人が増えた年に、地元の売上が増えなかった町がある
観光振興の報告書で最初に出てくるのは来訪者数である。ところが現場で話を聞くと、宿は満室でも土産物店の売上は前年並み、人手だけが足りないという声が返ってくることがある。数が増えることと、地域が稼ぐことは別の現象だ。
全国の宿泊の実績を見ておきたい。2025年の確定値では、延べ宿泊者数は6億6,111万人泊で前年比0.3パーセント増、2019年比では10.9パーセント増だった。内訳は日本人が4億8,118万人泊で前年比2.7パーセント減、外国人が1億7,992万人泊で前年比9.4パーセント増、2019年比では55.6パーセント増である(国土交通省近畿運輸局「2025年宿泊旅行統計(確定値)」)。
全体がほぼ横ばいで、外国人が伸び、日本人が減った年ということになる。つまり多くの地域にとって、自然に客が増える局面は終わっている。事例を読むときは、どこから客を奪ったのか、あるいは単価をどう上げたのかという視点が必要になる。
偏りの度合いも押さえておきたい。日本人を含む延べ宿泊者数では、東京都1億790万人泊、大阪府5,877万人泊、北海道4,650万人泊、沖縄県3,386万人泊、京都府3,316万人泊が上位で、5都道府県の合計は全国の約42パーセントである。外国人だけを見たときの約7割と比べると、国内の旅行者はかなり分散していることになる。
この差は、事例を選ぶときの基準になる。外国人を主な対象にするなら大都市との競争に入るが、国内の旅行者であれば、まだ全国に流れが残っている。どちらの客層を軸にするかで、整える設備も人員も変わってくる。
地方部のシェアは、確かに戻ってきている
外国人の宿泊が三大都市圏に偏る構造は変わっていないが、比率は動いている。三大都市圏は東京・神奈川・千葉・埼玉・愛知・大阪・京都・兵庫の8都府県を指し、それ以外が地方部である。
| 年 | 三大都市圏(万人泊) | シェア | 地方部(万人泊) | シェア |
|---|---|---|---|---|
| 2019年 | 7,257 | 62.7パーセント | 4,309 | 37.3パーセント |
| 2022年 | 1,220 | 74.0パーセント | 430 | 26.0パーセント |
| 2024年 | 11,360 | 69.1パーセント | 5,086 | 30.9パーセント |
| 2025年 | 11,936 | 66.3パーセント | 6,056 | 33.7パーセント |
地方部は前年から19.1パーセント伸びてシェアを2.8ポイント取り戻した。それでも2019年の37.3パーセントには届いていない。都道府県別では外国人の宿泊が東京都6,012万人泊、大阪府2,452万人泊、京都府1,829万人泊、北海道1,330万人泊、沖縄県921万人泊と続き、上位5都道府県で全国の約7割を占める。
一方で、島根県と福井県は11万人泊、高知県は14万人泊、秋田県は15万人泊という水準にある。桁が3つ違う相手と同じ土俵で客数を競う意味は薄い。都道府県ごとの集まり方は都道府県別の観光地で並べてあるので、自分の県の位置を確かめてから戦い方を決めたい。
稼いだ事例が手を入れている三つの場所
成果が出ている取り組みを分解すると、触っている場所はおおむね3つに絞られる。1つ目は客単価だ。入場無料の施設に有料の体験を足す、夕食を外注から地元の食材に切り替えて価格を上げる、といった形で1人あたりの支出を引き上げる。
2つ目は滞在時間である。日帰りが前提の地域では、夕方の選択肢を1つ増やすだけで宿泊に変わる。夜の飲食店が18時に閉まる町では、どれだけ誘客しても泊まる理由が生まれない。宿泊に転換できれば、1人の来訪で地域に落ちる金額は数倍になる。
