大学3年の夏に1か月の語学研修へ行った人と、卒業後に生活の拠点ごと国外へ移した人は、どちらも「海外へ行った」と言う。ただ制度の側から見ると、この二つは別の扱いになる。分かれ目は滞在が3か月を超えるかどうかで、ここを越えると届出の義務が生まれ、年金や住民票の扱いも変わる。憧れの話に入る前に、数字と線の位置を確かめておきたい。
海外に住む日本人は129万人、その半分は帰国を前提にしている
外務省の海外在留邦人数調査統計(令和7年10月1日現在)では、国外で暮らす日本人は129万8,170人だった。前年の129万3,097人とほぼ横ばいで、急に増えても減ってもいない。注目したいのは総数より内訳のほうである。
129万人は、長期滞在者70万9,684人と永住者58万8,486人に分かれる。長期滞在者は全体の54.7%を占め、前年より3,029人(0.4%)減った。永住者は逆に8,102人(1.4%)増えている。長期滞在者はいずれ日本へ戻る前提で3か月以上滞在している人、永住者は滞在先の国から永住権を得た人を指す。同じ「海外移住」という言葉の中に、期限つきの滞在と、腰を据えた定住という性格の違う二つが同居している。
成人は105万2,403人で全体の81.1%。地域別では北米が37.9%(49万1,701人)で首位を保っている。なお、ウクライナ・アフガニスタン・シリアの3か国は在留邦人の安全を理由に数値が公表されていないため、統計には含まれていない。Z世代が思い描く移住先の多くは、この129万人がすでに積み上げてきた生活圏の延長線上にある。
留学は1年を超えたところで急に細くなる
若い世代が国外で暮らす最初の入口は、多くの場合が留学である。日本学生支援機構の2024(令和6)年度日本人学生留学状況調査によると、その年度に海外で留学を始めた日本人学生は91,054人。協定等に基づくものが57,262人、基づかないものが33,792人で、前年度の89,179人から2.1%増えた。ただし2018年度の115,146人や2019年度の107,346人という水準にはまだ届いていない。
| 留学期間 | 2024年度(人) | 構成比 | 2023年度(人) |
|---|---|---|---|
| 1か月未満 | 60,301 | 66.2% | 57,044 |
| 1か月以上3か月未満 | 8,517 | 9.4% | 8,747 |
| 3か月以上6か月未満 | 10,130 | 11.1% | 10,376 |
| 6か月以上1年未満 | 9,907 | 10.9% | 10,420 |
| 1年以上 | 1,793 | 2.0% | 2,122 |
| 不明 | 406 | 0.4% | 470 |
| 合計 | 91,054 | 100.0% | 89,179 |
表の最後から二つ目の行が、この記事でいちばん重い数字になる。1年以上の留学は1,793人しかおらず、全体の2.0%にとどまる。しかも前年度の2,122人より減っている。反対に1か月未満が60,301人で3分の2を占めており、学生の海外経験は夏休みや春休みに収まる長さへ偏っている。生活の拠点を移す経験として数えられる層は、学年の人数から見ればごく薄い。移住を考えるZ世代にとっては、先に歩いた人が少ない道だという前提を持っておいたほうがいい。
行き先は近い国と英語圏に寄っている
同じ調査で地域別の人数を見ると、アジアが36,904人(40.5%)で最も多く、欧州20,831人(22.9%)、北米19,363人(21.3%)、大洋州12,269人(13.5%)と続く。国別ではアメリカ合衆国12,627人、オーストラリア9,329人、韓国8,360人、カナダ6,736人、英国5,381人、台湾5,260人、タイ4,789人の順だった。
この並びは、在留邦人の分布とは少しずれている。在留邦人は北米が4割弱を占めるのに対し、学生の留学先はアジアが最も厚い。渡航費と滞在費が抑えられる近距離が、短期の受け皿になっているためと読める。専攻分野では人文科学が42,246人で46.4%を占め、語学や文化を目的にした研修が多いことがうかがえる。男女別では女性55,711人(61.2%)、男性34,983人(38.4%)で、女性が6割を超えている。
つまり学生の海外経験は「近くて短い」に寄っており、そこから生活の移転へ進むには、距離も期間も一段飛ばす必要がある。学生の海外旅行との境目が曖昧なまま「移住」を語ると、この段差を見落とす。
