勤務地を決めると、返済額まで動く時代になった
都市で働くか地元に戻るかを考えるとき、給与と家賃は比べても、奨学金の返済は別枠で考えている学生が多い。ところが近年はここが勤務地の選択とつながってきている。奨学金の返還を肩代わりする仕組みを持つ地方公共団体は、令和7年6月1日時点で47都道府県と876市区町村にのぼる。市区町村は全1,741団体のうち876で、割合にすると50.3パーセント。前年の調査から60団体増え、昨年の816団体から半数を超えるところまで来た。都道府県はすでに47すべてが取り組んでいる。
半数というのは、就活の実務では無視できない水準である。志望先の所在地をいくつか並べたとき、そのうちのどれかには返還支援の制度が付いている確率が高い。しかも制度の多くは企業ではなく自治体が持っているので、求人票や説明会の資料には出てこない。採用側が触れないまま選考が進み、入社後に同僚から聞いて知るという順番になりやすい。調べる手間が成果に直結する項目だと考えたほうがいい。
10年で、金額も人数も桁が変わった
この仕組みは急に現れたものではない。平成26年に策定されたまち・ひと・しごと創生総合戦略で、奨学金を使って若い世代の地方定着を促す方針が書かれ、自治体が返還支援に充てた経費は特別交付税の対象になった。そこから実施団体は増え続けている。
年度
実施市区町村
返還支援を開始した人数
支援実績額
平成27年
263団体
603人
集計なし
令和2年
487団体
7,265人
13.5億円
令和4年
717団体
10,865人
60.8億円
令和6年
816団体
15,260人
88.0億円
令和7年
876団体
―
―
実施団体数は毎年6月1日時点、人数と金額は前年度の実績として公表されるため、令和7年の欄は次回の調査を待つことになる。令和6年度に新たに返還支援が始まった人は15,260人で、平成27年からの累計は68,492人に達する。その年度に実際に支援を受けていた人は、新規と継続を合わせて33,720人。支出総額は約88.0億円で、令和2年度の13.5億円から6倍を超えた。なお令和4年度の調査からは医療系人材の確保を狙った取組も明示的に対象に入ったため、それ以前の数字と単純に並べられない点は調査自体が注記している。伸びの大きさは、自治体が若い世代の確保にこの手段を本気で使っていることを示している。
支援の条件は「どこで働き、どこに住むか」で書かれている
制度の出自を知ると、要件の形も読めるようになる。狙いは地方への定着だから、支給の条件は区域内での就業や居住に紐づくのが基本である。調査の注記にも、認定されたあとで域内に一定期間就業または居住してから支援が始まる仕組みがあるため、認定した人数と支援を開始した人数にずれが生じると書かれている。つまり内定した時点で満額が決まるのではなく、働き続け住み続けることが支給の前提になっている。この構造は、転勤の多い企業や広域の営業職を志望する場合に効いてくる。
確認の順番は決まっている。第一に勤務地となる市区町村の制度、第二にその都道府県の制度、第三に業種を限定した枠があるかどうか。医療や福祉、保育、技術職などは職種を絞った枠が別に立っていることがある。募集の時期と申請の締切は団体ごとに違い、年度の予算の範囲で動くため、募集人数に上限が置かれる場合もある。自治体の名前と「奨学金返還支援」で検索すると、要綱か募集案内のどちらかに当たる。要綱に書かれた居住年数と、自分が思い描く数年後の暮らしを突き合わせておきたい。
企業の側にも、同じ形の仕組みがある
自治体とは別に、企業が社員の奨学金を日本学生支援機構へ直接返す代理返還という仕組みもある。社員が受け取ってから返すのではなく、企業が機構に払い込む形をとるため、税や保険料の扱いが変わる。機構の公開情報では、令和8年3月末時点で全国4,852社がこの制度を利用している。導入している企業は機構のサイトに掲載されており、業種や所在地から探せる。地方の中小企業が人材確保のために入れている例も少なくない。
