研究室の先輩が会社を立ち上げた、という話を大学で聞く機会は、数年前よりはっきり増えている。経済産業省が2026年6月に公表した調査では、2025年10月時点の大学発ベンチャーは6,220社に達した。前年から1,146社の増加で、社数も増え幅もこれまでで最も大きい。身近になったぶん、選ぶ側の判断は難しくなった。創業三年の十人の会社と、上場して数千人を抱える会社が、就活の場では同じ「ベンチャー」という語でまとめられてしまうからである。
同じ名前で呼ばれる、段階の違う会社たち
区別の軸は資金の出どころと人数の二つで足りる。創業間もない会社は、売上ではなく投資家から集めた資金で人を雇っている。採用の人数は数人単位で決まり、方針も半年で変わる。一方、すでに売上で人件費を賄える段階に入った会社は、採用の計画が年単位で立ち、研修や評価の仕組みも整っている。メガベンチャーと呼ばれる会社の定義は後者の延長にあり、組織の性格は大手企業に近づいていく。
大学発ベンチャーは、この二つとはまた別の軸を持つ。調査の定義では、大学の研究成果を事業化したもの、設立五年以内に大学と共同研究を行ったもの、学生や教職員が深く関わって設立したものなど六つの類型が置かれている。技術を核にするため事業が形になるまでの期間が長く、博士号を持つ人の在籍割合が一般企業の研究職より高いという特徴もある。調査では経営者の前職として「大学・公的研究機関の教職員・研究者」が最も多く挙がった。
混同されやすいのは、会社の知名度と段階が一致しないことである。名前をよく聞く会社でも、売上の柱が一本しかなく人数が百人に届かない場合がある。逆に広告を打たないまま企業向けの事業で数百人を雇っている会社もある。志望先を並べるときは、社名の認知度ではなく、従業員数と設立年と直近の資金調達の有無を同じ表に書き出してみると、段階の違いが一目で分かる。
6,220社の内訳と、増えている場所
社数を大学別に見ると、上位の顔ぶれと伸び方の両方に動きがある。
| 大学 | 2023年度 | 2024年度 | 2025年度 |
|---|---|---|---|
| 東京大学 | 420 | 468 | 595 |
| 京都大学 | 273 | 422 | 503 |
| 慶應義塾大学 | 291 | 377 | 473 |
| 大阪大学 | 252 | 298 | 342 |
| 筑波大学 | 236 | 264 | 301 |
| 名古屋大学 | 143 | 153 | 267 |
東京大学が595社で首位を保つ一方、名古屋大学が一年で114社積み上げて六位まで上がった。伸び率では岩手大学が2社から17社へ、金沢大学が7社から34社へ、関西大学が47社から148社へと動いている。増えた1,146社のうち海外に所在するものを除く1,093社を見ると、その約60%にあたる656社が東京都以外で創業された。前の年の増加分では約54%だったので、地方の比重はさらに上がった。
学生にとってこれは、進路の選択肢が住む場所と切り離せなくなったという話でもある。地方大学の周辺に拠点を置く会社に入るなら、暮らしの条件を同時に決めることになる。候補地の家賃や生活環境を比べたい段では、FLASPOのように住まいと地域の情報を横並びで見られる場を早めに開いておくほうが、入社直前の判断が軽くなる。
裁量が回ってくる仕組みと、その裏側
人数の少ない会社で若手に仕事が回るのは、育成方針が優れているからではない。単に、やる人がいないからである。採用の面談を任される、契約書の雛形を自分で探す、顧客からの問い合わせを一次で受ける。本来は別の担当がいるはずの作業が手元に来るので、業務の全体像を早く掴める。
裏側も同じ理由から生じる。相談できる先輩がおらず、判断の基準を自分で作らなければならない。失敗したときに守ってくれる手続きも薄い。評価は売上や調達の進み方に直結し、会社の計画が変わればいま育てている技能が不要になることもある。年収の相場が会社ごとに大きく散るのも、支払う原資が売上ではなく資金調達の段階に依存する会社が混じっているためである。
規模が小さい職場で起きていること
