「田植えをしてみたい」と思って調べ始めた人が最初につまずくのは、農業体験と呼ばれるものの幅が想像以上に広いことである。区画を借りて一年通う形もあれば、果樹園で一時間だけ収穫して帰る形もあり、農家に泊まり込んで朝から作業に加わる形もある。どれがよく選ばれているのかは感覚では判断しにくいので、国の統計と実績調査に出ている数字を並べ替えて確かめていく。
受け入れ地域は8年で3倍を超えた
農林水産省は、農山漁村に宿泊し、滞在中に地域資源を活用した食事や体験等を楽しむ農山漁村滞在型旅行を「農泊」と呼んでいる。ねらいは、古民家や棚田といった農山漁村ならではの資源を観光コンテンツに変えて滞在と消費を促し、地域に仕事と雇用を生み出すことにある。
この農泊の推進に採択された地域数は、平成29年度の206地域から令和6年度の673地域まで積み上がった。8年で3倍を超えた計算になる。受け入れ側の数が増えれば、参加できる体験の種類も土地の数だけ増える。選択肢が急に広がったと感じるのは、気のせいではない。
| 年度 | 農泊の採択地域数(累計) |
|---|---|
| 平成29年度 | 206地域 |
| 平成30年度 | 352地域 |
| 令和元年度 | 515地域 |
| 令和2年度 | 554地域 |
| 令和3年度 | 599地域 |
| 令和4年度 | 621地域 |
| 令和5年度 | 656地域 |
| 令和6年度 | 673地域 |
延べ宿泊者数でみると、令和6年度の実績は868万人泊、売上高は1,598億円だった。感染症の流行期に大きく落ち込んだあと、訪日客と再訪者を取り込んで戻してきた局面にあたる。国は令和11年度に1,200万人泊、2,200億円という目標を置いている(出典:農林水産省「農泊」の推進について)。
通う形で最も裾野が広いのは市民農園
旅行として数えられる農泊とは別に、住まいの近くで続ける形の体験がある。農林水産省の調べでは、市民農園は令和6年度時点で全国4,273農園、区画数は188,713区画、面積は1,284ヘクタールに達している。区画数がそのまま同時に土を触っている人数の目安になるため、参加の裾野という点ではこの形が最も広い。
開設している主体の内訳を見ると、この分野が行政だけで成り立っていないことがわかる。
| 開設主体 | 農園数(令和6年度) |
|---|---|
| 地方公共団体 | 1,977 |
| 農業者 | 1,433 |
| 企業・NPO等 | 449 |
| 農業協同組合 | 414 |
農業者が自ら開く園が1,433と二番目に多い点は見落とされやすい。指導付きで作付け計画まで任せられる園はこの層に多く、道具も種苗も用意されていることが珍しくない。初めての一年を空振りで終わらせたくないなら、貸すだけの区画より、作り手が付いている区画を探したほうが失敗が減る(出典:農林水産省市民農園の状況)。農業体験とは何かという整理も合わせて読むと、形の違いが掴みやすい。
日帰りでは収穫の一瞬に人が集まる
週末に一度だけという条件で選ばれているのは、ほぼ収穫である。農林水産省は観光農園を、農業経営体が観光客等の第三者に、ほ場において自ら生産した農産物の収穫等一部の農作業を体験させ、またはほ場を鑑賞させて料金を得る事業と定義している。いちご狩りやぶどう狩りがこの枠に入る。
収穫が支持される理由は、体験の設計として無理がないからだ。所要時間が短く、雨天でも施設内なら成立し、終わったあとに持ち帰る物が手に残る。作付けから収穫までの数か月を待つ必要がなく、参加した日のうちに結果が出る。家族連れや友人同士が初回に選ぶ体験がここに集中するのは、この即時性による。
一方で、収穫だけでは畑の一年が見えないという弱点がある。土をつくる作業や、間引きのように減らすことで残すものを育てる作業は、収穫の前に置かれている。そこまで含めて知りたくなった段階で、通う形や泊まる形へ移っていく人が多い。地域の特産品がどう決まってきたかを知ると、収穫の場に立ったときの見え方も変わる。
