「シリーズAを調達しました」という一文は、どこかに登録された資格のように見えて、実は何の定義も背負っていない。会社法にもどの省令にも、シリーズAという言葉は出てこない。それでも業界の会話では当たり前に通じ、金額の桁や会社の成熟度をおおよそ伝えてしまう。この曖昧な呼び名が何を指しているのか、そして公的な統計のほうは何で数えているのかを、順に突き合わせていく。
ラウンドが数えているのは「増資の回数」である
株式を発行して外部から出資を受ける行為を、会社の成長に合わせて何回かに分ける。その一回ごとの区切りがラウンドだ。一度に必要な金額を全部集めないのは、その時点の会社の値付けが低いうちに大きく株を出すと、創業者の持分が早く薄くなってしまうからである。事業が前に進んで評価額が上がってから次を出すほうが、同じ金額でも渡す株式は少なくて済む。ラウンドを分ける動機の芯はここにある。
呼び名のほうは慣習で積み上がってきた。最初の小さな出資をシード、その次をシリーズA、以降はB、Cとアルファベットが進んでいく。会社の側から見れば、シリーズの文字は「何回目の優先株式を出したか」に近い。投資契約の中で優先株式の種類を甲種、乙種、丙種と呼び分ける実務があり、それと対応させて語られることも多い。
注意すべきなのは、この呼び名が金額の保証にならないことだ。シリーズAと名乗る調達が3,000万円のこともあれば10億円のこともある。業種によって必要な設備投資の規模が違い、創業者が自己資金をどこまで入れたかでも変わる。だからラウンドの名前を聞いて規模を推し量るのは、本来は筋が悪い。公的な資料がアルファベットを使わないのは、おそらくこの不確かさを避けているからである。
公的な統計はアルファベットで数えていない
経済産業省が2026年5月の第4回スタートアップ政策推進分科会に出した「日本のスタートアップエコシステムの現状評価」を見ると、投資の段階はシード、アーリー、レイターの三つで区切られている。ベンチャーエンタープライズセンターのベンチャー白書を出典に取った図で、日本の「アーリー」には元の分類でいう「エクスパンション」を含め、米国の「レイター」には「ベンチャーグロース」を含めると注記されている。つまり国際比較のために粗く揃えた区分であって、シリーズAやBに一対一で対応する目盛りではない。
この差を知っておくと、調べ物の精度が上がる。「シリーズAの平均調達額」を国の統計から出そうとしても出てこない。出てくるのは段階別の投資金額と件数、そして未上場企業全体の平均である。民間の調査会社がシリーズ別の集計を出しているが、何をシリーズAと数えるかの定義が調査ごとに違うため、数字を並べるときは出どころを揃える必要がある。
法令の側が年数で区切っている例はある。エンジェル税制は投資時点の措置を設立1年未満、5年未満、10年未満という設立年数と外部資本比率で切り分けていて、ラウンドの名前ではなく会社の年齢で判定する。税や制度の世界では、呼び名ではなく客観的に確かめられる指標が使われるという話だ。措置の中身はエンジェル投資の優遇措置を整理した記事で扱っている。
日本の一回あたりはどのくらいの額なのか
経産省の同じ資料は、未上場スタートアップの平均資金調達額を約3億円としている。一方で国内スタートアップの資金調達額の総額は、2022年の9,909億円から2023年8,284億円、2024年8,828億円、2025年7,613億円と推移していて、横ばいから微減の状況にある。政府は2027年度までにこれを10兆円規模へ引き上げる目標を掲げているが、現状との距離はこの数字が示すとおりだ。
では日本でいちばん大きなラウンドはどのくらいなのか。2025年の調達額上位5社は次のようになっている。
| 順位 | 企業名 | 2025年の調達額 |
|---|---|---|
| 1 | Mujin | 217億円 |
| 2 | 自然電力 | 200億円 |
| 3 | LayerX | 150億円 |
| 4 | インターステラテクノロジズ | 130億円 |
| 5 | Binance Japan | 116億円 |
最大が217億円で、5位が116億円である。平均の約3億円と並べると、分布の裾が極端に長いことがわかる。経産省の資料も、小規模な案件の数を増やすのではなく案件を大型化していくことに注力すべきではないか、という問いの形で論点を置いている。言い換えれば、日本のラウンドは「回数は多いが一回が小さい」という形をしている。