3か月を超えると、国への届出が義務になる
滞在が長くなると、本人の意識とは関係なく手続きの側が変わる。旅券法第16条により、海外に住所または一時滞在先を定めて3か月以上滞在する日本人には、在留届の提出が義務づけられている。紙だけでなく外務省のORRネットから電子的に出すことができ、日本から転出する場合は現地到着の90日前から提出が可能だ。届出には氏名や生年月日のほか、旅券の情報、在留地の住所と電話番号、職業、滞在予定期間、緊急連絡先などが要る。3か月に満たない渡航は義務の対象ではなく、任意登録の「たびレジ」が受け皿になる。
働きながら長く滞在する枠としては、ワーキング・ホリデーがある。外務省によれば、日本は令和8年4月1日現在で32か国・地域との間にこの制度を導入している。趣旨は、相手国・地域の青少年に対して休暇目的の入国を認め、滞在期間中の旅行・滞在資金を補うための付随的な就労を認めるというもので、就労そのものを主目的にする在留資格とは性格が異なる。一部の国・地域では、生涯に2回まで参加できる運用に改められている。年齢の範囲や年間の発給枠は国ごとに決まっているため、渡航先の在日公館の案内で確かめる必要がある。
出る前に決めたことが、帰ってからの条件になる
国外へ移ると、国民年金の強制加入の対象から外れる。ただし日本国籍があり20歳以上65歳未満であれば、在外任意加入という形で加入を続けられる。注意したいのは、加入が申出のあった月からになり、過去に遡れない点である。任意加入をしない期間は、老齢基礎年金を受け取るために必要な受給資格期間には算入されるものの、年金額の計算には入らない。その期間中の死亡や障害について、遺族年金や障害年金を請求することもできない。
窓口は、転出前なら住んでいる市区町村、すでに出国していれば日本国内の協力者を立てたうえで最後の住所地の市区町村、立てられない場合は年金事務所になる。国外転出の届出を済ませていれば手続きができる。帰国して住民登録をすると再び強制加入に戻るため、転入先の役場で手続きが必要になる。20代前半で出るほど、任意加入をしなかった月数は長く積み上がる。
もう一つ、数字に出にくいものがある。出る前にどこと関わっていたかで、戻る先の広さが変わるという点だ。実家のある市町村しか接点がなければ、帰国後の選択肢はそこと東京圏に絞られやすい。在学中に地域へ通ったり、短期でも現地の事業に関わったりしておくと、国外から連絡を取り続けられる相手が残る。FLASPOのように学生と地域をつなぐ取り組みを入口にして関係を作っておくことは、海外へ出る計画と矛盾しない。むしろ戻り道の確保として働く。休学中の活動の選び方を考える段階で、国内の地域と国外を同じ土俵に並べておくと判断がしやすい。
よくある質問
海外移住の相談でくり返し出てくる問いを、制度の条文と統計に照らして整理しておく。
Q:ワーキング・ホリデーに年齢の決まりはあるか。
A:対象となる年齢の範囲は国・地域ごとに定められており、全体で一律ではない。年間の発給枠も国によって異なるため、外務省の一覧と渡航先の在日公館の案内の両方で確認するのが確実である。
Q:半年だけの滞在でも在留届は要るのか。
A:要る。旅券法第16条の義務は滞在の長短ではなく3か月という線で引かれており、半年の滞在は対象に入る。帰国の予定が決まっていても変わらない。
Q:年金の任意加入をしないと、将来いくら減るのか。
A:減る額は加入しなかった月数と加入期間全体で決まるため、一律の数字は示せない。確実に言えるのは、その期間が受給資格期間には数えられても年金額には反映されないという扱いだけである。具体的な試算は年金事務所で確かめたい。
Q:留学から移住へ切り替える人はどれくらいいるのか。
A:留学者のうち何人が現地に残ったかを示す公的な統計は見当たらない。手がかりになるのは、1年以上の留学が1,793人という規模と、長期滞在者が前年より3,029人減ったという動きである。推測で割合を出すより、この二つの数字を押さえておくほうが実務的だ。
Q:国内での移動と比べて何が違うのか。
A:国内なら転出入の届出で足りるところに、在留届と査証、そして年金や健康保険の選択が重なる。国内の移動についてはZ世代の移住はどこで止まるかで扱った通学期間の特例なども関わるので、両方を見比べて計画を立てるとよい。
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