英語に寄せると、かえって届かなくなる
留学生と話す場面を想像するとき、多くの人はまず自分の英語力を心配する。ところが実際の交流会では、英語でも日本語でも会話が止まる相手が必ずいる。相手の母語が英語でもなく、日本語もまだ途中という組み合わせが、いちばん多いからだ。
規模を見ておくと、この組み合わせが例外ではないことがわかる。出入国在留管理庁の令和7年末現在における在留外国人数についてによると、令和7年末の在留外国人は412万5,395人で、前年末から35万6,418人、9.5パーセント増えた。初めて400万人を超えた水準である。在留資格「留学」だけで464,784人にのぼる。
国籍の広がりも効いてくる。出入国在留管理庁と文化庁がまとめた在留支援のためのやさしい日本語ガイドラインは、在留外国人の上位10の国籍・地域の公用語だけで9言語に上ると指摘している。英語を共通語に据えても、その9言語のうち英語を公用語に含むのはごく一部にとどまる。
つまり、交流の現場で起きているのは語学力の不足ではなく、言語の選び方のずれである。手を打つ先は英語の勉強ではなく、日本語をどう出すかという調整になる。
日本語はどこまで通じているのか
相手の日本語力を一括りにすると、話しかける言葉の強さを決められない。出入国在留管理庁の在留外国人に対する基礎調査(令和3年度)は、在留外国人7,982人から回答を得ており、そのうち7,538人が話す・聞く能力について答えている。分布は七段階で出ている。
| 話す・聞く能力の自己評価 | 割合 |
|---|---|
| 幅広い話題について自由に会話ができる | 23.9% |
| 日常生活に困らない程度に会話できる | 23.1% |
| 基本的な挨拶の会話はできる | 15.3% |
| 身近な話題についての会話はできる | 14.2% |
| 効果的に言葉を使うことができる | 10.7% |
| 長い会話に参加できる | 9.3% |
| 日本語での会話はほとんどできない | 3.4% |
読み取れるのは二点ある。まったく話せない層は3.4パーセントで、想像されるより小さい。一方で、最上位の「幅広い話題について自由に会話ができる」も23.9パーセントにとどまる。残る七割強は、通じるけれども内容によって詰まる帯にいる。
読む力の分布も同じ方向を示す。同じ調査では「幅広い場面で使われる日本語を理解することができる」が26.7パーセントで最も多く、「あまり分からない」が10.0パーセント、「全く分からない」が3.3パーセントだった。書いて渡せば伝わるとは限らない。
国籍によるばらつきも大きい。「幅広い話題について自由に会話ができる」の割合は韓国が54.8パーセント、台湾が45.2パーセントと高く、ベトナムは9.0パーセント、ネパールは10.5パーセントと低い。相手の出身地で前提が変わるため、一律の想定は役に立たない。
受け手が選んでいるのは、やさしい日本語だった
どの言語で情報を受け取りたいかを本人たちに聞いた結果は、送り手の直感と食い違う。前出のガイドラインは東京都国際交流委員会の調査を引いて、希望する情報発信言語として「やさしい日本語」を選んだ人が76パーセントで最も多く、英語が68パーセント、日本語が22パーセント、機械翻訳された母語が12パーセント、非ネイティブが訳した母語が10パーセントだったと紹介している。
日常生活で困らない言語を聞いた別の調査でも、日本語と答えた人が約63パーセントで、英語と答えた44パーセントを上回った。英語が万能の橋にならないという結果が、複数の調査で重なっている。
機械翻訳された母語が12パーセントにとどまる点も見過ごせない。翻訳機があれば解決という発想は、受け手の側からは支持されていない。原文が複雑なまま翻訳にかけると誤りが増えるため、まず原文を整えるという順番のほうが効率がよい。
やさしい日本語とは、難しい言葉を言い換えて相手に配慮したわかりやすい日本語を指す。ガイドラインは、日本語の美しさや豊かさを軽視するものではなく、外国人だけでなく高齢者や障害のある人にも届けるための手立てだと位置づけている。交流会の案内文を書き直す作業は、そのまま学内の他の掲示にも効く。
三つのステップと、言い換えの型
ガイドラインが示す手順は三段構えになっている。第一段階は日本語を母語とする人が読んでわかりやすい文章にすること、第二段階は言葉をやさしく書き換えてふりがなを付けること、第三段階は日本語教師や外国人に見てもらって伝わるかを確かめることである。
