人口2,240人の地区に、1年で44,540人の外国人が泊まっている。和歌山県田辺市の内訳を見ると、泊まり客の集まる場所と人が住んでいる場所がきれいに分かれている。市が公開している統計書から、この偏りがどう生まれたのかを確かめたい。
2年で20倍を超えた数字がある
田辺市の外国人宿泊客数は、令和2年が3,317人、令和3年が369人まで落ち込んだあと、令和4年に3,007人、令和5年に39,877人、令和6年に68,695人となった。令和4年と令和6年を比べると22倍を超える。
同じ期間の観光客総数は2,437,499人から3,208,026人へ、1.3倍の伸びにとどまっている。宿泊客の総数も255,041人から409,266人で1.6倍である。外国人の泊まり客だけが別の速さで動いた形になる。
令和6年の宿泊客409,266人のうち、外国人は68,695人で16.8パーセントを占める。6人に1人が海外から来た泊まり客という水準である。
泊まっているのは、市役所のある側ではない
地区ごとに分けると、数字の集まり方がはっきりする。市は平成17年に旧田辺市と龍神村、中辺路町、大塔村、本宮町が合併してできた市で、統計書も旧市町村の区分を残している。
| 地区 | 人口 | 外国人宿泊客(令和6年) | 宿泊客に占める割合 |
|---|---|---|---|
| 旧本宮町 | 2,240人 | 44,540人 | 64.8% |
| 旧中辺路町 | 2,246人 | 16,944人 | 24.7% |
| 旧田辺市 | 57,545人 | 5,859人 | 8.5% |
| 旧龍神村 | 2,546人 | 1,328人 | 1.9% |
| 旧大塔村 | 2,183人 | 24人 | 0.0% |
| 田辺市全体 | 66,760人 | 68,695人 | 100% |
旧本宮町と旧中辺路町の外国人宿泊客を足すと61,484人で、市全体の89.5パーセントになる。この2地区の人口は合わせて4,486人で、市全体の6.7パーセントにすぎない。一方、市の人口の86パーセントが住む旧田辺市に泊まる外国人は5,859人で、全体の8.5パーセントである。
地区ごとの宿泊客に対する割合を出すと、偏りはさらに際立つ。旧中辺路町では宿泊客21,992人のうち16,944人が外国人で、77.0パーセントを占める。旧本宮町は148,565人のうち44,540人で30.0パーセント、旧田辺市は197,049人のうち5,859人で3.0パーセントである。地区によって、宿の客層そのものが入れ替わっている。
理由は地形と道筋にある。熊野本宮大社と、そこへ向かう熊野古道の中辺路ルートがこの2地区を通っている。歩いて進む道なので、歩き終わった場所の近くに泊まる必要が出てくる。市街地に大きな宿を集めても、この需要は拾えない。
日帰りの数と泊まりの数は、別の動き方をする
観光客の中身を分けて見ると、伸びている部分が違う。令和6年の内訳は日帰客2,798,760人と宿泊客409,266人である。地区別の観光客数では旧本宮町が1,617,365人で市全体の半分を占め、次が旧田辺市の874,462人、旧龍神村の385,876人と続く。
全体に対する泊まり客の割合は12.8パーセントで、9割近くが日帰りである。熊野古道を歩く客が増えても、市を訪れる人の多くは泊まらずに帰っている。この比率をどう動かすかが、観光の数字を暮らしの数字につなげる分かれ目になる。
案内施設の利用者数も動いている。田辺市観光センターは令和2年の39,319人から令和6年の108,577人へ、田辺市熊野古道館は12,020人から33,438人へ増えた。どちらも2.7倍以上である。
ここで注意したいのは、観光客数の出どころが和歌山県の観光客動態調査だという点だ。市が自前で数えた実数ではなく、調査にもとづく推計の性格を持つ。地区のあいだの比較や年ごとの傾向を読むには使えるが、1人単位の正確さを前提にする数字ではない。
面積の88パーセントが森林、という土台
呼ぶ側の条件を地図で見ると、この偏りの必然性がわかる。田辺市の面積は1,026.91平方キロメートルある。土地利用の内訳は森林が906.62平方キロメートルで88.29パーセント、農用地が3.36パーセント、宅地が1.38パーセントとなっている。
人口密度は市全体で1平方キロメートルあたり68.0人だが、旧田辺市は438.0人、旧本宮町は12.0人、旧龍神村は10.8人である。合併で1つの市になったあとも、人の住み方は分かれたままだ。
人口そのものは減り続けている。国勢調査による人口は平成7年の86,159人から令和2年の69,870人へ下がった。住民基本台帳をもとにした推計人口は、令和7年1月1日現在で67,316人である。令和6年の自然増減は出生319人に対して死亡1,170人で851人の減、社会増減は転入1,736人に対して転出2,013人で281人の減だった。
泊まり客が増えても、人は増えていない
数字を並べると、観光の伸びと人口の動きがつながっていないことが見えてくる。社会減の幅は令和2年の500人から令和6年の281人へ縮んでいるが、転出が転入を上回る状態は続いている。
ただし内訳には変化がある。転入1,736人のうち144人は国外からの転入で、令和2年の60人から2倍以上になった。外国人の泊まり客が増えた地区で、暮らす側の人も少しずつ動いている。
学生の立場で見るなら、この市は2つの顔を持つ現場として扱えるはずだ。歩く人を受ける仕事が集まる山側と、人口の大半が暮らす海側で、必要とされる仕事の種類が違う。地域に関わる前に数字で土地のかたちを押さえておく方法については、FLASPOでも取り上げている。
よくある質問
外国人宿泊客が令和3年に369人まで減ったのは何が理由ですか。
統計書は理由を書いていませんが、時期から見て入国制限の影響と考えるのが自然です。令和2年が3,317人、令和3年が369人、令和4年が3,007人という動きは、制限が解かれた令和5年に39,877人へ跳ね上がる前の底にあたります。
旧本宮町に44,540人が泊まれる宿はあるのですか。
1日あたりに直すと122人ほどなので、小さな宿が分散していれば受けられる規模です。この地区の宿泊客総数は148,565人で、外国人はその3割にあたります。大型の施設ではなく、歩く人が一晩泊まる形の宿が積み上がった数字だと読めます。
観光客数320万人という数字は実際に数えたものですか。
和歌山県の観光客動態調査にもとづく値で、推計の性格を持ちます。市の統計書も出どころを県の調査として明記しています。年ごとの増減や地区の比較には使えますが、実数として扱うのは適切ではありません。
観光が伸びている市なら、仕事も増えているのですか。
統計書からは、そう単純には読めません。令和6年も転出が転入を281人上回り、推計人口は67,316人まで下がっています。泊まり客が集まる地区の人口は2,000人台で、受け入れる側の人手がそこにあるとは限らない状況です。
旧中辺路町で宿泊客の77パーセントが外国人というのは珍しいことですか。
全国の宿泊統計と比べると、かなり偏った構成です。熊野古道の中辺路ルートを歩く客が主な利用者で、日本人の日帰り客が立ち寄る理由が少ない地区だからだと読めます。市内でも旧田辺市では3.0パーセントにとどまり、同じ市のなかで客層が大きく違います。
出典:田辺市「田辺市統計書(令和7年度版)」(PDF)、田辺市「統計・オープンデータ」。関連記事:田辺市が募る2つの枠、泊まらずに帰る訪日客、宮古島の観光客は住民の22倍。
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