作り終えた日が終わりではなく、課金が始まる日になる
受託の開発なら納品した時点で区切りが付く。月額で売るソフトウェアはそこが始まりで、翌月も使われ続けるかどうかを毎月問われる。解約の操作は画面の中にあり、理由を聞く機会もないまま離れていく。開発の腕があっても、ここで想定が崩れる人は多い。
SaaSは、ソフトウェアをインストールして渡すのではなく、事業者のサーバーで動かしたものを通信回線越しに使わせ、期間に応じて対価を取る売り方である。売っているのは完成品ではなく、使える状態を維持する約束だと言い換えてもよい。この形を選ぶと、収入の立ち方だけでなく、守るべき法令の組み合わせも変わる。
買う側の裾野は広がっている。ただし調査の対象には偏りがある
需要の側は数字で確かめられる。総務省「令和6年通信利用動向調査」によると、クラウドサービスを一部でも利用している企業の割合は8割を超えた。利用している内容は「ファイル保管・データ共有」が71.0%で最も高く、「社内情報共有・ポータル」が57.6%、「電子メール」が56.8%と続く。利用する理由は「場所、機器を選ばずに利用できるから」が50.2%、「資産、保守体制を社内に持つ必要がないから」が42.6%である。効果については、非常に効果があった、またはある程度効果があったという回答が88.2%を占める。
ここで一つ注意がある。この企業調査の対象は、公務を除く産業に属する常用雇用者規模100人以上の企業で、調査時点は令和6年8月末である。つまり8割超という数字は、ある程度の規模を持つ企業の話であって、従業員が数人の事業者までを含んだ実態ではない。小規模な事業者を客に想定するなら、この割合をそのまま見込みに使うのは危ない。
用途の並びも読む価値がある。上位に来ているのは保管、共有、連絡という社内の基盤で、調査では給与や財務会計や人事、スケジュール共有が前年から増えて5割を超えたとされている。言い換えれば、担当者が毎月同じ手順を繰り返している作業から順にクラウドへ移っている。新しく売り込むなら、まだ表計算と紙で回している定型の作業を探すほうが、置き換えの説明がしやすい。
月額で売る以上、広告の段で表示する項目が決まっている
ウェブサイトで申し込みを受けて対価を取る形は、特定商取引に関する法律の通信販売に当たる。第11条は、広告に表示しなければならない事項として、対価、支払の時期と方法、役務の提供時期、申込みの期間に関する定めがあるときはその内容、そして申込みの撤回または解除に関する事項を挙げる。料金ページに月額だけ書いて、解約の条件をどこにも置かない構成は、この条文に照らすと足りない。
申し込みの画面にも別の規定が置かれている。第12条の6は、事業者が定める様式の書面や、画面に表示する手続に従って顧客が行う申込みを「特定申込み」と呼び、その画面に分量と第11条第1号から第5号までの事項を表示しなければならないと定める。さらに同条第2項は、送信が申込みになることについて人を誤認させる表示と、これらの事項について人を誤認させる表示を禁じている。無料で試せる期間が自動で有料に切り替わる設計では、ここが問われる。第12条は、解除に関する事項などについて著しく事実と相違する表示や、実際より著しく優良または有利と誤認させる表示を禁じている。
書面の交付で一部の表示を省く道も条文には残っている。第11条のただし書は、請求により表示事項を記載した書面を遅滞なく交付し、または記録した電磁的記録を遅滞なく提供する旨を広告に表示する場合には、主務省令で定めるところにより一部を表示しないことができるとする。ただし省ける範囲は省令に委ねられており、画面の見やすさを理由に解約の条件を隠す使い方はできない。
預かるのは代金ではなく、客の業務データである
SaaSは客の名簿や取引記録を自社のサーバーに置く。個人情報の保護に関する法律の第23条は、取り扱う個人データの漏えい、滅失、毀損の防止その他の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じることを求める。客から業務を委託される立場になれば第25条の委託先の監督が相手側に生じ、こちらは監督を受ける側として体制を説明する責任を負う。
事故が起きたときの手順も条文にある。第26条は、個人の権利利益を害するおそれが大きい事態が生じたときに個人情報保護委員会へ報告し、本人へ通知することを義務づける。ただし他の事業者から取扱いを委託されている場合は、委託元へ通知すれば足りるという例外が置かれている。保存先を海外のクラウドに置くなら第28条が絡み、外国にある第三者へ個人データを提供する場合は、規則で定める基準に適合する体制を整備している相手を除き、あらかじめ本人の同意を得なければならない。どのリージョンに置くかという技術の選択が、同意の要否という法律の話に直結する。
立ち上げの順番を、確認すべき根拠とあわせて並べる
作る前に決めておくほど手戻りが減るのは、料金と解約と預かるデータの三点である。順番と根拠を一覧にすると次のようになる。
| 段階 | 決めること | 確認する根拠 |
|---|---|---|
| 構想 | 誰のどの作業を置き換えるか、月額に見合うか | 通信利用動向調査の利用用途の分布 |
| 料金設計 | 対価・支払時期・提供時期・解約の条件 | 特定商取引法第11条 |
| 申込み画面 | 分量と表示事項、誤認させない動線 | 同法第12条の6 |
| データ設計 | 安全管理措置、保存先の国、事故時の連絡経路 | 個人情報保護法第23条・第26条・第28条 |
| 販売開始後 | 解約率の把握と広告表示の見直し | 同法第25条、特定商取引法第12条 |
資金や支援制度を調べる段は業種を問わず共通する部分が多い。制度の並びは地域起業の支援制度、学生のうちに始める場合の分布は学生起業と若者、着想の見つけ方は地域起業のアイデアはどう見つけるかにまとめてある。若い世代の挑戦を企業とつなぐ取り組みはFLASPOでも扱っている。
よくある質問
「法人を作らずに個人でも始められるか」。契約の相手として個人事業主が排除されるわけではない。ただし企業を客にすると、与信や請求の都合で法人を求められる場面が出る。先に売る相手を決め、その相手が通せる形に合わせるのが順序として早い。
「無料で試せる期間を置きたい」。置くこと自体は問題ない。問題になるのは、申込み画面で有料への切り替わりが分かりにくい場合である。分量と対価、支払の時期、解約の方法を同じ画面に置き、送信が申込みになることを誤認させない表示にする必要がある。
「サーバーを海外に置くと何が増えるのか」。個人データを外国にある第三者へ提供する形になると、体制を整備している相手を除いて本人の同意が必要になり、同意を得る際には当該外国の制度などの情報を本人へ提供することも求められる。国内に置く選択と比べて、説明すべき事項が確実に増える。
「解約率はどれくらいなら健全なのか」。公的な統計に基準はない。見るべきは水準より動き方で、値上げや機能の変更の直後に離脱が増えていないかを月ごとに追うほうが実務では役に立つ。
「価格は何を基準に決めればよいか」。利用する理由として挙がっているのは、場所や機器を選ばない点と、資産や保守体制を社内に持たなくて済む点である。客が払わずに済んでいる手間や設備の費用を数え、その一部を受け取る形で置くと説明が立つ。
「客から委託を受ける形と、自社サービスとして提供する形は違うのか」。違う。業務の一部を委託されて個人データを扱う立場になると、委託元には第25条の監督義務が生じ、事故の際の報告は委託元へ通知することで足りる場合がある。どちらの立場で契約しているのかを、利用規約の文言で曖昧にしないことが大切である。
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