畑に入る人が増えた、という知らせ
北海道のふらの農業協同組合は、観光シーズンになると花や景色を撮ろうとして畑に入る人を見かけるようになり、外国からの客が増えてからはその姿を頻繁に見るようになったと書いている。畑への侵入はジャガイモシストセンチュウなどの土壌病害虫を持ち込む原因になり、作物に深刻な被害を与える可能性があるため禁止だと続く(JAふらの「畑・私有地には入らないで!」2019年4月29日)。
中富良野町は観光のページに、富良野美瑛広域観光推進協議会が作ったマナーの文言を掲げている。「一歩下がる」気持ちが、美しい風景を撮る「一歩」。農地は私有地につき、立ち入らないようお願いします、という呼びかけで、英語も併記されている(中富良野町「観光マナーとルールについて」)。禁止の理由を説く前に、よい写真を撮るための作法として伝えているのが特徴だ。
見栄えのする一枚が広まると、同じ構図を求める人が同じ場所に立つ。その場所が私有地や細い道であれば、写真のための数分が農地の管理や住民の生活に当たる。現場で先に動くのは、こうした農協や観光協議会の呼びかけである。行政の仕組みはそのあとから付いてくる。
同じ構図を探して人が動くこと自体は、写真が広まる前からあった。変わったのは、現地へ行かなくても構図と位置が共有され、来た人がその一点に立とうとするところだ。だから対策の多くは、場所を閉じるのではなく、立つ位置と動く順番を整えることに向かう。
対策には閣僚会議で決めた枠組みがある
混雑やマナー違反への対応は、令和5年10月18日の観光立国推進閣僚会議が決めた「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を土台にしている。観光庁はこれに基づき、住民を含めた地域の関係者による協議の場をつくり、協議に基づく計画を立て、対策を実施するまでを一続きで支援する事業を置いた(観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた取組」)。
事業の類型は二つある。地方公共団体が中心となり、協議に基づく計画の策定と地域の実情に応じた対策を進めて先駆けとなる取組を行う「先駆モデル地域型」と、個別の課題に具体策を講じる「一般型」だ。令和5年度補正予算で始まり、補助の上限は先駆モデル地域型が8,000万円で補助率3分の2、一般型が5,000万円で補助率2分の1と定められている。
支援の対象となる取組の中身には、混雑状況の可視化や需要の分散と平準化、マナー違反行為の防止と抑制、地域住民と協働した観光振興が並ぶ。撮影に伴う立ち入りやごみ、騒音といった行為は、このうちマナー違反行為の防止と抑制の枠で扱われる。写真そのものを止めるのではなく、人の流れと行為を整理する側に予算が付いている。
三回の公募で選ばれた地域と件数
選定は公募ごとに公表されている。一次公募は令和6年1月25日付で募り、同年3月26日に先駆モデル地域型20地域と一般型51件が選ばれた(観光庁「一次公募『先駆モデル地域』20地域を選定しました」令和6年3月26日)。二次公募は5月7日付で募り、7月19日に先駆モデル地域型6地域と一般型31件が選ばれている。さらに同年9月9日には、三次公募の一般型32件が採択された。
| 公募 | 公表日 | 先駆モデル地域型 | 一般型 |
|---|---|---|---|
| 一次公募 | 令和6年3月26日 | 20地域 | 51件 |
| 二次公募 | 令和6年7月19日 | 6地域 | 31件 |
| 三次公募 | 令和6年9月9日 | ―(募集なし) | 32件 |
先駆モデル地域型は二回の公募で合わせて26地域となり、観光庁はこの26地域の事例集を公表している。三次公募は一般型だけを対象に行われ、32件が採択された。地域の数と件数を足すと、三回で先駆モデル26地域と一般型114件になる。
採択された計画名に表れた現場
一次公募の一覧を見ると、撮影で名が知られた場所が並んでいる。高知県いの町は仁淀川流域の「にこ淵」を中心としたオーバーツーリズム対策を掲げ、北海道美瑛町は美瑛町エリアにおける交通渋滞緩和の計画を立てた。沖縄県竹富町は西表島で立入制限エリアの導入を核にした自然体験型観光の計画を出している。
