始めた人の話より、やめた人の話のほうが役に立つ場面がある。二つの拠点を持つ暮らしは、思いつきで始めると半年ほどで重さが表に出てくる。出ていくお金、移動に取られる時間、住民票が一つしかないことから来る細かな不便。どれも珍しい落とし穴ではなく、制度上あらかじめそうなっている部分が多い。順に見ていく。
固定費が二本立てになる重さ
最初に効いてくるのは住居費である。総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によれば、借家(専用住宅)の1か月当たり家賃は全国平均で59,656円だった。平成30年の前回調査と比べて7.1パーセント増えている。地方の物件はこれより安く借りられることも多いが、いま住んでいる家の家賃や住宅ローンに上乗せされる性質の支出だという点は変わらない。
購入した場合は別の負担が続く。固定資産税は標準税率が1.4パーセントで、市街化区域なら都市計画税が制限税率0.3パーセントの範囲で加わる。住んでいない期間も課税は止まらない。さらに電気やガス、水道の基本料金、通信回線、火災保険料は、滞在していない月にも発生する。
やっかいなのは、これらが一度に襲ってこないことだ。月あたりでは数万円の増加でも、年単位で積み上がって初めて重さに気づく。始める前に12か月分を紙に書き出しておくと、感覚と実額のずれが小さくなる。
入口の出費も軽くない。賃貸なら敷金と礼金、仲介手数料、火災保険の加入が契約時にまとまってかかる。空き家を借りて手を入れる場合は、水回りの改修や残置物の処分が想定外の額になりやすい。家具や寝具、調理器具も二組必要になるため、暮らし始めるまでの初期費用は月々の家賃の何倍かを見ておくことになる。
移動は費用より時間を削る
交通費は計算できるので、まだ扱いやすい。読みにくいのは片道の所要時間と、往復にともなう疲労である。片道3時間の距離を月2往復すれば、年間で約144時間、丸6日分が移動に消える計算になる。この時間は何も生まない。
そのため、拠点の選定では交通網の利便性が決定的な条件になる。新幹線や高速道路が使えるかどうかで、同じ距離でも負担がまるで変わる。冬季の積雪、台風、悪天候による運休も見込んでおきたい。予定どおり動けない日が続くと、地方側の家は次第に行かない家になっていく。
移動が習慣として定着するかどうかは、往復のしんどさが許容範囲に収まるかで決まる。候補地を一つに絞る前に、実際にその経路で数往復してみるのが確実だ。地図上の距離より、乗り換えの回数と最終便の時刻のほうが効いてくる。
公共交通が細い地域を選ぶと、車の話が避けられなくなる。都市側で車を持たずに暮らしてきた人が地方側のために一台増やせば、車両代のほかに自動車税、任意保険、車検、燃料代、冬用タイヤが毎年のしかかる。現地でレンタカーやカーシェアを使う手もあるが、滞在日数が増えるほど所有との損益は逆転していく。
住民票が一つしかないことの実害
日本の制度では住所は一つと決まっている。二つの地域で同じように暮らしていても、行政との関係は片方に寄る。二地域居住促進法が定める「特定居住」も、その区域の外に住所を持つ人が居所を定める形として組み立てられている。
| 項目 | 住民票のある地域 | 住民票のない地域 |
|---|---|---|
| 選挙・投票 | できる | できない |
| 国民健康保険などの届出 | 窓口になる | 原則として扱わない |
| 公立小中学校への就学 | 学区に沿って就学 | 区域外就学として個別の協議が要る |
| 個人住民税の所得割 | 課税される | 課税されない |
| 個人住民税の均等割 | 課税される | 家屋敷があれば課税されることがある |
| ごみ収集・公共施設の利用 | 通常どおり | 自治体ごとに扱いが分かれる |
