負荷の正体は人づきあいより先に「量」だった
終わらない週が続いたとき、帰りの電車でいつもの曲をかける。気分を切り替える道具として音を使う習慣は、誰に教わるでもなく多くの人が持っている。その手前で、いま働く人がどれだけの重さを抱えているのかを数字で押さえておきたい。厚生労働省の令和6年 労働安全衛生調査(実態調査)によると、現在の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者は68.3%だった。三人に二人を超える。
その内容を主なもの三つ以内で挙げてもらった結果が、通説と少し違う。首位は「仕事の量」の43.2%で、続くのが「仕事の失敗、責任の発生等」の36.2%、三番目が「仕事の質」の26.4%である。職場の悩みといえば人間関係が真っ先に浮かぶところだが、「対人関係」は26.1%で四番目に入った。
| 強い不安・悩み・ストレスの内容 | 該当者を100とした割合 |
|---|---|
| 仕事の量 | 43.2% |
| 仕事の失敗、責任の発生等 | 36.2% |
| 仕事の質 | 26.4% |
| 対人関係(セクハラ・パワハラを含む) | 26.1% |
| 会社の将来性 | 22.2% |
| 顧客、取引先等からのクレーム | 20.7% |
| 役割・地位の変化等(昇進・昇格、配置転換等) | 19.8% |
| 雇用の安定性 | 11.2% |
量と責任は、本人の心がけだけでは一ミリも減らない。だから手当ては二手に分かれる。負荷そのものを削る交渉と、負荷を受けた体を元の状態へ戻す作業である。音楽が引き受けられるのは後者のほうで、前者の代わりにはならない。この線引きを曖昧にしたまま聴いても、翌朝に残るのは同じ量の仕事だけになる。
なお同じ調査の令和5年は82.7%だった。これは設問の形式が令和6年に変わったためで、下がった分をそのまま改善と読むことはできないと注記されている。
聴く人は半分を超えた。使い方だけが置き去りになっている
音を浴びる機会そのものは増えている。総務省統計局の令和3年社会生活基本調査では、CDやスマートフォンなどによる音楽鑑賞の行動者率は53.5%で、5年前の49.0%から4.5ポイント上がった。趣味・娯楽の種類のなかで最も高い数字である。
一方で、同じ期間にカラオケは30.7%から13.5%へ17.2ポイント落ち、コンサートなどでポピュラー音楽や歌謡曲を聴いた人は13.7%から5.9%まで下がった。楽器の演奏は10.9%から10.2%とほぼ横ばいである。調査は2021年10月時点を聞いており、催しが中止や縮小を重ねていた時期にあたることは差し引いて読む必要がある。
それでも傾向は読み取れる。ひとりで静かに受け取る形が伸び、声を出す形と人が集まる形が縮んだ。ここが要点で、ストレスの出口としてよく挙げられるのは後者の二つである。聴く機会は増えたのに、発散に向く形のほうが細くなった。
そして、どんな場面でどういう曲を選ぶと体がどう動くのか、その見当を学校や職場で習った人はまずいない。音楽と気分の関係は各自の経験則に任されたままになっている。
厚生労働省が挙げる要点は、テンポと「ながら聴きをやめる」こと
公的な手引きにも音楽の項目はある。厚生労働省の若者向けサイト「こころもメンテしよう」には音楽を聞いたり、歌を歌おうという項目があり、音楽はごく自然に人のこころと体を癒すものだと位置づけられている。
ここで示されている使い分けは二点に絞られる。ひとつはテンポで、速い曲はエネルギーや活力を与え、穏やかでゆっくりした曲は不安や緊張をやわらげるとされる。もうひとつは聴く姿勢で、その時々の気分に合った曲を選び、ゲームや読書などと並行させず、聴くことだけに集中するよう勧めている。
後者は見落とされやすい。作業用の音として流し続けている時間は長いのに、曲だけを受け取る時間はほとんど取っていないという人が多いはずである。同じ再生時間でも、意識を向けているかどうかで残るものが変わる。
| 場面 | 向く選び方 | 根拠にしている記述 |
|---|---|---|
| 気力が湧かない朝 | テンポの速い曲を一曲だけ | 速い曲はエネルギーや活力を与える |
| 張りつめて眠れない夜 | 穏やかでゆっくりした曲 | 不安や緊張をやわらげる |
| 感情が言葉にならないとき | 思い出と結びついた曲 | 言葉にしにくい感情を出すきっかけになる |
