535万人分の空席が、まだ埋まっていない
海外に出た日本人の数は、コロナ禍の前に戻っていない。戻っていないという事実そのものが、国の政策文書に目標として書き込まれるところまで来ている。
観光庁が国会に提出した令和8年版観光白書の概要版によると、2025年の出国日本人数は1,473万人で、前年比13.3パーセント増だった。数字は出入国在留管理庁の出入国管理統計に基づく。伸びてはいるが、過去最高だった2019年の2,008万人には535万人ほど足りない。
この差を埋めるため、2026年3月に策定された第5次観光立国推進基本計画では、日本人の海外旅行者数の目標を2030年までに過去最高値の2,008万人と定めた。個人の楽しみとして語られがちな海外旅行が、国の計画に数値目標として載っているのは珍しい。以下では、その理由として国が挙げている中身を順に見ていく。
国が挙げた理由は、個人の体験の外側にもある
観光庁が2026年6月の長官定例会見で配った海外旅行2,000万人に向けた取組の資料は、アウトバウンドを推進する意義を4つの観点で整理している。日本人の国際感覚の向上、国際相互理解の増進、航空ネットワークの維持と拡大、そして訪日旅行のさらなる拡大である。
前の2つは個人に返ってくる話だが、後の2つは違う。航空路線は往復の需要がそろって初めて維持される。日本から出る人が減れば、便そのものが減便や運休に向かい、結果として訪日客も来られなくなる。出かける側の人数が、来てもらう側の条件になっているという構造である。
同じ資料は、取組を4つの柱にまとめている。機運醸成を通じた旅行需要の喚起、若者の国際交流の促進、各国や地域との連携体制の強化、そして安心で円滑な旅行に向けた環境整備である。4本目には空港での旅客動線を円滑にする取組や、海外安全情報の提供、旅券を取得しやすい環境整備が並ぶ。
2026年6月16日には、観光庁が外務省、日本旅行業協会、駐日外国政府観光局協議会とともに共同記者会見を開いた。会見では旅券手数料の引下げと各種安全対策についても説明が行われている。つまり、行きたい気持ちの喚起と、行くための手続きの軽減が同時に動いている。
柱ごとの中身も具体的である。1本目には関係業界によるキャンペーン、地方空港の活性化を通じた相互交流の促進、各国や地域の観光情報の発信、休暇を取得しやすい環境整備が挙がる。3本目には覚書による二国間の観光交流の推進、日米観光交流の促進、開発途上国などの観光振興に対する協力が並ぶ。旅行会社の努力だけで人数が動くとは見ていないことが、項目の広がりから読み取れる。
回復の途中にある数字を並べて見る
全体の位置を把握するには、年ごとの推移を並べたほうが早い。公表資料から拾える値を整理すると次のようになる。
| 年 | 出国日本人数 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 2019年 | 2,008万人 | 過去最高 |
| 2024年 | 1,301万人 | 回復の途中 |
| 2025年 | 1,473万人 | 前年比13.3%増 |
| 2026年1〜5月 | 585.4万人 | 前年同期比5.4%増 |
| 2030年 | 2,008万人 | 第5次観光立国推進基本計画の目標 |
2025年は2024年より約172万人増えた。年に170万人のペースを保てたとしても、2,008万人に届くのは2028年から2029年あたりになる。目標年次に対して余裕のある道筋ではない。
2026年に入ってからの伸びは5.4パーセント増で、前年の13.3パーセント増から鈍っている。為替と現地物価という個人には動かせない条件が効いているため、政策側の打ち手は手続きの費用と心理的な障壁を下げる方向に寄っている。
手続きの費用については、すでに動いた変更がある。旅券法と旅券法施行令の改正により、2026年7月1日以降の申請分から10年旅券の手数料が引き下げられた。オンライン申請で8,900円、窓口申請で9,300円となり、それまでの15,900円と16,300円から7,000円ほど下がっている。18歳以上の5年旅券は廃止され、大人が新規に取れるのは10年旅券だけになった。
若者向けの取組が別立てで用意されている
4本柱のうち2本目が若者に充てられているのは、この層の減り方が大きかったからである。観光庁は2017年12月から2018年6月にかけて、若者の海外旅行阻害要因と活性化方策を検討する会議を開き、民間の有識者や学識者、関係省庁を集めて最終取りまとめを公表した。
取りまとめを受けて動いた施策のひとつが、若者旅行の振興のページに記録されている。海外渡航の経験がない20歳の人に海外体験を無料で提供する企画では、172名がアジア各地へ渡り、現地の若者と交流した。人数としては小さいが、最初の1回を誰かが用意すれば動く層がいるという前提に立った取組である。
現在の柱は海外教育旅行の普及啓発と、ワーキング・ホリデー制度の活用促進や導入国の拡大の検討に置かれている。観光庁は学校と旅行会社によるプログラム開発の支援事業を続けており、開発された事例集も公開されている。学校単位で海外に出る仕組みを整えることで、個人の決断に頼らない経路を作ろうとしている。
在学中にまとまった期間を海外に充てる選択肢を考えるなら、制度の側から詰めておくほうが確実である。休学中の活動の選び方では、留学やインターン、地域滞在をどう組み合わせるかを整理している。
4本目の環境整備には、空港での旅客動線を円滑にして高度化する取組、外務省の海外安全情報配信サービスによる情報提供と危機管理体制の強化、そして旅券を取得しやすい環境整備が置かれている。行きたいと思った人が手続きで止まらないようにする、という発想である。
語学力は目的ではなく、持ち帰れるものの一部
海外旅行のメリットを語学の上達で説明する言い方は広く流通しているが、数日から1週間の旅で語学が伸びる保証はない。それでも渡航に意味があるとすれば、教室では再現できない条件に身を置けるからである。
国が掲げた国際感覚の向上と国際相互理解の増進という言い方は抽象的だが、具体には、言葉が通じない場面で手段を探す経験や、自国の制度を外から眺める視点に落ちる。短い滞在でも、帰ってから調べ物の対象が変わるという形で効いてくることがある。
学習の到達度という観点では、国内で積める部分も小さくない。国際交流と語学では、高校生の到達度を示す数字から学び方を考えている。渡航前に土台を作っておけば、現地で使う時間の質が変わる。
出かける理由の全体像については、国内外を分けずに統計から整理した旅行のメリットも参考になる。学生向けの企画やコンテストを扱うFLASPOでも、海外を題材にした募集は検索の手がかりになる。
よくある質問
円安のうちは見送ったほうがよいのか。為替は個人で動かせないため、行き先と時期で調整するほうが現実的である。国の資料でも、政策側の打ち手は手続きの費用や情報提供の整備に置かれており、為替を前提にした誘導は含まれていない。
学生のうちに行く必要はあるのか。必要かどうかは本人の計画によるが、国が若者向けの柱を別立てにしているのは、この時期を過ぎると渡航の機会が減るという見方があるからである。長期休暇の長さだけを見ても、在学中が有利な条件にある。
目標の2,000万人は達成できるのか。2025年の増加幅は約172万人で、2026年前半の伸びは鈍っている。達成は、機運醸成と手続きの軽減がどこまで効くかに左右される。
短い滞在でも意味はあるのか。国の資料が挙げる意義は滞在日数を条件にしていない。日数より、現地で何に時間を使うかで持ち帰れるものが変わる。
行き先はどう絞るか。関心のある分野を1つ決めて、その分野の施設や催しがある都市から候補を作ると、定番の観光地以外も視野に入ってくる。安全情報と費用の確認はその後の作業になる。
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