一次産業のやりがい|「采配を振れる」を選んだ人たちが見ている景色

一次産業のやりがい|「采配を振れる」を選んだ人たちが見ている景色

就農理由の一位は、自然でも食でもなかった

一次産業のやりがいと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、自然の中で働くことや、自分の作ったものを人に食べてもらう喜びだろう。ところが当事者に理由を尋ねた調査は、少し違う答えを返してくる。

総務省行政評価局が2019年3月にまとめた農業労働力の確保に関する行政評価・監視には、新規参入者の就農理由が集計されている。最も多かったのは「自ら経営の采配を振れるから」で52.3パーセント、次いで「農業はやり方次第でもうかるから」が38.2パーセントだった。

上位に並んだのは、情緒ではなく裁量と収益性である。誰かの決めた手順を実行する立場から降りて、何をどれだけ作り、いくらで誰に売るかを自分で決める。その自由に価値を見いだした人が半数を超えた。

農林水産省が2025年8月にまとめた新規就農をめぐる現状と課題でも、ビジネスとしての魅力を挙げる人がおよそ半数を占めるとされている。同時に、農業が好き、自然や動物が好き、農村の生活が好きといった生き方への共感を挙げる人も多い。両方が同居しているのが実態に近い。

この順番を知っておくと、向き不向きの見立てが変わる。自然が好きかどうかより、決めることを引き受けられるかどうかが先に問われる仕事なのだ。

裏を返せば、勤め先で裁量を得られない不満が就農の動機になりうるということでもある。組織の中で決定に関われない年数が長いほど、自分の判断がそのまま結果になる世界は魅力的に映る。就農相談の現場で三十代と四十代が多い理由の一端も、ここにあるのだろう。

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裁量の大きさは、責任の大きさと同じものである

自分で決められるという魅力には、裏返しがある。決めた結果が誰のせいにもできない形で返ってくることだ。

同じ総務省の報告書は、厳しい数字も併せて示している。新規参入者のうち、農業所得で生計が成り立っている人は24.5パーセントにとどまる。四人に一人である。残りは兼業や家族の収入、貯蓄で生活費を補っている。

採配を振れる自由を求めて入った人の多くが、その自由を行使しきる前の段階にいる。作付けの判断は自分のものでも、資金繰りが許す選択肢は狭い。裁量は、体力のある経営に育ってから本当の意味で手に入る。

この24.5パーセントという水準は、制度の設計にも影響を与えてきた。経営開始資金が最長3年にわたって交付されるのは、立ち上がりの数年を収入だけで乗り切るのが難しいと国の側も見ているからである。支援の期間は、そのまま苦しい時期の長さの見積もりでもある。

それでも辞めない人がいるのは、決められることの手応えが収入とは別の軸にあるからだろう。地方就職と若者の価値観の変化を追った議論でも、給与以外の尺度で仕事を選ぶ人が増えていることが指摘されている。一次産業はその尺度が極端に振れる場所だ。

手応えが返ってくるまでの単位が、年である

会社員の仕事であれば、成果は週や月の単位で確認できる。畑ではそうはいかない。

水稲であれば、一年に一度しか答え合わせができない。土づくりを変えた、品種を変えた、施肥の時期をずらした。その判断が正しかったかどうかは、翌年の秋までわからない。仮に四十年続けたとしても、試行の回数は四十回に満たない。

この時間の長さが、やりがいの質を決めている。短期の成果に慣れた人には退屈に映り、長い時間軸で物事を組み立てたい人には得がたい魅力になる。先に述べた新規就農をめぐる資料では、新規自営農業就農者のおよそ6割が稲作を選んでいることも示されている。

果樹はさらに長い。苗を植えてから収穫できるようになるまで数年かかり、その間は支出だけが続く。植えた木の恩恵を受けるのが自分の代とは限らない仕事は、達成感の置き場所が他の職業とずれている。

林業になると単位は世代になる。FLASPOのように地域の営みを外から支える仕組みが必要になるのも、この時間の長さと無関係ではない。

やりがいの隣には、無視できない危険がある

この仕事を勧める文章は、ここを書かないことが多い。やりがいの話をするなら、対になる事実も並べておきたい。

林野庁の林業労働災害の現況によれば、労働者千人あたりの死傷者数を示す死傷年千人率は、林業が全産業のなかで最も高い。全産業と比べておよそ5.3倍、製造業全体と比べてもおよそ4.6倍にのぼる。令和5年の林業の死亡者は29人で、前年より1人増えた。

斜面で重い丸太を扱い、チェーンソーを使い、倒れる方向を読み違えれば命に関わる。機械化が進んだ現在でも、この構造は残っている。

項目 林業 全産業
死傷年千人率 全産業のおよそ5.3倍 基準
高齢化率(65歳以上) 25%(2020年) 15%
若年者率(35歳未満) 17%(2020年) 減少傾向
年間平均給与 361万円(2022年) 458万円

高齢化率が25パーセントと全産業の15パーセントを大きく上回っている点も、この危険と無縁ではない。経験を積んだ人ほど安全に作業できる一方で、加齢に伴う判断や体力の変化が事故につながる面もある。技能の継承と世代交代は、山の現場では安全の問題でもある。

漁業も同じ性格を持つ。海の上では逃げ場がなく、天候の急変が事故に直結する。危険と隣り合わせの緊張感を充実として語る人はいるが、それは安全対策を徹底したうえで成り立つ話である。

三年後に残っている人と、そうでない人

やりがいが本物かどうかは、続いたかどうかで確かめるしかない。定着率という形で、その答えが公表されている。

林野庁の緑の雇用事業では、令和3年度に新規就業した人の3年後の定着率が69.9パーセントだった。林野庁が掲げる目標は80パーセントであり、実績はまだ届いていない。十人のうち三人が三年以内に山を離れている。

離れる理由は一つではない。収入が想像より低かった、体がついていかなかった、地域になじめなかった。どれも事前に調べれば見当のつくことばかりだが、憧れが先に立つと確認が後回しになる。

逆に残った人たちに共通しているのは、入る前に現場を見ていることだ。短期の体験や研修で一度きつさを味わい、それでもやると決めた人は折れにくい。地域おこし協力隊の失敗例から語られる教訓も、結局は同じところに行き着く。

若年者率が17パーセントまで上がってきた事実は、この仕事に引き寄せられる人が確かにいることを示している。問題は入口の数ではなく、入ったあとの三年をどう支えるかに移っている。

よくある質問

やりがいだけで続けられますか。難しい。新規参入者のうち農業所得で生計が成り立っているのは24.5パーセントという数字が、その厳しさを示している。生活が立つ見通しを別に用意したうえで、やりがいを重ねるのが現実的な順番になる。

体力に自信がなくても務まりますか。作目と分野によって差が大きい。施設園芸のように屋内で管理する作業が中心の道もある。一方で林業のように、体力と安全への注意が直接成果を左右する分野もある。

都市部の仕事と何がいちばん違いますか。判断から結果までの時間である。年に一度しか検証できない仕事では、改善の速度そのものが自然の周期に縛られる。この遅さを不満と感じるか、深さと感じるかで評価が分かれる。

家族の理解はどのくらい必要ですか。収入が安定するまでの数年を一緒に耐えてもらう以上、事前の合意は欠かせない。独立就農者の中心が三十代と四十代であることを考えれば、子どもの教育費と重なる時期に踏み切る人が多いことになる。

始める前に確かめておくべきことは何ですか。収入の見通し、安全対策の実態、地域での暮らし方の三つを、現地で一度体感しておきたい。数字を読むだけでは、続けられるかどうかの判断材料にならない。


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