後半のラウンドが薄いという構造
同じ資料は、リスクマネーの層が薄く資金供給が小規模であり、海外からの投資が少なく国内のベンチャーキャピタルも小規模であるため、とくにレイター期に必要となる大型の資金供給が不足していると整理している。数字の対比は率直だ。2023年度の日本のベンチャーキャピタルによる投資は1,285件・1,730億円。同じころの米国は13,586件・1,706億ドルである。件数は10倍ほどの差だが、金額の差はそれよりはるかに大きい。
この構造が、起業する側の選択に影響する。初期のラウンドは国内でも組める。けれど事業を全国や海外へ広げる段で必要になる数十億円規模の一回を、国内の投資家だけで埋めるのは難しい。結果として、そこまで行かずに事業売却を選ぶか、上場を早めるか、あるいは成長の速度を落として自己資金で回す形に落ち着く。経産省がM&Aの活用も含めた案件の大型化を論点に挙げているのは、この出口の細さを前提にしている。
母数そのものは増えている。スタートアップの数は2021年の約16,100社から約25,000社へと1.5倍になった。つまり入口は広がり、途中の通り道が狭いままという状態だ。出資を受けると会社の意思決定や株主構成がどう変わるかはベンチャーキャピタルの仕組みを押さえた記事に書いた。原資料は経済産業省の分科会資料で確かめられる。
ラウンドを踏まない道も残されている
ここまでの数字は、株式を出して外部資本を入れる前提の話である。だが地域で店や工房、小さなサービスを立ち上げる場合、そもそもラウンドを設計しないほうが合理的なことが多い。投資家は数年で何十倍かの回収を見込んで入ってくるので、年商数千万円で安定して続く事業とは時間の尺度が合わない。
代わりの手段は三つある。ひとつは融資で、日本政策金融公庫の創業期向けの制度は持分を渡さずに資金を入れられる。興味深いのは、この公庫の制度が出資とつながっている点だ。日本ベンチャーキャピタル協会の会員等、あるいは中小企業基盤整備機構や産業革新投資機構が出資する投資事業有限責任組合から出資を受けている人は、特別利率Bが当たる対象に挙げられている。出資を受けた実績が、融資の条件を良くする材料として制度に組み込まれている。
二つめは補助金で、販路開拓や設備への投資に対して返済の要らない資金が入る。三つめがクラウドファンディングで、購入型なら前払いの売上として扱えるため持分も負債も増えない。型によって適用される法律が変わる点はクラウドファンディングの種類を整理した記事にまとめた。どの手段を選ぶかは、事業がどれだけの速さで大きくなる必要があるかで決まる。地域に根を張る事業の立ち上げを支える取り組みはFLASPOでも進めている。
よくある質問(FAQ)
シードとシリーズAの境目はどこにあるのか。制度上の線は存在しない。実務では、まだ売上が立っていない段階の少額をシード、商品が市場に受け入れられる形を確かめたうえで組織や販路に投資する段階をシリーズAと呼ぶことが多い。ただし呼び方は投資家や会社によって揺れるので、外から見分ける手がかりは金額と時期くらいしかない。
ラウンドの数が多いほど良い会社なのか。そうは言えない。回数が多いことは、一回で集められる額が小さかったか、計画より資金が早く減ったことの表れでもある。逆に回数が少ないのは、一回で十分な額を集められたか、外部資本をあまり必要としない事業だったかのどちらかだ。回数そのものに評価は含まれていない。
ラウンドを重ねると創業者の持分はどうなるのか。新株を発行するたびに既存株主の比率は下がる。発行する株式の数を抑えるには、その時点の会社の評価額を上げておくしかない。だからラウンドの設計は、いくら集めるかと同時に、いくらの値付けで集めるかの交渉になる。優先株式には残余財産の分配や議決の扱いで普通株式と異なる条件が付くことがあり、比率の数字だけでは実際の力関係が読めない場合もある。
地方の会社がシリーズAまで行けるのか。件数の分布を見れば投資は都市部に偏っている。ただし公庫の融資制度には、Uターンで地方に移って事業を始める場合や過疎地域で始める場合に利率の区分が下がる仕組みが組まれており、国の側は地方での起業を別の経路で支えようとしている。株式での調達を前提にするのか、融資と補助金で積み上げるのかを先に決めるほうが、現実的な資金計画になりやすい。
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