海の見える宿から仕事をする写真は、たいてい良いところだけを切り取っている。実際に動かしてみると、困りごとは景色の外側から出てくる。勤務時間をどう数えるのか、宿代は誰が払うのか、滞在中に怪我をしたらどう扱われるのか。制度として整えるときに詰まるのは、決まって手続きの側である。
勤務の始まりと終わりを、自分で引けなくなる
最初に効いてくるのが労働時間の扱いだ。厚生労働省が令和3年3月に改定したテレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドラインでは、ワーケーションはテレワークの一形態として整理されており、始業と終業の時刻を把握する義務はそのまま残る。
やっかいなのは、滞在先では業務と私用の切り替えが頻繁に起きることだ。昼に散歩に出て夕方に戻る、午前は観光に使って夜に作業する。ガイドラインはこうした一時的に業務を離れる時間を中抜け時間と呼び、扱いを決めておくよう求めている。休憩とするのか、時間単位の年次有給休暇を当てるのかで、給与の計算が変わる。
労働時間の把握が難しい働き方には事業場外みなし労働時間制といった仕組みもあるが、どれを使うかは会社が決める話であって、社員が現場の判断で選べるものではない。取り決めのないまま出発すると、帰ってきてから勤怠の修正に追われる。自由に見える働き方ほど、事前の線引きが要る。
働く場所が旅先に移っても、労働基準法や最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法といった法律の適用は変わらない。宿の一室を執務室として使う以上、長時間労働を防ぐ責任も会社の側に残る。深夜や休日に作業が寄りやすい日程では、システム上の接続時間に制限をかけるといった歯止めが要る。
費用の負担先が決まっていないと、持ち出しになる
次に揉めるのが金の出どころだ。旅先で働けば、交通費も宿泊費も通常の勤務より増える。会社がどこまで持つのかが決まっていないと、差額はそのまま社員の財布から出ていく。
| 費目 | 会社が持つことが多い場面 | 個人が持つことが多い場面 | 決めていないと起きること |
|---|---|---|---|
| 交通費 | 合宿や出張として命じた滞在 | 休暇に合わせて自分で決めた滞在 | 精算で差し戻され、申請が面倒になる |
| 宿泊費 | 業務が主目的の日程 | 休暇型の滞在、ブレジャーの延泊分 | 宿のグレードを巡って不公平が出る |
| 作業場所の利用料 | 指定の拠点を使わせる場合 | 本人が好みで選んだ施設 | 領収書が通らず自腹になる |
| 通信費 | 業務用の回線や機器を貸与する場合 | 宿の無料回線で済ませる場合 | 速度不足の責任の所在が曖昧になる |
同じガイドラインは、仕事に必要なコストの負担を労務管理上の留意点として挙げ、労使で十分に話し合ったうえで就業規則などに定めておくことを求めている。口頭の了解だけで動かすと、担当者が代わった時点で前提が消える。
負担の重さそのものより、事前に見通しが立たないことのほうが意欲を削ぐ。いくらまでなら出るのかが一行書いてあるだけで、申請する側の迷いは大きく減る。
労災の線引きが、直感とずれている
滞在先で階段を踏み外した場合にどうなるか、という問いには答えが用意されている。観光庁がまとめた労災や税務処理に関するQ&Aでは、業務の前後や休憩中の負傷についても、出張に付随する行為から逸脱した私的行為に当たらない限り、原則として労災保険給付の対象になるとされている。
問題は、その逸脱の判定がこちらの感覚と合わないことだ。同じQ&Aは、宿泊先の浴室を使わずに別の温泉施設へ出かけた場合や、仕事の合間に近隣の観光地へ足を運んだ場合を、積極的な私的行為として挙げている。こうした行動の最中の事故は、業務との結びつきを認めにくく、保険の対象から外れる。
滞在の楽しみとして真っ先に挙がる行動が、そのまま保護の外側に置かれている。ここを知らずに送り出すと、事故が起きてから初めて気づくことになる。出発前に、どの時間帯が業務でどこからが私用かを本人と共有しておくだけでも、後の食い違いは減らせる。