第一段階でやるのは情報の取捨選択だ。元の文を一語ずつ対応させて置き換えるのではなく、読み手に必要な情報へ絞る。一文に言いたいことを一つだけ入れ、三つ以上を並べるときは接続詞でつながずに箇条書きにする。外来語は避け、適切な日本語がない場合だけ使う。
第二段階で効くのは次の型である。並べて見ると、直すべき癖がどこにあるかがつかめる。
| 直す対象 | 元の言い方 | 書き換え |
|---|---|---|
| 二重否定 | 在留カード以外は必要ありません | 在留カードを持ってきてください |
| 受身形 | 住民税は、市町村で課税されます | 住民税は、市町村へお金を払います |
| 漢語と敬語 | こちらに記入願います | この紙に書いてください |
| 略語 | 健診は年1回となります | 健康診断は1年に1回です |
| 曖昧な時刻 | 月曜日の9時ごろに来ます | 月曜日の午前8時30分から午前9時30分までに来ます |
| 尊敬語と謙譲語 | お越しいただく必要はありません | 来なくてもいいです |
言い換えが難しい語は、消さずに説明を足す方法がある。ガイドラインは災害用語などを例に、重要な言葉はそのまま使い、後ろに意味を添える書き方を挙げている。余震なら「後から来る地震」、暗証番号なら「あなただけが知っている番号」という形だ。推測表現を避けて断定で書き、文末は「です」「ます」でそろえる。
届いていない情報はどこにあるか
手順の話を実際の困りごとに接続すると、優先順位が見えてくる。基礎調査で公的機関の情報を入手する際の困りごとを聞くと、「多言語での情報発信が少ない」が34.1パーセントで最も高く、「やさしい日本語での情報発信が少ない」が17.4パーセントだった。一方で「特に困っていない」は32.0パーセント、「入手できていない」は5.6パーセントである。
在留資格によって偏りがある点も重要だ。家族滞在では45.6パーセント、特定活動では44.9パーセントが多言語での発信不足を挙げており、全体より10ポイント前後高い。学校や職場という情報の経路を持たない立場にいる人のほうが、公的な発信に頼ることになる。
学生の立場でできることは限られるが、効果のある持ち場はある。交流会の案内、連絡用のメッセージ、集合時刻の伝達といった短い文は、学生が書いて学生が配っている。ここをやさしい日本語に直すだけで、参加の取りこぼしは減る。集合時刻を「9時ごろ」と書かない、持ち物を箇条書きにする、この二つから始められる。
活動の設計そのものを見直したい場合は、国際交流イベントの種類と選び方で主催者ごとの違いを押さえ、学生が国際交流を始める7つの方法で関わり方の幅を確かめるとよい。地域の担い手づくりを事業にしているFLASPOのような場でも、言葉の設計は同じ課題として現れる。
よくある質問
やさしい日本語と子ども向けの日本語は同じものですか
違う。子ども向けの文章は語彙を幼くするが、やさしい日本語は語彙を平易にしながら内容の正確さを落とさない。手続きの期限や金額のような重要な情報は、むしろ曖昧さを削って具体的に書く。幼い言い方に寄せることが目的ではない。
英語の勉強は無駄になりますか
無駄にはならない。ガイドラインも、やさしい日本語を進めることと多言語での情報提供はどちらも重要だとしている。複雑な内容を伝えるときは多言語の資料を用意し、導入はやさしい日本語で行うという使い分けが現実的だ。
ふりがなはどこまで付けるべきですか
書き言葉で渡す場合は、漢字の量を抑えたうえですべての漢字に付けるのが原則とされている。付け方は漢字の上に置く形と、漢字の後ろにかっこで読み方を入れる形がある。文字の大きさや行間を空けて、見やすさも確保する。
話し言葉でも同じやり方で通じますか
基本の型は共通する。一文を短く切り、二重否定と受身を避け、文末をそろえる点は話すときにも効く。加えて、相手の返事を待つ間を取り、理解できたかを「わかりましたか」ではなく内容を言い直してもらう形で確かめると行き違いが減る。
自分の書いた文が伝わるか確かめる方法はありますか
第三段階として、日本語教師や外国人に読んでもらう確認が置かれている。身近に頼める相手がいない場合は、公開されている書き換え支援の仕組みを使う手もある。ガイドラインはやんしす、やさにちチェッカー、リーディングチュウ太という三つの道具を紹介している。
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