| 切り替えたいとき | 何もせず曲だけを聴く | ほかのことと並行させず集中する |
思い出の詰まった曲で思わず涙することがあるように、言葉にしにくい感情を外へ出すきっかけを音楽がつくることもある、という記述も添えられている。泣けたという反応は失敗ではなく、むしろ目的に近い。
歌うほうが効く場面は、呼吸で説明がつく
同じ項目は、聴くだけでなく声を出す側にも触れている。歌うのが得意なら、カラオケなどで思い切り歌って発散するのもよいとされ、その理屈として、歌っている間は自然と呼吸が深くなるため不安やイライラが和らぐかもしれないと説明されている。何曲か歌うとすっきりする、という言い方である。
呼吸が深くなるという点は、ほかのリラクセーションの手法と地続きになっている。腹式呼吸を勧める手引きが多いのは、意識的に息を長く吐くと体の緊張がゆるむからで、歌はそれを楽しみながら強制的にやらせる装置だと見ることができる。歌詞を追うには息継ぎの位置を守らざるをえない。
とはいえ、先ほどの調査が示すようにカラオケの行動者率は落ちている。ひとりで行く形や、通話アプリをつないで歌う形も広がったが、人前で歌うこと自体が負担になる人もいる。その場合は、車の中や風呂場など声を出しても差し支えのない場所で、一曲だけ最後まで歌い切るところから試すのが現実的である。うまいかどうかは、この目的においてはどうでもいい。
相談できる相手はいる。そこへ至るまでの踏み台が足りない
音楽で片づく範囲には限りがある。先の労働安全衛生調査では、仕事上の不安や悩みについて相談できる人がいる労働者は94.6%に達する。相談できる相手は「家族・友人」が68.6%で最も多く、次が「上司」の65.7%だった。
ところが、相談できる人がいる労働者のうち実際に相談したことがあるのは74.7%である。つまり四人に一人は、相手が思い浮かぶのに口に出していない。何から話せばいいか分からない、という段差がここにある。
音楽がここで役に立つのは、気分を上げるからではなく、自分がいま何に参っているのかを掴ませるからである。涙が出た曲、無理だと感じた曲、繰り返し選んでしまう曲には、言葉より先に状態が出る。そこを手がかりにすれば、相談の最初の一文が組み立てやすくなる。関連して、職場の負荷と人の問題を切り分けたい場合は人間関係とストレスとメンタルとストレスも併せて読んでほしい。
眠れない日や食べられない日が続く、朝に体が動かないといった変化が出ているときは、曲を替える段階ではない。産業医や自治体の相談窓口のような、人が受け止める場所につなぐほうが早い。音楽はその前後を支える道具だと考えておくと、期待の置きどころを間違えずに済む。
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よくある質問
作業をしながら流しておくのは意味がないのでしょうか。意味がないわけではなく、目的が違う。厚生労働省の記述が勧めているのは、気分を立て直したいときに聴くことへ集中する形である。作業用に流す時間と、曲だけを受け取る時間を分けて持つのがよい。
落ち込んでいるとき、明るい曲を無理に選ぶべきでしょうか。その時々の気分に合った曲を選ぶ、というのが示されている原則である。沈んでいるときに沈んだ曲を選ぶのは理にかなっていて、そのうえで動き出したい段になってから速い曲へ移ればよい。
音楽療法とは、音楽を聴くことと同じものですか。別物として扱うのが正確である。音楽療法は訓練を受けた担い手が、対象者の状態に合わせて目標を立てて行う実践で、民間の学会が認定する資格も設けられている。自分で曲を選んで聴く行為は、その枠の外にある気分の手当てだと考えておきたい。
毎日どれくらい聴けばよいのでしょうか。必要な時間を定めた公的な基準は示されていない。回数や分数を決めて義務にすると、それ自体が負荷になりかねない。曲を選ぶ余裕があるかどうかを目安にするほうが実用的で、選ぶ気さえ起きない日が続くなら、相談先を考える合図として受け取ってほしい。
イヤホンで長時間聴くのは問題ありませんか。耳の負担という別の論点が立つため、音量を上げ続ける使い方は避けたい。緊張をゆるめるのが目的であれば、大音量である必要はそもそもない。
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