白紙のノートに業界名を書いたところで手が止まる。何から埋めればよいのか分からないまま検索を続け、画面を閉じるころには断片だけが残っている。この状態を抜けるために使うのがフレームワークだが、枠を知っただけでは埋まらない。どの枠にどの資料を流し込むのかが決まって、はじめて道具になる。
そもそも業界の輪郭は、自分で引くしかない
業界という言葉には、公式の定義がない。近いものとして国が定めているのは産業の区分で、総務省の日本標準産業分類(令和5年7月告示・第14回改定)は、大分類20、中分類99、小分類536、細分類1,473という四層で構成され、令和6年4月1日に施行された。統計の集計はこの区分に沿って行われる。
一方、就職活動で語られる業界名は、この区分と一致しない。広告業界は大分類では学術研究、専門・技術サービス業の中に入り、同じ会社を人材業界と呼ぶこともサービス業と呼ぶこともある。つまり調べ始める前に、自分が何を一つの単位として見るのかを決める必要がある。その決め方を支えるのがフレームワークで、枠の役割はおおむね三つに分かれる。
| 枠組み | 主に見るもの | 就職活動での当て方 | 当たる一次資料 |
|---|---|---|---|
| 3C | 市場・競合・自社 | 志望先の立ち位置を一枚で把握する | 経済センサス、有価証券報告書 |
| PEST | 政治・経済・社会・技術 | 数年単位で効く外部環境を押さえる | 各省庁の白書、審議会資料 |
| ファイブフォース | 五つの競争圧力 | 利益が出る理由と出にくい理由を見る | 有価証券報告書の事業等のリスク |
| バリューチェーン | 価値が生まれる工程 | 志望する職種の位置を決める | 各社の事業の内容、業界団体資料 |
| SWOT | 強み・弱み・機会・脅威 | 他の枠で集めた材料を整理し直す | 上記で集めた内容 |
3Cで、調べる対象を三つに割り切る
最初に置くとよいのが3Cである。市場、競合、自社という三つに分けるだけの単純な枠だが、効き目は分け方そのものにある。業界について調べているつもりでいると、市場の話と個社の話が混ざり、どちらの根拠も中途半端になる。三つの箱を先に用意すると、いま読んでいる資料がどの箱の材料かを意識せざるを得なくなる。
市場の箱には、事業所数や従業者数、売上の規模といった全体の数字が入る。競合の箱には、上位企業の顔ぶれと、各社が何で稼いでいるかが入る。残る自社の箱は、就職活動では志望企業と読み替えてもよいし、自分自身と読み替えてもよい。後者で使うと、業界が求めている力と自分が積んできた経験の距離が見える。
箱の順番にも意味がある。市場から入ると規模の感覚ができ、その上で競合を見ると各社の数字が大きいのか小さいのか判断できる。逆に個社から入ると、最初に読んだ会社が基準になってしまい、業界の平均像が歪む。最初に目を通した一社が最も印象に残るという偏りは、意識していないと外しにくい。
三つの箱が同じ分量で埋まることは少ない。埋まらない箱があること自体が収穫で、そこが次に調べる場所になる。
PESTは、官公庁の資料と相性がよい
外部環境を政治、経済、社会、技術の四つに分けて見るのがPESTだ。この枠が就職活動で使いやすいのは、四つのうち政治の欄に入る材料が、そのまま省庁の公表資料に対応しているからである。法改正、補助金、規制の緩和や強化は、所管する官庁が資料を出し、審議会の議事録まで公開されている。
社会の欄には人口構成や働き方の変化が入り、国の統計がそのまま使える。技術の欄は資料の出し手が民間に寄るため、裏づけの強さでいえば一段落ちる。経済の欄は景気や為替で、短期の変動に引きずられやすいので、業界研究では深追いしないほうが時間を節約できる。
審議会の資料は、結論だけでなく検討の途中が残っている点で使い勝手がよい。何が論点になり、どの立場から反対が出たのかまで追えるため、業界が抱えている対立の構図がそのまま読み取れる。公開されている議事要旨を一本読むだけで、解説記事を何本も読むより輪郭がはっきりすることがある。
