本を読むことは、統計のどこに置かれているのか
本を読んでいる時間は仕事の役に立っているのか、と問われると答えに詰まる。この問いには政府統計の側から近づける。厚生労働省の能力開発基本調査は、企業と事業所と労働者の三方向から職業能力開発の実態を毎年調べている。令和8年7月31日に公表された令和7年度調査では、自己啓発を実施した労働者は35.5%で、前回より1.3ポイント低下した。
つまり働く人の3人に1人強が、会社の指示によらない学びを自分で行っている。残りの3分の2は行っていない。この分母を押さえておくと、次に見る内訳の意味が変わってくる。
調査結果には、実施率が勤め先の性格に強く引きずられることも出ている。産業別では正社員の実施率が最も高いのは金融業・保険業の71.6%で、情報通信業が66.6%、学術研究・専門・技術サービス業が63.7%と続き、最も低いのは宿泊業・飲食サービス業の21.3%だった。企業規模別では、30人から49人の規模で27.5%、300人から999人と1,000人以上ではいずれも52.3%となる。
同じ能力と同じ意欲を持っていても、どこに勤めているかで学びの機会は倍近く違う。だからこそ、勤め先の制度に左右されにくい手段を自分の側に一つ持っておく価値がある。
自己啓発の手段として、専門書はいまも二番目に多い
自己啓発という言葉からは講座やスクールが浮かびやすいが、実際に選ばれている手段の順位は違う。令和7年度調査で自己啓発の実施方法を複数回答で聞くと、正社員ではeラーニングによる学習が45.6%で最も高く、次がラジオ、テレビ、専門書等による自学、自習の37.3%だった。
| 自己啓発の実施方法(複数回答) | 正社員 | 正社員以外 |
|---|---|---|
| eラーニング(インターネット)による学習 | 45.6% | 45.9% |
| ラジオ、テレビ、専門書等による自学、自習 | 37.3% | 34.8% |
| 社内の自主的な勉強会、研究会への参加 | 22.7% | 19.6% |
| 社外の勉強会、研究会への参加 | 19.8% | 11.2% |
| 民間教育訓練機関の講習会、セミナーへの参加 | 15.2% | 11.7% |
| 通信教育の受講 | 14.5% | 6.8% |
| 高等専門学校、大学、大学院の講座の受講 | 1.5% | 1.2% |
大学や大学院の講座は1.5%、公共職業能力開発施設の講座は2.0%にとどまる。学び直しの話題では学校に戻る選択が目立つが、実数で動いているのは画面の講座と手元の本である。正社員以外でも並びは変わらず、eラーニングが45.9%、自学・自習が34.8%となっている。
この二つの差は性質の差でもある。eラーニングは筋道が決まっており、受け身でも最後まで運ばれる。本は目次の順に進む義務がなく、必要な章から入って他を飛ばせる。前者は未知の分野の入口に向き、後者は手持ちの仕事に引き寄せて読むときに効く。
使える時間は年42.7時間、週にすれば1時間に届かない
学びに充てられる時間の相場を知っておくと、計画の立て方が現実に寄る。令和7年度調査で自己啓発を行った人の1年間の延べ実施時間を見ると、労働者全体の平均は42.7時間だった。正社員は43.9時間、正社員以外は34.3時間である。
年42.7時間は、週あたり50分ほどにあたる。分布も偏っている。5時間未満が15.0%、5時間以上10時間未満が17.4%、10時間以上20時間未満が16.7%で、20時間未満の人が全体の半数近くを占める。正社員以外では5時間未満が26.3%にのぼる。
属性別の差も小さくない。男性は46.6時間、女性は36.4時間。年齢別では20代から29歳が55.0時間で最も長く、30代が39.6時間、40代が41.3時間、50代が39.7時間、60歳以上が34.7時間と続く。最終学歴別では中学・高等学校・中等教育学校が34.2時間、大学の文系が49.3時間、大学院の文系が61.2時間となっている。
週50分という枠に何を入れるかを考えると、選択肢はかなり絞られる。通学が要る講座はこの枠に収まらない。1冊を3週間かけて読む計画なら収まる。限られた時間をどう配分するかという論点は資格取得の勉強法でも同じ数字を軸に扱っている。
邪魔をしているものの内訳に、本が強い場所がある
自己啓発に問題を感じている労働者は全体で78.8%、正社員では82.8%、正社員以外では68.6%にのぼる。ほとんどの人が何かに引っかかっている状態で、内訳を見ると引っかかりどころがはっきりする。