自治体の制度と企業の制度は排他ではなく、自治体が企業の代理返還を後押しする事業を持っている場合もある。就活で見るべきは、志望企業がこの制度を持っているか、そして勤務地の自治体に別枠があるかの二段である。福利厚生の欄に書かれていないことも多いので、面接の終盤で質問する項目に入れておくと取りこぼさない。入社後の手取りに直接効く話なので、聞いて嫌がられる性質の質問ではない。
金額の規模を比べておくと判断しやすい。自治体側の支出は令和6年度で約88.0億円、支援を受けた人は33,720人だった。単純に割れば一人あたり年26万円ほどになるが、実際には数年に分けて交付する設計が多く、年ごとの額はこれより小さい団体もある。企業の代理返還は月々の返還額を会社が負担する形が中心なので、こちらは在職中ずっと効き続ける。期間が長い制度と、額が大きい制度は別物だと考えて並べるとよい。
就活の暦に、どこで組み込むか
時期の設計を間違えると使えないまま終わる。業界を絞る段階では、まだ勤務地が定まらないので制度の確認は早すぎる。本選考に進む企業が数社に固まった時点で、勤務地の候補ごとに自治体の制度を並べるのがちょうどよい。内定後に調べ始めると、年度の募集が閉じていることがある。賃金そのものの地域差は地方就職の年収|賃金の地域差1.23倍と物価差1.08倍のずれに整理があり、返還支援は実質の手取りをこの差の上から押し戻す性質を持つ。
地方を選ぶ人数そのものの動きは地方就職の現状|東京圏の転入超過12万人と20代前半への集中で確認できる。選考の移動や日程の組み方は地方就職の選考|面接の日程と交通費を制度から組み立てるが近い。制度は毎年の予算で動くため、読む資料は最新年度のものに限ること。地域で働く選択肢を広く見るならFLASPOのような窓口も入口になる。条件で選ぶという言い方は冷たく聞こえるが、返済が続く年数は想像より長い。数字を先に置いたほうが、あとで後悔しない。
よくある質問
返還支援はもらえるお金ですか、それとも貸付ですか
団体によって設計が違う。返済にあてる額を交付する形、機構への返還を代わりに行う形、一定年数の勤務を条件に段階的に交付する形などがある。要綱で交付と貸付のどちらにあたるかを確かめておくと、途中で転職したときの扱いまで読める。
在学中に申請しておく必要がありますか
在学中の申請を求める制度と、就職後の申請を受ける制度の両方がある。年度の予算の範囲で募集されるため、締切が早い団体もある。志望先の勤務地が固まった段階で、該当する市区町村と都道府県の募集時期を確認しておくのが安全である。
都市の企業に就職したら使えませんか
自治体の制度は区域内の就業や居住を条件にするものが中心なので、条件に合わなければ対象外になる。ただし企業の代理返還は勤務地を問わないため、そちらは可能性が残る。都市で働く場合は、企業側の制度があるかどうかを先に見るのが筋がよい。
対象になるのは奨学金のどの種類ですか
日本学生支援機構の貸与型を対象にする制度が多いが、地方公共団体独自の奨学金や民間の奨学金を含める団体もある。給付型は返還が不要なので対象にならない。自分が借りている奨学金の名称と種別を控えてから要綱を読むと、該当するかどうかの判断が速い。
途中で退職したら返さないといけませんか
定着を目的にした制度なので、要件とする勤務年数に届かない場合の返納規定を置く団体がある。一方で、交付済みの分は返納を求めない設計もある。ここは団体差が大きく、要綱の返納の条項を読むしかない。転職の可能性を織り込むなら、応募前に確認しておきたい箇所である。
一次情報はどこを見ればよいですか
自治体の取組状況は内閣官房・内閣府の奨学金返還支援のページにまとまっており、団体数や金額の内訳は令和7年度の調査結果概要(PDF)から取れる。企業の代理返還は日本学生支援機構の代理返還のサイトで導入企業を探せる。
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