報告書の最後に置かれた一行が、何を数えたのか分からない
地域の取り組みを調べていると、成果の説明として「経済効果○億円」という一行に出会う。来場者数に単価を掛けただけの額なのか、そこから先の取引まで積んだ額なのか、同じ言葉で違うものが呼ばれている。面接やゼミで事例を挙げるときに、その一行をそのまま引くと、内訳を聞かれて答えに詰まることになる。
この計算の土台になっているのが産業連関表である。総務省が関係10府省庁との共同事業として、おおむね5年ごとに作っている加工統計で、最新は令和2年(2020年)表にあたる。令和6年6月25日に公表され、一部部門の国内生産額を再推計して令和7年7月11日に差し替えられている。
公表資料は、需要が生まれると原材料の購入が起き、その購入がまた別の生産を呼ぶ連鎖を「水面に投じた石が波紋を広げていく」と書いている。数えられる層は三つある。最初の支出そのもの、原材料の取引をたどった分、そして生まれた所得が消費に回った分である。報告書の一行がどの層までを含むのかは、本文を開かないと判別できない。
倍率は、表の一列をタテに足した数字でしかない
波及の大きさを示す係数は、逆行列係数表の列和として定義されている。ある部門に最終需要が1単位発生したとき、各産業の生産が究極的にどれだけ必要になるかを並べ、それを合計したものである。令和2年表の統合大分類では、この値の平均が1.7606倍だった。
注意したいのは、倍率が部門ごとに大きく違う点である。工程が長い製造業は高く、取り扱う部門がサービスや商業に寄ると低く出る。地域の催しや拠点運営が当てはまる部門は、だいたい平均より下に並ぶ。
| 部門(統合大分類) | 生産波及の大きさ | 輸入割合 |
|---|---|---|
| 輸送機械 | 2.4779倍 | 7.8% |
| 鉄鋼 | 2.3725倍 | 4.0% |
| 飲食料品 | 2.0122倍 | 16.7% |
| 農林漁業 | 1.8300倍 | 15.8% |
| 建設 | 1.7992倍 | 0.0% |
| 平均 | 1.7606倍 | 8.3% |
| 対個人サービス | 1.6922倍 | 1.1% |
| 対事業所サービス | 1.6319倍 | 4.6% |
| 商業 | 1.4521倍 | 0.1% |
| 公務 | 1.4485倍 | 0.0% |
| 不動産 | 1.2816倍 | 0.0% |
同じ1億円の需要でも、置いた部門が不動産なら1.28億円、飲食料品なら2.01億円の生産を呼ぶ計算になる。報告書に倍率が書かれていないときは、どの部門の需要として入力したかを先に探すほうが早い。
部門別の国内生産額で最も大きいのは商業の92兆7183億円、次が不動産の90兆5486億円である。製造業の個別部門よりサービス側の規模が大きく、地域で起こる取引の多くもこちらに属する。倍率の低い部門が地域の主戦場だという前提は、押さえておいて損がない。
域外で買った分は、連鎖に乗らずに出ていく
波及が無限に広がらないのは、途中で外に漏れるからである。令和2年表の総供給は1119兆3529億円で、うち国内生産額が1026兆1540億円、輸入が93兆1989億円を占めた。輸入の比率は全体で8.3%になる。
この比率は部門でまったく違う。鉱業は96.5%、繊維製品は61.3%、情報通信機器は59.6%が輸入で、非鉄金属も32.2%に達する。一方で建設、不動産、公務はほぼゼロである。燃料や機械を買う支出は海外へ抜け、工事や賃料の支出は国内に残るという形になる。
国レベルの表で輸入と呼ばれている部分は、市町村の表に置き換えると「域外からの調達」にあたる。隣の市の業者に発注した資材は、その町の連鎖には乗らない。だから同じ事業でも、地元で調達できる割合が低い地域では波及が小さく出る。この漏れの測り方は域内調達率とLM3の考え方や、地域経済循環の見方とつながっている。
なお国内生産額の費用構成は、中間投入が464兆6529億円で中間投入率45.3%、粗付加価値が561兆5010億円で粗付加価値率54.7%だった。粗付加価値のうち雇用者所得は283兆8794億円、構成比50.6%である。所得として地域に落ちる部分は、支出額の半分前後という目安がここから出てくる。
