農泊の資料を開くと、真っ先に出てくるのは客室数でも宿泊料金でもない。農林水産省が事業の目標として書いているのは「交流人口」で、その数は1,540万人という単位になっている。泊まる場所を増やす政策のはずなのに、なぜ測る対象が交流なのか。農泊が住民と訪問者の接点をどう設計しているのかを、国の資料にある数字から順に追っていく。
宿を用意しただけでは、農泊と呼ばれない
農泊という言葉は、農家が営む宿のことを指していない。農林水産省の定義は「農山漁村に宿泊し、滞在中に地域資源を活用した食事や体験等を楽しむ農山漁村滞在型旅行」で、宿泊・食事・体験の三つが束になってはじめて一つの旅行の形になる、という組み立てになっている。
同省の資料には、この三つを揃える理由が図で示されている。直売所だけを置いた場合は客の滞在時間が短く「通過型」にとどまり、そこに宿泊を足すと滞在時間が伸びて「滞在型」に変わる。地域に落ちるお金の量は、客がその町にいた時間の長さにほぼ連動する、という読み方である。だから直売所の売上だけを伸ばしても、地域全体には届きにくい。
そのうえで資料は、必要なものを三つ列挙する。宿泊、食事、そして「体験・交流」である。三つめに交流が並んでいる点が、農泊を他の宿泊業と分けている。訪問者が住民と顔を合わせる場面が、おまけではなく事業の構成要素として数えられているということだ。何を用意するかを考える前に「まず地域を知る」と書かれているのも、交流の材料が自然や歴史や人の技術の側にあるという前提から来ている。
国が掲げた数字は、宿泊者数ではなかった
農泊を支えているのは農山漁村振興交付金の農泊推進対策で、その事業目標として記されているのが「都市と農山漁村の交流人口の増加(1,540万人[令和7年度まで])」である。宿泊した人の数ではなく、都市と農山漁村のあいだを行き来した人の数を目標に置いている。宿が埋まったかどうかより、往復が生まれたかどうかを見ているわけだ。
実績の側を見ると、延べ宿泊者数は平成29年度の503.4万人泊から令和元年度には589.2万人泊へ、約86万人泊、およそ1.2倍に増えた。ところが令和2年度には390万人泊まで落ち、ピークから約199万人泊、おおよそ0.7倍まで縮んでいる。感染症の影響が宿泊という形の交流を直撃したことが、そのまま数字に出ている。
採択された地域の数は令和2年度末の累計で全国554地域だった。同じ時期の内訳を見ると、国内旅行者は86万人泊減って約0.8倍、海外からの旅行者は27万人泊減って約0.1倍まで落ちている。宿泊に頼る形だけで交流を測ると、こうした外部要因でまとめて数字が消える。目標が宿泊者数ではなく交流人口に置かれている背景には、こうした脆さもある。
伸びたのは泊数ではなく、中身の数だった
宿泊者数が落ち込んだ一方で、増え続けた数字がある。体験プログラムと食事メニューの数である。農林水産省の実績調査では、体験プログラム数は平成29年度の4,652から令和2年度の7,722へと3,070増え、およそ1.7倍になった。食事メニュー数の伸びはさらに大きく、5,623から13,109へと7,486増えて約2.3倍である。
| 区分 | 平成29年度 | 令和2年度 | 増減 | 倍率 |
|---|---|---|---|---|
| 体験プログラム数 | 4,652 | 7,722 | +3,070 | 約1.7倍 |
| 食事メニュー数 | 5,623 | 13,109 | +7,486 | 約2.3倍 |
| 延べ宿泊者数 | 503.4万人泊 | 390万人泊 | -113万人泊 | 約0.8倍 |
| 採択地域数(累計) | 515地域 | 554地域 | +39地域 | - |
客が来ない年にメニューと体験が増えている、という並びは一見ねじれて見える。ただ交付金の対象を確かめると筋は通る。支援されているのはプログラムや料理メニューの開発であって、集客そのものではない。訪問者が減った期間に、受け入れ側は手持ちの札を増やしていたと読める。表の四段目にあるとおり、地域数も515から554へ39増えている。