四つを均等に埋める必要はない。むしろ、その業界で最も効いている一つを見つけるために四方向から当ててみる、という使い方のほうが実際的だ。規制の影響が大きい業界では政治の欄だけで骨格ができてしまうこともある。
利益の出どころは、競争の圧力から読む
同じ業界でも、儲かっている会社とそうでない会社がある。この差を構造から説明するのがファイブフォースで、新規参入のしやすさ、代替品の存在、買い手の交渉力、売り手の交渉力、既存企業どうしの競争という五つの圧力を見る。
この枠を埋める材料は、意外なところに揃っている。金融庁の記述情報の開示に関する原則は、経営方針や経営環境、事業等のリスク、経営者による財政状態や経営成績の分析について、投資家の判断に資する形で記載することを求めている。この方針のもとで書かれる事業等のリスクの欄は、会社自身が五つの圧力をどう認識しているかの自己申告にあたる。
仕入先が限られていればその旨が書かれ、価格競争が激しければそう書かれる。推測で埋めるより、まず当事者の記述を読むほうが速い。
読むときのこつは、同じ業界の二社を並べることだ。両方に出てくる項目はその業界に共通する圧力で、片方にしかない項目はその会社固有の事情を指している。一社だけを読んでいると、この区別がつかないまま業界全体の話として覚えてしまう。
枠は埋めるためではなく、空欄を見つけるために使う
フレームワークの使い方で最も多い失敗は、全部の欄を埋めて満足してしまうことだ。埋まった表は見栄えがするが、そこに書かれているのは誰が調べても同じ内容である。選考で問われるのは、表の中身ではなく、表を作る過程で生まれた問いのほうだ。
そこで、埋め終えた枠を眺めて、根拠が弱い欄に印をつける。伝聞で埋めた欄、年次が不明な数字が入っている欄、そもそも空のままの欄。印のついた箇所を質問文の形に書き直せば、説明会やOB訪問で使える問いの一覧になる。働き方の選択を扱うFLASPOでも、答えを集めることより、確かめるべき問いを持っていることが判断の質を決めると考えている。
最後に、枠は乗り換えてよい。3Cで始めて行き詰まったらバリューチェーンに移し替える、PESTで集めた材料をSWOTに並べ直す、といった移動のほうが新しい発見につながる。整理の型を複数持っておく利点は、SWOT分析の使い方のような個別の枠を一つ覚えるより、乗り換えが利くことにある。
よくある質問
フレームワークはいくつ覚えればよいですか。最初は3CとPESTの二つで足りる。この二つで内側と外側が一通り押さえられるため、残りは必要になった場面で足せばよい。覚える数を増やすより、同じ枠を三つの業界に当ててみるほうが、使い方の勘が早く身につく。
枠に当てはめた結果を、そのままエントリーシートに書いてよいのでしょうか。整理の過程は見せず、そこから出た判断だけを書く。読み手が知りたいのは分析の手順ではなく、その人が何を選んだかである。手順を見せると紙幅を取るうえ、同じ枠を使った他の応募者と区別がつかなくなる。
分析が合っているかどうか、どう確かめればよいですか。合否を自分で判定する必要はない。立てた見立てを問いに変えて、説明会で当ててみるのが確実だ。見立てと違う答えが返ってきたときこそ収穫がある。考えを先に立ててから検証に進む進め方は、仮説思考の考え方と同じ流れになる。
産業分類の細かい区分まで見る必要はありますか。細分類まで降りるのは、統計で特定の数字を探すときだけでよい。業界を理解する段階では中分類あたりが扱いやすい。ただし自分が業界と呼んでいる範囲が分類のどこに当たるかは、一度確かめておくと統計を探すときに迷わない。
時間が限られている場合、どこを削ればよいですか。削るなら経済環境の分析と、競合の網羅をやめる。景気の見通しは専門機関でも割れる話で、学生が独自に詰めても選考で効きにくい。競合も上位三社まで見れば傾向はつかめる。浮いた時間は、志望する一社の開示資料を読む側に回したほうが実りが大きい。
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