社内のポータルに制度の案内は出ているのに、実際に使ったという話は誰からも聞かない。ワーケーションの周りでは、この種のねじれがあちこちで起きている。言葉としての浸透と、実際に動いた人の数が、いまだに何倍も離れているからだ。いまどのあたりにあるのかを語るなら、まずその開きを数字で押さえておきたい。
言葉は8割に届き、経験は4パーセント台にとどまる
観光庁が令和4年3月にまとめた「新たな旅のスタイル」に関する実態調査報告書には、従業員への調査の結果として、認知率が約80.5パーセント、実際に経験した人の割合が4.2パーセントという数字が並んでいる。企業への調査では、制度としての導入率が5.3パーセントだった。
知っている人と、やった人の差はおよそ19倍になる。ここまで開くのは、認知が報道や広告だけで進むのに対し、実行には手順がいくつも挟まるためである。休暇日程を決め、上司の承認を取り、宿を押さえ、滞在先の通信環境を確かめる。どこか一つで止まれば、その年の経験者には数えられない。
この差をもって需要が乏しいと結論づけるのは早い。言葉を知らない相手に一から説明する必要がないという点では、提案する側にとってむしろ有利な地形になっている。止まっている場所は関心ではなく手続きの側にある、と見たほうが実態に近い。
企業の導入率には、母集団の違う数字が並んでいる
導入率を調べると、5.3パーセントという値と13.4パーセントという値の両方が出てくる。どちらかが誤りなのではなく、数えている相手が違う。
| 出どころ | 調査の対象 | 時点 | 数値 |
|---|---|---|---|
| 観光庁「新たな旅のスタイル」実態調査 | 企業全般 | 令和4年3月公表 | 導入率5.3% |
| 同調査(従業員向け) | 就業者 | 令和4年3月公表 | 経験率4.2% |
| 観光庁の集計 | 従業員100名以上の企業 | 令和3年度 | 制度導入率9.1% |
| 観光庁の集計 | 従業員100名以上の企業 | 令和4年度 | 制度導入率13.4% |
規模で絞ると値が跳ね上がるのには理由がある。制度として置くには就業規則の改定が要り、労働時間の把握方法を決め、社外から業務システムに入るときの取り扱いも揃えなければならない。人事や情報システムの担当者がいる会社ほど、この作業を進めやすい。
社内の資料に引用するときは、必ず母集団を添えておきたい。従業員100名以上に限った13.4パーセントだけを持ち出すと、自社が数十人規模であった場合に判断を誤らせる。1年で9.1パーセントから4ポイント以上動いたという変化の向きのほうが、単年の水準よりも示唆がある。
ルールの足場は2021年の時点でできている
新しい働き方だから決まりがない、という前提はすでに崩れている。厚生労働省が令和3年3月25日に改定したテレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドラインで、ワーケーションはテレワークの一形態として位置づけられ、情報通信技術を使って働く場合はモバイル勤務やサテライトオフィス勤務の一形態に分類できると整理された。
この整理が効いてくるのは、労働関係法令の適用が明確になるところだ。労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働者災害補償保険法といった法律は、働く場所が旅先に変わっても同じように及ぶ。旅先だから対象外、という扱いは成り立たない。
ガイドラインは労務管理上の留意点として、人事評価、仕事に必要なコストの負担、人材育成の三つを挙げている。加えて、一時的に業務を離れる中抜け時間の扱いにも触れている。裏を返せば、社内で制度を組むときに詰めるべき論点は、国の側からすでに提示されているということになる。
同じガイドラインは、働く場所が変わっても始業と終業の時刻を把握する義務は消えないという立場を取っている。労働時間の把握が難しい場面に備えて事業場外みなし労働時間制などの仕組みにも触れており、どの制度を使うかは会社ごとに選ぶことになる。旅先だから自由に働けるという理解は、この点で修正がいる。
受け入れる側の自治体が先に動いた
供給と需要のどちらが先かでいえば、この分野は明らかに供給が先行している。2019年11月、和歌山県と長野県が旗振り役となってワーケーション自治体協議会が設立された。英語名のWorkation Alliance Japanから、WAJと略される。
発足時の参加は65自治体だった。それが2021年の時点では22都道府県にまたがる150以上の自治体へ広がっている。協議会の役割は、受け入れたい地域と導入したい企業を引き合わせるところにあり、個々の自治体が単独で企業を探すより効率がよい。
地方の側にとって、この取り組みは観光の延長ではなく人口をめぐる施策として位置づけられている。移住までは決められないが、その土地と関わり続ける人を増やしたいという動機がある。同じ文脈にある政策の広がりは地方創生テレワークの側から見るとつかみやすい。
受け入れ施設が各地に用意され、自治体が窓口を設けている一方で、企業の制度が追いついていない。現状の不均衡は、この順序のずれとして現れている。
関心は広めることから、誰に届けるかへ移った
国の施策の重心も動いている。令和6年度には、子育て世代を対象としたモデル実証と、特定の執務環境を持たないノマドワーカーなど新しい働き方に対応したモデル実証が行われ、その成果は令和7年5月に公開されたナレッジ集としてまとまった。全体の動きは観光庁のワーケーション&ブレジャー等の普及・定着のページから追える。
対象を絞った実証が増えているのは、一般論としての普及活動がひと通り終わったからだと読める。誰にでも勧められる話から、この条件の人にはこう効くという話へ、説明の粒度が細かくなってきている。
民間の調査からは別の側面も見えてくる。パーソル総合研究所のワーケーションに関する定量調査では、本人が自覚しないまま実質的に同じことをしている隠れワーケーションが14.1パーセントにのぼるとされた。帰省先で半日だけ仕事を片づけた、旅行の前日に宿から会議に出た、といった行動が制度の外側で先に起きている。
まだ普及していない、という言い方は現状をやや見誤らせる。すでに起きている行動に制度が名前を与えられていない、という状態に近い。地域と関わりを続ける入口としてこの滞在を考えるなら、FLASPOのように受け入れ側の視点で情報を出している事業者にも目を通しておくと、組み立て方が具体的になる。
よくある質問
導入率が1割台なら、社内で言い出しても浮くのではないか。認知率が8割に届いている以上、概念の説明から始める必要はない。前例の有無を気にするより、どの部署がどの型で何日間やるのかを先に示したほうが、検討の土俵に乗りやすい。
中小企業には縁遠い話なのか。制度として整えるコストは規模が小さいほど相対的に重く、13.4パーセントという値も従業員100名以上に限った集計である。ただし就業規則にテレワークの規定がすでにあるなら、勤務場所の範囲を書き足すだけで足りる場合も多い。
統計に出てくる数字が調査ごとに食い違うのはなぜか。対象が企業なのか就業者なのか、規模で絞っているかどうか、制度の有無を聞いているのか実施経験を聞いているのかで、同じ言葉でも測っているものが変わる。引用する際は数値と一緒に条件を書き写しておきたい。
これから伸びる見込みはあるのか。断定はできないが、認知と経験の開きが大きいこと、制度上の論点が国のガイドラインで整理済みであること、受け入れ地域が先に揃っていることの三つは、伸びる側の条件として揃っている。言葉の定義から確かめたい場合はワーケーションとは何かを整理した記事が入口になる。
受け入れ施設が足りていないという話は聞くのか。地域差は大きいものの、全国的には協議会に参加する自治体が増え、宿泊施設に作業環境を備える動きも続いている。むしろ足りていないのは、社内で申請を通すための根拠と、費用をどちらが持つかの取り決めのほうだと言える。
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