交流の相手は、宿の主人ひとりではない
農泊で訪問者が会うことになる人の幅は、制度の側で決まっている。交付金を受ける主体は地域協議会で、その構成員として資料が並べているのは宿泊業、飲食業、交通業、市町村、小売業、農林水産業、情報通信業、旅行業、金融業である。しかも「構成員に農林水産業のいずれかに関わる者を含むこと」という条件が付く。畑や山や海に関わる人が一人も入っていない協議会は、この枠組みでは農泊として扱われない。
協議会を引っ張るのは、法人化された中核法人である。その主たる役割として挙げられているのは農林漁業関連、観光協会などの非営利事業、体験・ガイド、宿泊事業といった仕事で、現場を回せる組織が中心に座ることが想定されている。資料は「地域が一丸」となって取り組み、同時に「ビジネス」として続けるという二つを並べて書いており、責任の所在がはっきりした法人が牽引する形をとっている。
そして見落としやすい一行がある。民泊などの経営者が単独で事業を申請することはできない、と明記されている点だ。宿を一軒持っているだけでは入口に立てず、誰かと組むことが条件になっている。交流という言葉が努力目標ではなく要件として効いているのは、このあたりである。
学生が入りやすいのは、できあがる前の工程
交付金のソフト対策が何にお金を出しているかを見ると、関われる場所の見当がつく。対象として挙がっているのは、ワークショップの開催、地域協議会の設立・運営、そして地域資源を活用した体験プログラムや食事メニューの開発である。完成したツアーを売る段階ではなく、何を売るかを決める段階に予算が付いている。
加えて人材活用事業という枠があり、新たな取り組みに必要な人を雇う費用が、1年目も2年目も年250万円を上限として支援される。ソフト対策本体の上限が年500万円であることと合わせると、受け入れ側には人を入れるための原資が一定量ある。大学で地域に関わる授業や調査をしている学生にとっては、ワークショップの参加者や体験プログラムの試し手として呼ばれる余地があるということだ。
どの地域が動いているかを調べるなら、まず分布から当たるのが早い。都道府県ごとの偏りは農泊はどの県に多いのか|全国701地域を都道府県別に並べて読むで確認でき、政策として何がどこまで達成されたのかは農泊は地方創生として何を達成したか|794万人泊の次にある宿題にまとめてある。働きながら長く滞在する形に関心があるなら農泊で働きながら滞在する|農業ワーケーションの受け入れ673地域の実像も参考になる。学生と地域をつなぐ取り組みについてはFLASPOの事例も合わせて見ておきたい。
よくある質問
農泊の「交流」は制度の上で義務なのですか。
直接そう書かれているわけではないが、要件として効いている。地域協議会の構成員に業種の幅が求められ、民泊などの経営者が単独で申請できないと決まっているため、結果として複数の立場の人が関わらないと事業が成立しない。
1,540万人という目標は何を数えた数字ですか。
農山漁村振興交付金の農泊推進対策の事業目標で、都市と農山漁村の交流人口の増加量として令和7年度までの到達点に置かれたものである。宿泊した人数の目標とは別の指標になる。
体験プログラムが1.7倍に増えたのに宿泊者数が減ったのは矛盾しませんか。
支援の対象がプログラムや食事メニューの開発であり、集客への補助ではないためである。訪問が止まった期間に受け入れ側の手札が増えた、という読み方になる。
学生が農泊地域に関わるとき、どこを窓口にすればよいですか。
宿そのものではなく地域協議会や中核法人が事業の主体になっている。自治体の担当課や観光協会が協議会に入っている地域が多いので、そこから当たると全体像が早く見える。
農泊の数字はどこで確かめられますか。
農林水産省農村振興局が地域経済好循環拡大推進会議に出した配布資料「農泊の推進について」に、採択地域数・延べ宿泊者数・体験プログラム数・支援の上限額が一枚ずつまとまっている。
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