フリーランスのなり方|開業の届出と社会保険の期限を法令で確かめる

フリーランスのなり方|開業の届出と社会保険の期限を法令で確かめる

辞める日が決まった時点で、三つの時計が動き出す

独立したいという相談でまず出てくるのは、たいてい単価の相場や案件の見つけ方である。ところが日付が先に確定するのは、そちらではない。会社を辞める日が決まった瞬間から、税務署に向かう書類と市区町村に向かう書類が、それぞれ別の速さで期限に近づいていく。一方は年単位、もう一方は日単位で、取り違えると取り返しがつかないのは後者のほうだ。

どのくらいの収入規模の話なのかも、先に見ておきたい。内閣官房新しい資本主義実現会議事務局と公正取引委員会、厚生労働省、中小企業庁が2022年8月に実施した令和4年度フリーランス実態調査結果(集計数2,119名)では、フリーランスとしての直近1年間の所得は100万円未満が14.1%、100万円から200万円未満が12.6%、200万円から300万円未満が12.7%だった。1,000万円以上は3.4%にとどまる。

同じ調査では、最も収入の多い契約の期間中に他の仕事を掛け持ちしていない人が66.1%を占めた。独立とは取引先を増やすことだと語られがちだが、実際には一本の契約で生活を組み立てている人のほうが多い。この二つの数字を頭の片隅に置いて、手続きの順番に入る。

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税務署に出す紙は2枚、ただし期限の性格が違う

税務署に提出する書類は、基本的に2枚である。1枚目は個人事業の開業・廃業等届出書、通称の開業届だ。ここで確かめておきたいのが提出時期で、国税庁の手続案内個人事業の開業届出・廃業届出等手続は「事業の開始等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに提出してください」と書いている。開業から1か月以内と紹介する記事が多いが、案内のページを自分で開いて現在の文言を確かめる癖をつけたい。

2枚目の所得税の青色申告承認申請書は、期限の立て方がまったく違う。国税庁の所得税の青色申告承認申請手続によれば、青色申告書による申告をしようとする年の3月15日まで、その年の1月16日以後に新たに事業を開始した場合は事業開始の日から2か月以内である。年の前半に独立した人は、開業届より先にこちらの期限が来ることになる。

出した見返りは控除の額に表れる。タックスアンサーNo.2072 青色申告特別控除によれば、複式簿記で記帳し、貸借対照表と損益計算書を確定申告書に添付して期限内に提出すれば55万円。これに加えて仕訳帳と総勘定元帳の電子帳簿保存を行うか、申告書等を提出期限までにe-Taxで送信すれば65万円になる。どちらも満たさない場合の控除は10万円である。記帳の方式は開業の時点で決めておいたほうが、後から遡る手間がない。

14日という数字は、本人ではなく世帯にかかっている

年金と健康保険の届出は、税務署の時計よりはるかに速い。国民年金法施行規則第1条の4は、第1号被保険者の資格の取得の届出を、当該事実があつた日から十四日以内に届書を市町村長に提出することによって行わなければならないと定めている。厚生年金の被保険者でなくなった日が、この起算点になる。

健康保険のほうは条文の作りが少し意外である。国民健康保険法施行規則第3条は、同法第6条各号のいずれにも該当しなくなったために被保険者の資格を取得した者があるときは、その者の属する世帯の世帯主が14日以内に届書を提出しなければならないとしている。同法第6条は健康保険の被保険者などを適用除外として列挙した規定で、勤め先の健康保険から抜けることがこれに当たる。

注意したいのは、届け出る義務を負うのが本人ではなく世帯主である点だ。実家で暮らしている場合や配偶者が世帯主になっている場合、窓口に行くべき人が自分ではないことがある。家族に一言伝えておくだけで防げる取り違えである。

勤め先の健康保険を任意継続する道も残っているので、保険料の見積りは両方で取ってから決めたい。ただし比較に時間をかけているうちに、14日は静かに過ぎていく。

期限と窓口を一枚に並べる

ここまでの4枚を、出す先と期限と根拠でまとめると次のようになる。独立の前後でやることは多いが、日付が決まっているのはこの範囲だけだと分かれば、残りの時間は仕事の準備に回せる。

