伝統文化の継承課題|人・用具・原材料に起きている三つの断絶

伝統文化の継承課題|人・用具・原材料に起きている三つの断絶

祭りの人手が足りない、という話は各地で聞く。ただ、実際に継承が止まる現場では、人の数より先に別のものが欠けている場合がある。糊が作れない、道具を直せる人がいない、申請書を書ける組合が残っていない。伝統文化の継承課題は、担い手不足という一語でくくると打ち手を外しやすい。国の調査が何を課題として名指ししたのかを、順番に見ていく。

国の調査は課題を三つに分けて名指しした

総務省行政評価局は令和4年6月、伝統工芸の産地を対象にした実態調査の結果報告書を公表した。そこで産地が直面している課題として整理されたのは、需要の減少、後継者の不足、原材料・用具等の不足の三つである。

この報告書が踏み込んだのは、三つを並べただけで終わらなかった点にある。需要の減少が新規就業を阻害するなど、課題どうしが結び付いていることを指摘し、産地が総合的に課題解決へ取り組むための支援の在り方をさらに検討する必要があるとした。売れないから人が入らない、人が入らないから道具の注文も減る、という順番で連鎖していく。

継承を「若い人が来ないこと」と読み替えてしまうと、この連鎖の入口が見えなくなる。以下では三つの課題を、人・モノ・場という三つの断絶として分けて追う。総務省行政評価局の実態調査結果報告書は、産地側の記述が具体的で、地域の当事者が読んでも使える資料になっている。

もうひとつ押さえておきたいのは、制度に乗っている伝統文化と乗っていないものの差である。国や都道府県の指定を受けた文化財には保存や修理の支援の枠があるが、指定のない地域の行事や小規模な手仕事は、支援を受ける入口そのものが細い。継承課題を数える調査の網も指定されたものに寄りやすく、統計に出てこない消滅が積み上がっている可能性は残る。

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行事の縮小は、休止より前に始まっている

無形の民俗文化財は、都道府県が指定したものだけで1,651件(平成28年5月時点)を数える。文化庁はその休止・廃止の背景として、過疎化、少子化、若年層の都市への転出を挙げている。人口の移動が、そのまま行事の運営体制に響く構造である。

興味深いのは、人口が集中している側でも同じ傾向が出ていることだ。東京23区では、担い手の不足によって規模を縮小した伝統行事が約32.7パーセント、休止を検討している行事が8.1パーセントあった。地方だけの問題ではなく、行事を担う世代がその土地にいるかどうかの問題だとわかる。

報道ベースでは、20県で無形の民俗文化財の伝統行事60件が休廃止になったことも伝えられている。数字として現れるのは休廃止だが、その前段には規模縮小という長い踊り場がある。継承を測るなら、止まった件数より縮んだ件数を見たほうが実態に近い。背景の人口動態については過疎化の定義と原因を整理した記事も合わせて読むと立体的になる。

先に消えるのは技ではなく材料のほうだ

文化庁は平成29年度から、伝統工芸の用具・原材料に関する調査事業を続けている。平成29年度の調査では、経済産業省指定の伝統的工芸品の生産者団体235、日本工芸会会員838、選定保存技術の保持団体・保持者26などを含む1,490以上を対象に、用具と原材料の入手先、入手の難易度、問題への対応状況が整理された。作り手の技術ではなく、その手前の供給を調べた調査である。

象徴的なのが美栖紙の例だ。文化財の修理に欠かせない選定保存技術のひとつだが、製作者は上窪良二氏の工房1軒のみ。原材料として楮、木灰、トロロアオイ、胡粉、古糊などが必要とされる。工房が1軒ということは、その1軒が止まれば修理そのものが止まるという意味になる。

こうした技術を支える制度が選定保存技術である。令和6年7月時点で選定は89件、保持者は67名、保存団体は40団体。件数は少しずつ増えているが、1件あたりの厚みが薄いことは変わらない。

断絶の種類 足りなくなるもの 確認できる事実
人 行事や保存団体の担い手 東京23区で規模縮小が約32.7%、休止検討が8.1%
モノ 用具と原材料の作り手 美栖紙製作は工房1軒。選定保存技術は89件・保持者67名・保存団体40団体(令和6年7月時点)
場 産地組合などの運営体制 補助金申請を断念する組合が出ている(総務省調査)

申請できる組織が残っているか

三つめの断絶は見落とされやすい。総務省の調査は、需要減少などの課題を背景として産地組合等が弱体化しており、補助金申請を断念する例があることを確認した。そのうえで、組合などの体制そのものへの支援をさらに検討するよう意見を通知している。

支援策が用意されていても、申請書をまとめ、事業計画を立て、実績を報告する人手が組合に残っていなければ制度は使われない。担い手不足が最初に効いてくるのは、実は作業場ではなく事務方だという話は産地でよく聞かれる。

言い換えると、継承の支援には二段構えが必要になる。技術や行事を直接支える支援と、その支援を受け取れる体制を維持する支援である。地域側の受け皿づくりという論点は、地域課題を5つに整理した記事や関係人口の定義をまとめた記事で扱った考え方とつながっている。

国の対策は5か年の計画として動いている

用具と原材料の問題に正面から当てた計画がある。文化財の匠プロジェクトは令和3年12月24日に文部科学大臣が決定した5か年計画で、期間は令和4年度から令和8年度まで。文化財の持続可能な保存・継承体制の構築を目的としている。

柱は三つで、文化財の保存・継承のための用具・原材料の確保、文化財保存技術に係る人材養成と修理などの拠点整備、そして文化財を適正な修理周期で修理するための事業規模の確保である。三つめは需要側の話で、修理の仕事量が安定しなければ技術も材料も続かないという認識が置かれている。

人の配置も具体的だ。美術工芸品などの修理技術や用具・原材料の確保に関する調査研究、後継者養成の方針作成などを担う修理調査員が、令和4年度から30人配置された。計画の詳細は文化庁が公表した文化財の匠プロジェクトの本文で読める。地域の資源をどう仕事につなぐかという視点では、FLASPOが扱う地域と人の接点づくりも同じ課題領域に入る。

よくある質問

継承課題の中で、最も急を要するのはどれですか

優先順位は産地によって違うが、代替が効かないものから手を打つのが現実的だ。用具や原材料の作り手が1軒しか残っていない場合、その1軒が止まると復元に何年もかかる。人の育成は時間がかかるぶん幅があるが、供給の途絶は不可逆になりやすい。

選定保存技術と重要無形文化財は何が違いますか

重要無形文化財は演劇や音楽、工芸技術そのものを対象にした指定である。選定保存技術は、文化財の保存のために欠くことのできない伝統的な技術や技能のうち、保存の措置を講ずる必要があるものを選定する制度で、修理用の紙や道具の製作技術などが含まれる。表舞台の技と、それを支える裏方の技という関係に近い。

自治体にできることは何ですか

国の制度をつなぐ役割が大きい。補助金の公募情報を産地組合に届け、申請の実務を代わりに担うだけでも断念の件数は減る。行事の側では、担い手の枠を地縁の外へ開く判断を支える調整役が要る。移住者や通いの参加者を受け入れる形に変えるとき、最後に残る論点は制度ではなく地域内の合意形成になりやすい。

個人が関われる余地はありますか

用具や原材料の分野は、担い手が少ないぶん一人の参入が効きやすい。自治体や保存団体が研修生や見習いを募集していることもある。買い手として関わる道もあり、修理や制作の仕事量が確保されること自体が継承条件のひとつになっている。


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