| 自己啓発を行う上での問題点(複数回答) | 正社員 | 正社員以外 |
|---|---|---|
| 仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない | 58.5% | 36.1% |
| 家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない | 27.4% | 34.0% |
| 費用がかかりすぎる | 26.2% | 25.3% |
| どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない | 21.6% | 25.2% |
| 自分の目指すべきキャリアがわからない | 20.0% | 22.4% |
上位三つは時間と時間と費用である。正社員の男女別では、仕事の忙しさを挙げる割合は男性62.1%、女性52.4%で、女性は家事・育児が36.2%と高い。ここに挙がった制約の形を見ると、始める単位が小さくて費用が低い手段ほど生き残ることが分かる。
注目したいのは四番目と五番目だ。どのコースが自分の目指すキャリアに適切なのか分からないが正社員で21.6%、目指すべきキャリアそのものが分からないが20.0%。合わせて4割前後の人は、学ぶ手段ではなく方角で止まっている。方角を決める作業に向いているのは、講座より本である。
他人がどういう順序でその職業に入り、何を捨てたのかは、体系的な本か当事者の書いたものにしか書かれていない。資格を取る前に戻れなくなる構図は資格取得のメリットを数字で確かめるでも触れた論点で、投じる費用が大きい手段を選ぶ前に、安い手段で方角を確かめる順序のほうが損が小さい。
教養のために読むか、仕事のために読むかで経路が分かれる
読む行為とキャリアの距離は、別の政府統計からも測れる。総務省の社会生活基本調査は5年ごとに生活行動を調べており、令和3年の結果では学習・自己啓発・訓練を過去1年間に行った人の割合が39.6%だった。2016年より2.7ポイント上昇し、30歳から34歳では7.1ポイント、35歳から39歳では6.6ポイントの上昇幅になっている。
種類別に見ると、男性はパソコンなどの情報処理が20.1%で最も高く、英語が13.5%、人文・社会・自然科学が11.9%、商業実務・ビジネス関係が11.5%と続く。女性は家政・家事が17.7%で最も高く、パソコンなどの情報処理が13.0%、芸術・文化が12.5%、英語が12.2%となっている。
この調査では学んだ目的もたずねており、種類ごとに答えが分かれる。英語や芸術・文化や人文・社会・自然科学では自分の教養を高めるためが最も高く、パソコンなどの情報処理や商業実務・ビジネス関係では現在の仕事に役立てるためが最も高い。読書が関わる領域は、どちらかといえば前者に寄っている。
ただ、教養のための読書が仕事に効かないという結論にはならない。方角が分からないと答えた2割の人に必要なのは、目の前の業務を速くする知識ではなく、自分の仕事を外から眺める枠組みのほうだ。20代の学びの実態は資格取得と若者にもまとめている。FLASPOのように地域や暮らしを扱う現場でも、制度の背景を1冊で追った人の企画は筋が通りやすい。
よくある質問
読書は自己啓発として数えてよいのか。能力開発基本調査の区分では、専門書による自学・自習が自己啓発の実施方法の一つとして集計されている。正社員で37.3%が選んでおり、統計のうえでも学びの手段として扱われている。
ビジネス書だけ読んでおけばよいか。調査からは逆の示唆が出ている。問題点の四番目と五番目に挙がったのは方角の不明で、これは手法の本では埋まらない。業界の歴史や制度の成り立ちを扱う本のほうが、方角を決める材料になる。
時間が取れない。年42.7時間という平均は週50分ほどで、まとまった時間を確保できている人は少数派である。1回15分を週3回に割る前提で本を選ぶと、分量の見立てを外しにくい。
会社の支援は期待できるか。企業規模による差が大きく、正社員の実施率は30人から49人で27.5%、300人以上では52.3%だった。支援の薄い環境にいるなら、費用が小さく一人で始められる手段から入るほうが現実的だ。
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