泊まって働く体験が単価を押し上げている
農泊の課題として国が挙げているのは、宿泊費の水準である。令和6年度の農泊地域の平均宿泊費は1人1泊13,196円で、観光庁の調査による観光・レクリエーション旅行全体の平均18,940円を下回っていた。安く泊まれるのは利用者にとって利点だが、受け入れ側の収入が伸びないという裏返しになる。
そこで伸びてきたのが、作業そのものを商品にした滞在である。長野県佐久市の協議会は、現役の酒蔵で蔵人として働く体験を2泊3日89,800円で提供し、英語で案内するツアーは同じ日数で139,800円に設定した。令和5年度には参加者の40パーセントが訪日客で、31か国から人が来ている。再訪者向けには2泊3日199,800円のコンテンツも用意された。
宿の形も一様ではない。京都府南丹市美山町の古民家一棟貸し、福井県鯖江市の農家民宿、鳥取県八頭町の廃校を使ったホテルが、国の資料に事例として並んでいる。泊まる場所を選ぶ段階で、その土地の暮らし方に触れる設計になっているかどうかが分かれ目になる。
学校と企業が入口をつくっている
個人の申し込みだけが人気を支えているわけではない。農林水産省が農泊地域に行ったアンケートでは、農山漁村体験などの現場への理解増進に資する取組に意欲的な地域が221地域(73パーセント)あり、そのうち教育旅行の受け入れにも前向きな地域は143地域(65パーセント)だった。修学旅行や校外学習で田畑に入る機会は、この受け入れ体制の上に成り立っている。
企業研修の受け入れに意欲的な地域も120地域(40パーセント)ある。地域の食を最大限に活用した取組に意欲的な地域は215地域(71パーセント)で、そのうち訪日客の呼び込みにも積極的な地域が149地域(69パーセント)を占めた。地域への貢献意欲のある人材を受け入れたいと答えた地域は44パーセントにのぼる。
つまり、いま人気が集まっている体験の多くは、団体を受け入れられる体制が整った地域から生まれている。個人で申し込む体験の質も、その体制に支えられている。若い世代が地域と関わる入口を探すとき、FLASPOのように滞在型のプログラムから接点をつくる方法もある。産地の流通を担う農協の仕組みを押さえておくと、体験先の背景も読み取りやすくなる。
よくある質問
初めての農業体験は何から選べばよいか
一度で終わらせたいなら収穫型の日帰り、続けたいなら市民農園、土地ごと知りたいなら農泊という順で考えると迷いにくい。市民農園は農業者が開設する園が1,433あり、指導が付く区画を選べば初年度から作物を収穫できる可能性が高まる。
農泊と農家民宿は同じものか
同じではない。農泊は農山漁村滞在型旅行という旅の形を指す言葉で、農家民宿はその滞在を受け止める宿の一形態にあたる。古民家の一棟貸しや廃校を改修したホテルも、同じ農泊の枠のなかにある。
費用はどのくらい見ておけばよいか
宿泊する体験の場合、令和6年度の農泊地域の平均は1人1泊13,196円だった。ただし酒蔵での蔵人体験のように2泊3日で89,800円という設定もあり、作業の専門性が高いほど価格は上がる。日帰りの収穫型はこれより大幅に低い水準に収まる。
子ども向けの体験はどこで探せるか
教育旅行の受け入れに意欲的な農泊地域が143地域あるため、自治体や地域の協議会が窓口になっている場合が多い。学校単位の受け入れ実績がある地域は、家族での参加にも対応できる体制を持っていることが多く、問い合わせ先として当たりやすい。
訪日客向けの体験は日本人でも参加できるか
多くは参加できる。英語で案内するツアーは料金設定が別になっていることがあるため、同じ内容の日本語回があるかを先に確認するとよい。訪日客の呼び込みに積極的な地域は149地域あり、予約のオンライン化が進んでいるぶん空き状況も調べやすい。
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