出す書類 出す先 期限 根拠・出典
個人事業の開業・廃業等届出書 納税地を所轄する税務署長 開業した事実があった日の属する年分の確定申告期限まで 国税庁 手続案内A1-5
所得税の青色申告承認申請書 納税地を所轄する税務署長 申告しようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後の開業は開業日から2か月以内) 国税庁 手続案内A1-8
国民年金 第1号被保険者の資格取得の届出 市町村長(特別区は区長) その事実があった日から14日以内 国民年金法施行規則第1条の4
国民健康保険の資格取得の届出 世帯主が住所を有する市町村 14日以内(届け出るのは本人ではなく世帯主) 国民健康保険法施行規則第3条

表に入れていないのが、適格請求書発行事業者すなわちインボイスの登録である。タックスアンサーNo.6501 納税義務の免除によれば、基準期間(個人事業者の場合はその年の前々年)における課税売上高が1,000万円以下であれば、消費税の納税義務は原則として免除される。開業した年とその翌年は前々年の売上がないため、この原則からすれば免税の側に立つ。

ところが同じ案内は、課税売上高が1,000万円以下であっても適格請求書発行事業者の登録を受けている場合には納税義務は免除されないと続けている。登録は義務ではなく選択であり、選んだ時点で免税の扱いから自分で出ていくことになる。取引先がインボイスの交付を求めるかどうかを確かめてから判断するのが、順番としては自然である。

2024年11月から、発注する側に守るべき線が引かれた

準備は紙を出して終わりではない。仕事の受け方そのもののルールが、2024年11月1日に変わっている。特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律、通称フリーランス法が施行されたからだ。従業員を使用しない個人が業務委託を受ける場合、相手方の事業者の側に具体的な義務が生じる。

第3条は、業務委託をした場合は直ちに、給付の内容、報酬の額、支払期日その他の事項を書面または電磁的方法で明示しなければならないと定める。第4条は報酬の支払期日について、給付を受領した日から起算して60日の期間内において、かつできる限り短い期間内に定めなければならないとした。期日が定められなかったときは受領した日が支払期日とみなされるという、受け手に有利な作りになっている。

第5条には禁止行為が並ぶ。受領の拒否、報酬の減額、受領後に物を引き取らせること、通常の対価に比べて著しく低い報酬を不当に定めること、自己の指定する物の購入や役務の利用を強制することが1項に、不当な経済上の利益の提供要請と、やり直しを含む給付内容の変更が2項に置かれている。さらに第16条は、継続的な業務委託の契約を解除する場合や更新しない場合に、少なくとも30日前までの予告を求めている。

いずれも発注側に課された義務なので、覚えておくだけで交渉の床が一段上がる。独立する前に条文を一度通して眺めておくと、最初の契約で何を確認すべきか迷わない。職種ごとの始め方はプログラミングでフリーランスになる方法やデザインで独立する場合の進め方、動画編集で独立して働く方法にそれぞれまとめてある。

独立の前に手続きと収支の見通しを一緒に整理したい場合は、FLASPOでも相談を受け付けている。

よくある質問

開業届を出さなかった場合、何か不利になりますか

罰則の形で不利になるわけではありませんが、青色申告の承認申請は事業の開始を前提とする手続きなので、開業届を出さないまま青色申告特別控除を狙うのは筋が通りません。屋号での銀行口座や小規模企業共済のように、控えの提示を求められる場面もあります。最初の確定申告の期限までに出すものと考えておけば足ります。

会社員を続けながら副業で始める場合も、同じ手続きが必要ですか

厚生年金と健康保険は勤め先で継続するため、14日の届出は発生しません。税務署に出す2枚は、事業所得として申告する規模になるかどうかで判断が変わります。雑所得の範囲にとどまる段階では青色申告の対象外なので、記帳の負担と控除の額を見比べて決めるのが現実的です。

青色申告特別控除は、いくらから有利になりますか

控除は所得から差し引く仕組みなので、課される税率が高いほど効きます。55万円と10万円の差は45万円で、これに所得税と住民税の率が乗ります。複式簿記の手間は会計ソフトでかなり減るため、所得が百万円台に入る見込みなら申請しておくほうが分があるでしょう。

フリーランス法の保護は、副業でも働きますか

本業か副業かで線は引かれていません。従業員を使用しない個人が業務委託を受けていれば対象です。ただし第5条の禁止行為と第16条の解除予告は、政令で定める期間以上続く業務委託に限られるため、単発の仕事では明示義務と支払期日の規定が中心になります。

手続きのうち、どれを最初に片付けるべきですか

期限が最も短い年金と健康保険です。退職日の翌日から数えて14日なので、迷う余地がありません。税務署の2枚は年単位の期限ですが、青色申告承認申請書だけは開業から2か月という条文があるため、開業日をカレンダーに書き込んでおくと安全です。


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