の筋を立てる力や問いを自分で設定する力が上位に来ているのは示唆的である。修士論文を一本仕上げる過程は、先行研究を読んで穴を見つけ、検証できる形に問いを削り、結果を他人に説明するという作業の連続になる。回答の分布は、その作業の反復が何を残すかを本人の実感として示している。

専門職として入る間口が広がる分野がある

学位が効く度合いは分野でまったく違う。令和六年度学校基本調査による修士課程修了者の就職先を職業別に見ると、工学系では89.8%が「教員以外の専門職(科学研究者・技術者等)」に就いている。理学系は79.9%、保健系は80.4%で、いずれも八割前後が専門職として入っていく。

一方、人文科学系で専門職に就いた人は40.4%、社会科学系は25.8%にとどまる。社会科学系で最も多いのは販売・事務業務の49.8%、人文科学系では35.7%が同じ区分に入る。つまり理工系にとって修士は専門職への標準的な入口に近いが、人文社会系では学部卒と同じ採用枠で競う場面が残る。志望する業界の求人で修士が前提になっているのか、あるとよい条件なのかを早めに確かめておきたい。進路の基礎になる履修や単位の扱いは大学の卒業要件と履修計画でも触れている。

費用を下げる制度は複数ある

国立大学の授業料は「国立大学等の授業料その他の費用に関する省令」が標準額を定めており、大学院の研究科は年額535,800円、入学料282,000円、検定料30,000円である。各法人は特別の事情があれば標準額の百分の百二十までの範囲で独自に定められるので、志望校の実額は必ず当該大学の公表資料で確かめることになる。

負担を下げる仕組みはいくつも用意されている。日本学生支援機構の貸与型には業績優秀者を対象とした返還免除があり、修士課程では貸与終了者のうち約三割が全額または半額の免除を受けている。令和六年度の実績は6,030人、67億円だった。国立大学の授業料免除は令和七年度予算で102億円、全額免除換算で約19,000人分が大学院向けに充てられている。令和六年度からは在学中に授業料を徴収せず修了後の所得に応じて納める授業料後払い制度も始まった。借りる側の条件や返す段取りは奨学金のメリットと注意点と奨学金の返済が始まる日と金額で整理している。研究テーマを地域の課題に据えるなら、地域の仕事や暮らしの情報を扱うFLASPOのような窓口も合わせて見ておくと、修了後の選択肢を具体的に描きやすい。

よくある質問

修士に進むと初任給は上がるのか。令和七年賃金構造基本統計調査の新規学卒者では大学院299.0千円、大学262.3千円で、月額で三・七万円ほどの開きがある。ただし企業ごとの初任給表に修士の区分があるかどうかで扱いは変わるため、志望先の募集要項で確認するのが確実だ。

文系で進学する意味はあるのか。専門職に就く割合は理工系より低いものの、人文科学系では40.4%が専門職に進んでおり、進路が閉じているわけではない。資格や語学、データ分析のように職業と結びつく力を研究と並行して積めるかどうかが分かれ目になる。

社会人として働きながら通えるのか。修士課程の入学者には社会人が一定数含まれており、夜間や土日に授業を置く研究科も珍しくない。令和七年度の在学者比率では専門職学位課程の58.4%が私立で、社会人向けの課程はこの区分に多い。働き方と授業時間の両立が成り立つかは、研究科ごとの開講時間を調べて判断することになる。

学費を全額自己負担しなければ通えないのか。前の節で挙げた返還免除、授業料免除、授業料後払いはいずれも併用の余地がある制度で、採用の時期や条件はそれぞれ異なる。出願前の段階で該当するものを洗い出し、締切を手元の暦に書き込んでおくと取りこぼしが減る。

出典

本文で使った数字は次の資料に基づく。文部科学省大学院関連参考資料集(中央教育審議会大学分科会大学院部会、令和七年十二月八日時点)、厚生労働省令和七年賃金構造基本統計調査の概況、国立大学等の授業料その他の費用に関する省令。


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