測る物差しが差し替えられた
地域で起業する人を増やしたい、という政策の成果は長く「開業率」で測られてきた。目標は開業率10%、言い換えれば米国・英国の水準に近づくことだった。この物差しが2026年4月21日に見直された。中小企業庁の「地域の持続的成長に向けた創業政策のあり方検討会」が取りまとめ報告書を公表し、従来の単一指標ではなく3つの指標を組み合わせる方向を示したのである。
理由は二つ書かれている。一つは、開業率には退出や廃業の要素が含まれるため、創業政策の効果を的確に測るには「創業者数」そのものを見る方が適切だという技術的な理由。もう一つは、人口減少と労働供給制約が進む中で、量的な創業数の増加だけでは地域経済の供給力を十分に維持できなくなりつつあり、創業段階から事業の質や成長力を高める視点が重要になったという状況の変化である。
起業を考える側にとっては、国が何を数えるかが変わることは支援策の形が変わる予告になる。数えられる対象に入っているかどうかで、相談できる窓口も補助の有無も動く。地域起業の現状を開業率で押さえたうえで、次の物差しを確かめておく価値がある。
新しい3つの指標の中身
報告書が掲げた政策目標は「産業競争力の強化と地域の成長の実現」で、その下に創業した各企業の成長と創業者数の増加を置く。評価指標は次の3本に整理された。
1本目は創業期における成長で、現行は指標がなく、検討案は付加価値額の成長率である。創業後5年以内の企業が産み出す付加価値額を見る想定だが、現状の公的統計では把握できないため、当面はデータの捕捉手法の確立に努め、蓄積が進んだ段階で目標値を設定するとされた。2本目は創業者数の増加で、現行の開業率10%を見直し、創業者数10万者/年を目指す。これは新型コロナ感染拡大時などの特異点を除く過去5年間で最も創業者数が多かった2021年の水準である。3本目は創業エコシステムの構築の推進で、人口1万人あたりの創業者数が年7.8人に達する地域の数を、今後5年間で倍増させることを新設案とした。
3本の指標は独立しているわけではない。報告書の整理では、1本目の創業期における成長と2本目の創業者数の増加を、3本目のエコシステム構築が下から支える関係に置かれている。起業家教育の取組は2本目の底上げに寄与するもの、コーディネーター人材の確保や地域の支援機関の連携は3本目に効くものとして位置づけられた。指標ごとに紐づく施策とKPIは今後具体化するとされており、現時点では骨組みが示された段階である。
3本目が地域の単位で設計されている点は見落としにくい。全国の平均を押し上げるのではなく、創業が生まれる地域の数そのものを増やすという目標になっている。開業率も過去からの連続性を見る観点で引き続き確認される。
創業者数はどう数えられるのか
目標値が10万者と置かれても、何を1者と数えるかで意味は変わる。報告書は、創業者数を従来どおり雇用保険事業統計で捕捉するとした。雇用保険の適用事業所として届け出られた数を使うため、従業員を雇用する事業者が対象になる。
この統計の限界も明記されている。雇用を伴わない個人事業主の数は把握できない。つまり、一人で始めて誰も雇わない形の創業は、国の目標の分子には入らない。報告書は、従業員を雇用する成長志向の事業者を捕捉することになるため中小企業政策全体の方向性と整合的だと説明しつつ、雇用保険制度の改正等により統計値が一時的に増加する年がある点に留意が必要だと付記した。さらに、生成AIの活用が本格化すれば従業員を雇用せずに成長を実現する創業者が増える可能性があるため、より実態を踏まえた捕捉方法は引き続き検討が必要だとしている。
地域で小さく始める人の多くは、最初は雇用を伴わない。数えられないことと支援されないことは別だが、統計に出ない層が厚いという前提は、自治体の施策を読むときにも効いてくる。
創業が活発な地域は何が違うのか
3本目の指標が地域単位になった背景には、同じ国の制度を使っていても地域で結果が開くという観察がある。中小企業庁は、2022年度から2024年度に実績報告のあった1,296の創業支援等事業計画を対象に、特定創業支援等事業を受けて創業した人を人口1万人あたりに換算して比較した。上位30位の地域は年23.3人以上で、全体の中央値付近の地域は3.7人から3.9人だった。前者を「創業が活発な地域」、後者を「一般的な地域」と呼び、支援の体制を並べたのが次の比較である。