需要の側から見ると、総需要1119兆3529億円の内訳は中間需要が465兆円で41.5%、国内最終需要が572兆2269億円で51.1%、輸出が82兆4731億円で7.4%だった。国内最終需要のうち消費は416兆8723億円で72.9%、投資は155兆3546億円で27.1%を占める。地域の事業が動かすのはほとんど消費の側で、投資側に効く事業はごく限られる。
観光の単価を自分の町に当てる前に、泊まるかどうかを見る
観光を軸にした事例では、来場者数に全国平均の旅行単価を掛けた額が直接効果として置かれることが多い。その単価の出どころは観光庁の旅行・観光消費動向調査である。2026年4月30日公表の2025年年間値(確報)では、日本人国内旅行消費額が26兆7845億円で前年比6.5%増だった。
内訳は宿泊旅行が21兆7211億円、日帰り旅行が5兆634億円である。延べ旅行者数は5億5313万人、1人1回当たりの旅行支出は48424円だった。ここで効いてくるのが泊数の差で、宿泊旅行は72412円、日帰り旅行は20000円と、3.6倍の開きがある。
日帰り客が主体の催しに宿泊込みの単価を当てれば、直接効果の段階で3倍以上に膨らむ。倍率を掛ける前の母数で狂っているので、波及の計算をどれだけ丁寧にやっても戻らない。観光庁は旅行消費の波及計算そのものも経済波及効果の調査研究として公表しており、手順の確かめ方はそこで読める。
事例を引くときに確かめる五つの点
順番を決めておくと、短い時間でも検算ができる。まず直接効果の母数、つまり来場者数や売上の数え方を見る。延べ人数と実人数のどちらかで倍近く変わる。次に、その支出をどの部門の需要として置いたかを見る。表の行の選び方で倍率が変わるからである。
三つめは域外調達の扱いである。全国表の係数をそのまま使っていれば、その地域の漏れは反映されていない。四つめは二次波及、つまり所得が消費に回る分を含むかどうか。含めるかどうかは分析者の判断で、含めた額と含めない額が同じ記事に並ぶこともある。
五つめは年次である。産業連関表は5年ごとの作成で、公表資料も「前回表と完全に連続していないため、過去の計数との比較には注意を要する」と断っている。異なる年の表で出た額を並べて増減を語るのは避けたい。FLASPOのように地域と学生をつなぐ現場でも、事例の説得力は額の大きさより、この五点が示されているかで決まる。
関係人口の文脈で金額に換算する試みは135万円というものさしとして別に整理されている。考え方の筋は同じで、何を数え、どこで止めたかを書いておくことに尽きる。
よくある質問
波及の倍率は自分で計算できるのか。総務省は令和2年表の計算シートとして、投入係数表、逆行列係数表、最終需要項目別の生産誘発に関する表を13部門から基本分類まで公開している。表計算ソフトがあれば追えるが、都道府県や市町村の表は各自治体が別に作っているので、地域の分析ではそちらを探すことになる。
倍率が高い部門の事業を選べば効果が大きくなるのか。係数が高いのは工程が長く、国内の取引段階が多い部門である。地域の事業がそこに当てはまるかは別の話で、無理に製造業の係数を当てると実態から離れる。倍率は選ぶ基準ではなく、出てきた額を読むための目安として使うほうがよい。
「経済効果」と「売上」はどう違うのか。売上は特定の事業者に入った額で、経済効果は地域全体の生産額の増加分として推計された額である。後者は推計なので、前提を変えれば数字も動く。前提が書かれていない額は、比べる対象として使いにくい。
数字がない事例は価値が低いのか。産業連関表の公表資料は、この統計を「各産業が相互に支え合って社会が成り立っているという実態」を数値で見るものだと説明している。逆に言えば、支え合いの形そのものは額に落ちない。誰がどの役を引き受けたかを書けるなら、額のない説明でも十分に伝わる。
成功事例の経済効果を調べるとき、最初に当たるべき資料はどれか。全国の構造を知るなら総務省の産業連関表、観光が主題なら観光庁の消費動向調査と経済波及効果の報告書が入口になる。地域単位の数字が必要なら、その都道府県が公表している産業連関表の利用の手引きを見るのが近道である。
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