覚悟の量を数字で確かめておきたい。厚生労働省が令和7年10月に公表した離職状況では、令和4年3月卒の大学生の就職後三年以内の離職率が事業所規模別に示されている。5人未満の事業所で57.5%、5〜29人で52.0%、30〜99人で41.9%、100〜499人で33.9%、500〜999人で31.5%、1,000人以上で27.0%。小さい職場ほど三年以内に離れる人が多く、最小と最大では三十ポイントの開きがある。全産業の平均は33.8%である。
この数字は特定の会社の見通しではなく、全国の事業所をまとめた傾向にすぎない。それでも、少人数の職場では担当範囲が広く、合わない相手との距離が縮まり、異動で環境を変える手段がないという事情は共通する。興味深いのは、情報通信業の離職率が27.2%と平均より低い点である。ITスタートアップと呼ばれる会社が多く属する産業でも、業種としての定着は悪くない。働き方の過酷さは業種より組織の大きさに表れる、と読むほうが実態に近い。
時期の見方も添えておきたい。大学卒の全体では、一年目に離れる人が12.1%、二年目が11.9%、三年目が9.9%という配分になっている。山は最初の二年にある。少人数の職場では入社直後から判断を求められるため、合うかどうかの答えが早く出る。見切りが早いこと自体は悪くないが、半年で結論を出すと次の面接で説明しづらい材料だけが残る。
入る前に測っておく三点
一つ目は、人件費がどこから出ているかである。売上で賄えているのか、直近の資金調達を取り崩しているのか。後者なら次の調達が決まるまでの期間が実質的な雇用の見通しになる。面接の場で売上の推移と調達の時期を尋ねるのは失礼ではなく、むしろ事業を理解しようとする姿勢として受け取られる。
二つ目は、自分の前に同じ職種で入った人が何人いて、いま何人残っているかである。新卒一期生なら制度は自分で作る前提になる。三つ目は、技術の核が誰に属しているか。大学発の会社では特許や研究成果が大学や特定の研究者に紐づくため、その人が離れたときに事業が続くかどうかで会社の耐久性が決まる。研究室との関係がどの契約で結ばれているかまで聞けると、判断の精度が上がる。
よくある質問
新卒でベンチャーに入るのは早すぎるのだろうか。年齢の問題ではなく、失敗したあとに戻れる道を用意できているかの問題である。技術や資格のように持ち運べる力が身につく職種なら、会社が続かなくても次がある。逆に社内の事情にしか通じない仕事だと、会社と一緒に行き先がなくなる。
大学発ベンチャーは安定しているのか。研究成果という裏付けがある点は強みだが、事業として売上が立つまでに時間がかかる。6,220社という総数のうち、黒字で安定して人を雇えている会社は一部である。公的な助成金や産学連携の枠組みに支えられている段階の会社も多く、資金の出どころを確かめる手順は欠かせない。
メガベンチャーとスタートアップで迷っている。制度の整った環境で基礎を固めたいなら前者、意思決定の場に最初から居たいなら後者が向く。事業所規模別の離職率が示すように、人数の少ない職場は離れる人の割合が高い。両方を受けて、拠点の人数と残っている先輩の数を比べてから決めても遅くはない。
地方の会社でも選択肢になるのか。増加分の約60%が東京都以外で創業されている状況を見れば、候補から外す理由は薄い。むしろ同じ水準の技術を扱う会社でも、地方では採用の競争が緩く、入ってからの裁量も大きくなりやすい。生活費の差を含めて計算すると、手元に残る額が都市部を上回る例もある。
出典
- 経済産業省「令和7年度大学発ベンチャー実態等調査の結果を取りまとめました(速報)」(2026年6月12日)
- 厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)を公表します」(令和7年10月24日)
- 厚生労働省「別紙3 新規大卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」
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