| 項目 | 創業が活発な地域(n=30) | 一般的な地域(n=20) |
|---|---|---|
| 認定連携創業支援等事業者数(平均) | 6.63 | 3.35 |
| 商工団体等が含まれる割合 | 100% | 100% |
| 産業支援機関が含まれる割合 | 63% | 40% |
| 金融機関が含まれる割合 | 63% | 45% |
| 株式会社等が含まれる割合 | 23% | 10% |
| その他が含まれる割合 | 33% | 30% |
商工団体はどちらの地域にも入っている。差が出たのは産業支援機関、金融機関、株式会社等で、連携の相手の数そのものも約2倍開いた。報告書は、これらのプレイヤーが主体的に創業支援に携わることが創業者数の増加に寄与していると見ている。起業する場所を選ぶ段階なら、起業支援金が使える43道府県の一覧と合わせて、地元の計画に誰が名を連ねているかを確かめる手がある。
「米英レベル」という目標を外した
見直しでもう一つ外れたのが、開業率を米国・英国の水準に近づけるという表現である。報告書は、これを実現するには創業政策のみならず、教育や社会保障というセーフティネット、失敗に対する社会的受容度など、社会構造全体での改革が必要不可欠だと述べた。事業の新陳代謝は産業競争力と生産性の向上に資する点で重要だとしながら、創業政策単独のKPIとして掲げることは見直す必要があるとした。
代わりに置かれたのは、足元の減少傾向を食い止めるという現実的な線である。検討会では、起業に無関心な層をいかに減らすかという観点から、5年間で10%程度下げることを目指してはどうかという委員の発言もあった。国際比較では、日本は起業に関心を持つ人の割合が低い水準にあると指摘されている。
運用面では、中小企業庁が毎年度末に指標に基づく進捗の評価を行い、結果を施策の見直しと対応策の実行に反映するPDCAを運用するとされた。あわせて、5年後を目途に指標と施策全体を対象とした包括的な検証を行う仕組みを設けるべきだと記されている。開業率と廃業率の関係を押さえるなら黒字で辞める51.1%の内訳も合わせて読める。地域との関わりから事業を考える人はFLASPOのような接点の作り方から入る道もある。
よくある質問
開業率はもう使われないのか。使われる。報告書は、政策の効果を過去からの連続性の中で評価する観点から、開業率は引き続き確認していくとしている。主たる目標から降りたという位置づけである。
人口1万人あたり7.8人という水準はどこから来たのか。報告書は数値の算出根拠を細かく書いていないが、同じ換算方法で比較した地域の分布が示されており、中央値付近の3.7人から3.9人と上位30位の23.3人以上の間にある水準だとわかる。中央値の約2倍で、上位の3分の1という位置になる。
自分の地域が目標に届いているか調べられるか。創業支援等事業計画は市区町村が作成し、認定連携創業支援等事業者もその計画に記載される。計画の内容は自治体が公表しているため、連携先に金融機関や産業支援機関が入っているかは確認できる。人口1万人あたりの創業者数は国の集計値なので、公表を待つ必要がある。
創業前の支援だけ受ければよいのか。報告書は、創業初期の事業者が顧客獲得、資金調達、人材確保、事業計画の策定といった課題に同時に直面することを挙げ、創業支援政策は創業前後を通じた一体的な支援として設計する必要があるとした。相談先を決めるときは、開業の手続きで終わる窓口なのか、その後の伴走まで引き受ける窓口なのかを聞いておくと差が出る。
出典
中小企業庁「地域の持続的成長に向けた創業政策のあり方検討会」取りまとめ報告書(2026年4月21日公表)/公表ページ、報告書本文。評価指標は同報告書5章および図表24、地域比較は図表5による。
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