最後から二番目の行は見落とされやすい。地方税法第294条第1項第2号により、その市町村に住所がなくても家屋敷を持っていれば、個人住民税の均等割が課されることがある。保健や防災、清掃、道路の整備といった行政サービスを受けている以上、一定の費用を負担してもらうという考え方に基づくもので、家屋敷課税と呼ばれる。固定資産税とは別枠の負担になる点に注意がいる。
誰もいない家は静かに傷む
一方に滞在している間、もう一方は留守になる。人の出入りがない家は外から見てすぐわかるため、防犯上の弱点になりやすい。郵便物が溜まる、夜も明かりがつかないといった状態が続けば、狙われる確率はその分だけ上がる。
傷みも進む。締め切った室内は湿気がこもってかびやすく、排水口の水が蒸発すれば下水の臭いが上がってくる。庭の草は伸び、雪の多い地域では雪下ろしをしないと建物に負担がかかる。放置が長引けば近隣からの苦情になり、最悪の場合はそのまま空き家として残る。取得や管理の方法は空き家バンクの仕組みを押さえておくと選択肢が広がる。
対処の筋道ははっきりしている。訪問の間隔を2か月以内に保つ、郵便物は転送でまとめる、草刈りや除雪は地元の事業者やシルバー人材センターに頼む、といった手当てである。いずれも費用がかかるので、これも年間の予算に入れておきたい。
地域との釣り合いをどう取るか
国が二地域居住の施策を「住まい」「なりわい」「コミュニティ」の三本柱で整理しているのは、最後の一つが個人の努力では埋まりにくいからだ。自治会の当番、清掃活動、祭りの準備、消防団。地域の運営はいる人の頭数で回っており、いない週があるという事実は、悪気なく負担の偏りを生む。
受け入れる側にも戸惑いがある。国土交通省の整理では、自治体が自分の地域が二地域居住に向いているのか判断できない、来訪者が増えても受け皿が整っていない、といった課題が挙げられている。滞在者と地域をつなぐコーディネーターにあたる中間支援組織の育成が進められているのは、この間に立つ人が足りていないためである。法律が特定居住支援法人の指定制度を設けたのも同じ理由からだ。
実務としては、最初に自治会長へ挨拶し、滞在の頻度と担える役割を正直に伝えておくのが早い。できないことを先に言えば、期待のずれは起きにくい。地域との関わり方に迷う段階なら、FLASPOのような場で先に人とつながっておく手もある。移住との比較で迷っている人は地方移住の基本も並べて読んでおきたい。
よくある質問
検討中の人からよく出る疑問を拾っておく。
住民票を地方側へ移せば解決するのか。片方の不便がもう片方へ移るだけである。勤務先の通勤手当や扶養の手続き、医療機関のかかりつけがどちらにあるかで有利不利が入れ替わるため、生活時間の長いほうへ寄せるのが基本になる。
デメリットを減らす順番はあるのか。費用より先に移動を詰めたほうがよい。距離が縮まれば交通費も疲労も家の管理間隔も同時に軽くなる。立地が決まってから物件の条件を絞ると、無駄が出にくい。
賃貸と購入のどちらが失敗しにくいか。続けられるかどうかが読めない最初の1年から2年は、賃貸のほうが撤退しやすい。購入は税金と管理責任が同時に発生するため、地域と暮らし方が固まってからでも遅くない。
どのくらい続ける人が多いのか。国の調査は実践者の推計を示しているものの、継続年数の内訳までは広く知られていない。ただ短い滞在でも5年以上続いていれば二地域居住に数えるという整理からは、長く続ける前提の暮らし方として設計されていることが読み取れる。撤退の条件をあらかじめ決めておくと、惰性で費用だけが続く事態を避けられる。
自治体の支援はどこで調べるのか。特定居住促進計画を作成した市町村では住まいや仕事場の整備が進んでいる。制度の現況は国土交通省の二地域居住の推進、家屋敷課税の考え方は岡山県の個人住民税の家屋敷課税の説明、家賃の統計は総務省統計局の住宅・土地統計調査で確認できる。全体像は二地域居住の概要にまとまっている。
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