見えない場所で働く人は、評価と育成で損をしやすい
遠く離れた場所にいる部下の働きぶりは、上司の目には入らない。ガイドラインが人事評価と人材育成の二つを留意点として並べているのは、この見えなさが制度の側の課題だと認めているからである。
評価する側に残るのは成果物だけになる。数字で測れる職種なら公平に働くが、調整や下支えのように形の残りにくい仕事は拾われにくい。時間をかけて根回しをした人より、会議で発言した人のほうが記録に残る、という偏りが生じる。
育成の面ではもっと分かりやすく差が出る。隣の席で先輩の電話のさばき方を聞く、雑談の流れで判断の理由を教わるといった学びは、離れていると成立しない。経験の浅い社員ほど、滞在の長さと成長の速さが反比例しやすい。
対策の方向はおおむね二つに絞られる。評価の基準を事前に文章にして本人と握っておくことと、若手については滞在の頻度や日数に上限を設けることだ。どちらも制度の設計段階で決めておかないと、運用のなかで個別に判断する羽目になる。
そもそも、制度を持っている会社が少ない
個人の側から見て最も大きな壁は、申請する窓口が社内に存在しないことである。観光庁の集計では、従業員100名以上の企業における制度の導入率は令和4年度で13.4パーセントだった。前年度の9.1パーセントからは伸びているが、なお少数派にとどまる。企業全般を対象にした令和4年3月公表の実態調査では5.3パーセントという値も出ている。
制度がない会社では、前例を作るところから始めることになる。就業規則にテレワークの規定があるかどうかで難度は変わり、規定がすでにあるなら勤務場所の範囲を書き足すだけで済む場合もある。何もない状態から整えるとなると、労働時間、費用、評価、安全衛生を一度に決める必要が出てくる。
情報の取り扱いも見落とせない。社外の回線から業務システムに入る以上、端末の管理や接続の方法について情報システム部門の了解が要る。宿の共用スペースで画面を開くことの是非まで含めて、判断の基準がないまま個人の裁量に委ねるのは危うい。
それでも取りかかりやすい入口はある。出張の前後に休暇をつなげる形であれば、既存の出張申請と休暇申請の枠組みだけで動かせる。地域と関わり続ける形を探しているなら、FLASPOのように受け入れ側から情報を出している事業者の資料が、社内説明の材料になる。
よくある質問
デメリットが多いなら、やめておいたほうがよいのか。ここで挙げた困りごとは、いずれも事前の取り決めで小さくできる性質のものだ。避けられない損失というより、準備を省いたときに現れる費用に近い。利点の側を整理した記事と並べて読んだうえで判断したい。
休暇中に少しだけ仕事をするのは問題ないのか。その時間が労働時間に当たるかどうかで扱いが変わる。会社の指示で対応したのであれば労働時間として記録が要り、自分の判断で片づけただけなら私的な行動になる。あいまいなまま続けると、休暇を取ったのに休めていない状態が常態化する。
上司に反対されたとき、何を示せば話が進むか。日程と勤務時間の割り振り、費用の負担先、緊急時の連絡方法の三つを紙に書いて出すと、議論が具体的になる。反対の中身はたいてい制度上の不安であって、働き方そのものへの反対ではない。
フリーランスには関係のない話か。労働時間や労災の論点は雇用されている人向けだが、費用の扱いと作業環境の確保は同じように効いてくる。自分で経費として処理する分、業務と私用の線引きをより厳密に記録しておく必要がある。
導入している会社を選んだほうが早いのではないか。制度の有無を求人票から読み取るのは難しく、規定があっても運用実績がない例も多い。面接の場で、直近1年に利用した人がいるかを確かめるほうが確度は高い。具体的な過ごし方の例は滞在プランを比較した記事が参考になる。
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