3つ目が域内調達である。食材や資材を域外から仕入れていれば、売上の大半はその場で出ていく。農家との直接取引に切り替える、加工を地元の事業者に委託する、人材を地域内で採用する。この比率を上げた地域だけが、来訪者数の増加を所得の増加に変えている。
働きながら滞在する形も、滞在時間を伸ばす打ち手として定着してきた。企業の制度と地域の受け入れ体制の実例はワーケーションの事例に整理されている。
単価の上げ方には順番がある。宿泊料を直接上げる前に、朝食の内容、送迎の有無、体験の追加という形で選べる項目を増やすほうが受け入れられやすい。同じ1泊でも、支払う側が納得できる理由が増えれば、価格への抵抗は小さくなる。
推進体制|法人をつくるだけでは動かない
観光地域づくりの中核として整備されてきたのが観光地域づくり法人である。令和8年9月1日現在の登録は、広域連携が10法人、都道府県が38法人、地域が274法人で、合計322法人になる。登録を目指す候補の地域法人も21ある(観光庁「登録観光地域づくり法人(DMO)一覧」)。
数が増えた分、機能しているかどうかの差も開いた。うまく回っている組織に共通するのは、収入源を会費と補助金以外に持っていることだ。着地型の旅行商品や物販、宿泊施設の運営受託などで自前の収益を確保していれば、年度ごとの予算に左右されずに人を雇える。
逆に、職員が出向者だけで構成されていると、2年か3年で担当が入れ替わり、蓄積が消える。宿泊事業者と飲食店と交通事業者が同じ数字を見て意思決定する場があるかどうかも、成果の分かれ目になる。
受入容量と住民の暮らしを先に数える
観光の事例で近年もっとも揉めるのが、住民生活との折り合いである。生活路線のバスが観光客で埋まる、ゴミの量が処理能力を超える、住宅が宿泊施設に転用されて住む場所がなくなる。いずれも来訪者数が増えた後に表面化する。
先に進んだ地域は、受け入れられる上限を数字で決めている。1日あたりの入島者数、駐車場の台数、ガイドの同行人数など、物理的な制約を根拠に上限を置く。その上で、上限の範囲で単価を上げる方向に切り替える。
宿泊税や入域料のように、来訪者から直接費用を受け取る仕組みも広がってきた。集めた財源を清掃や交通に充てられれば、住民の納得も得やすい。地域の担い手と若い世代をつなぐ取り組みはFLASPOでも扱っている領域である。
よくある質問
来訪者を増やす前に合意を取るには、影響が出る場所を具体的に示すのが早い。どの道が混むか、何時に人が集まるか、ゴミはどこに出るか。抽象的な賛否ではなく、生活上の支障と対策を一対で示せば、議論の時間は短くなる。
来訪者数を目標にするのは間違いなのか。入口の指標としては必要である。ただし単価と滞在時間と域内調達の3つを並べて追わないと、忙しくなるだけで収益が改善しない年が出てくる。
小さな自治体でも観光地域づくり法人は必要か。法人格より先に、宿泊と飲食と交通が同じ場で数字を共有する体制をつくるほうが効く。広域連携の枠組みに参加して事務機能を分担する選択肢もある。
外国人向けと国内向けのどちらを優先すべきか。地方部では日本人の宿泊が減っている一方で外国人は伸びているため、両方が必要になる。言語対応より先に、公共交通から現地までの移動が成立しているかを点検したい。
宿泊施設が足りない地域はどうすればよいか。新築より、空き家の改修と既存の旅館の客室更新のほうが期間も費用も抑えられる。供給を増やす前に、平日の空室が埋まっていない理由を確かめる手順も要る。
統計はどこを見れば自分の地域の数字がわかるか。観光庁の宿泊旅行統計調査は都道府県別と広域市町村別の集計があり、年間値は確定値で確認できる。月次の速報は振れ幅が大きいので、年単位で比べるほうが判断を誤りにくい。
混雑対策と誘客は両立するのか。時期と場所をずらせば両立する。繁忙期の上限を保ったまま、閑散期に体験型の商品を置く順番が現実的である。
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