混雑そのものを数字で見せる取組も多い。二次公募で選ばれた埼玉県秩父市の計画名には、年間50万人が利用する三峰駐車場の混雑予測と、国内外の客に効率のよい回遊を勧める情報発信が掲げられている。山形県尾花沢市は銀山温泉エリアで「GINZAN is an Art Museum」と題した持続可能な観光地づくりに取り組む。
一般型では、大阪府大阪市が多言語放送のライブカメラによる押し出し型のマナー啓発について、設置エリアの拡大を挙げた。静岡県御殿場市の富士登山マナー啓発事業のように、行為そのものに働きかける案件もある。看板や放送で伝える方法と、駐車場や立入制限で場所を区切る方法が、同じ事業の中に併存している。
一次公募で選ばれた20地域の顔ぶれは、名の知られた観光地にほぼ重なる。北海道の倶知安町(ニセコエリア)、青森県の奥入瀬、山形県山形市の蔵王、埼玉県川越市、東京都台東区の浅草、神奈川県の鎌倉・藤沢と箱根、新潟県佐渡市、岐阜県白川村の白川郷、京都市、奈良公園と山の辺の道、和歌山県高野町の高野山、島根県出雲市の出雲大社周辺、広島県廿日市市の宮島、熊本県阿蘇市が並ぶ。富士山については山梨県が吉田口、静岡県が富士宮口・御殿場口・須走口の計画をそれぞれ出している。
発信する側が先に書けること
地域の写真を出す立場から見ると、できることはそれほど多くない。ただ、構図を紹介するときに撮影した場所の条件を一緒に書くかどうかは、投稿する側が決められる。農地や私道であること、車を停めてよい場所、立ち入ってよい範囲を添えておけば、同じ場所に来た人が畑の境を越える確率は下がる。富良野美瑛の呼びかけが「一歩下がる」という言い方を選んだのは、撮る人の動きを変えるほうが効くと判断したからだろう。
数字の扱いにも注意がいる。投稿が伸びたことと、現地の混雑が増えたことは別に測る必要がある。指標の立て方はSNSの数字は地域ブランドのどこを測っているかで整理した。観光客が住民の何倍になるかという見方は宮古島の観光客は住民の22倍で扱っており、人の数の比はマナーの話より先に現れる。
地域の企画に関わる側であれば、協議の場にどんな立場の人が入っているかを確かめるのが近道になる。この事業は住民を含めた関係者の協議を出発点に据えているため、計画の文面に学生や若手の視点が入る余地もある。関わる入口を探すなら、FLASPOのような窓口から現地の動きに当たるのが早い。発信の届く範囲を先に知りたい場合は地域のSNS発信は誰に届くかが参考になる。
よくある質問
写真を撮るために畑に入ると何が問題なのか。土壌の病害虫を持ち込む恐れがあるためだ。JAふらのはジャガイモシストセンチュウなどを挙げ、作物に深刻な被害を与える可能性があるとして立ち入りを禁じている。見た目に荒れていない畑でも、靴の裏が運ぶものが被害につながる。
先駆モデル地域型と一般型はどう違うのか。先駆モデル地域型は地方公共団体が中心となり、住民を含む協議に基づいて計画を立て、他地域の手本になる対策まで進める類型である。一般型は地域の個別の課題に具体策を講じるもので、補助の上限も5,000万円と差がある。協議の場づくりから支援されるかどうかが分かれ目だ。
自分の町が選ばれているかどうかはどこで分かるのか。公募ごとの報道発表に選定地域の一覧が付いている。一次公募の資料には20地域の申請主体と計画名、二次公募の資料には6地域が載っており、先駆モデル地域型26地域については事例集も公表されている。一般型の採択案件も同じ資料の別紙にまとまっている。
混雑を抑えると観光客は減るのか。この事業の狙いは総数を減らすことではなく、集中する時間帯や場所をずらすことに置かれている。混雑状況の可視化や需要の平準化が支援の対象に入っているのは、来る人を断つのではなく散らす発想だからだ。秩父市の混雑予測と回遊の勧めは、その考え方をそのまま計画名にしている。
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