一人の物語ではなく、2,077人の束として読む
地域で起業した人の話を一つ読むと、その人の人柄や運の良さばかりが残る。再現できる部分を取り出したいなら、同じ条件の人がまとまって何を選んだかを見たほうが早い。総務省は地域おこし協力隊の任期終了者を追跡しており、平成31年度から令和5年度までの5年間に任期を終えた8,034人のうち、同じ地域に住み続けたのは5,539人、68.9パーセントだった。
このうち活動した市町村にそのまま残った4,477人について、生計の立て方が集計されている。起業が約46パーセントの2,077人、就業が約34パーセントの1,542人、就農や就林が約12パーセントの525人である。さらに、既にある店や工房を引き継いだ事業承継が55名いる。地域起業の事例集として最も人数の多い母集団が、ここにある。
母集団そのものも年々厚くなっている。令和6年度に活動していた隊員は7,910人で前年度から710人増え、受け入れ自治体は1,176団体にのぼった。制度が始まってから令和6年3月末までに任期を終えた人は累計12,682人で、前回の集計より1,559人増えている。毎年千人を超える規模で任期明けの進路が積み上がっており、そこに事例の実体がある。開業前の支援の中身は地域おこし協力隊の起業支援に整理されている。
何が仕事になっているかは、業種の並びに出る
2,077人が選んだ業種を多い順に並べると、偏りがはっきり見える。首位は古民家カフェや農家レストランを含む飲食サービス業で279名。次が工芸を含む美術家、デザイナー、写真家、映像撮影者で203名。ゲストハウスや農家民宿といった宿泊業が187名で続く。パン屋、ピザの移動販売、農作物の通信販売などの小売業が172名、ツアー案内や日本文化体験の観光業が122名、猪や鹿の食肉加工と販売といった6次産業が100名、集落支援や地域ブランドづくりを請け負うまちづくり支援業が80名である。
| 業種 | 人数 | 具体例 |
|---|---|---|
| 飲食サービス業 | 279名 | 古民家カフェ、農家レストラン |
| 美術家・デザイナー・写真家等 | 203名 | 工芸、映像撮影 |
| 宿泊業 | 187名 | ゲストハウス、農家民宿 |
| 小売業 | 172名 | パン屋、移動販売、通信販売 |
| 観光業 | 122名 | ツアー案内、日本文化体験 |
| 6次産業 | 100名 | 猪や鹿の食肉加工・販売 |
| まちづくり支援業 | 80名 | 集落支援、地域ブランドづくり |
| 事業承継 | 55名 | 伝統工芸の承継、民宿の承継 |
上位三つはいずれも、客が土地まで来ることで成り立つ商いだ。四位の小売業から下は、物が土地の外へ出ていく商いに変わる。事例を自分の計画に当てはめるときは、この二つのどちらに寄せるかで必要な設備も必要な資格も変わってくる。
二位に工芸やデザイン、写真、映像の仕事が203名も並んでいるのは見落としやすい点だ。これらは商圏の人口に縛られない。作品や受注は都市の顧客から来て、作る場所だけが地域にある形になる。家賃と工房の広さで有利を取り、売り先は外に置くという組み立ては、客の数が限られる土地で成り立つ数少ない型である。
建物そのものを商品にする形が、最も多い
飲食と宿泊と観光を足すと588名になり、起業した人の4分の1を超える。これらに共通するのは、古い建物や景色という既にある資源を商品に変えている点だ。原材料から作る必要がなく、調達の難しさが軽い。令和5年の住宅・土地統計調査では、空き家は900万2千戸、空き家率は13.8パーセントでいずれも過去最高となった。そのうち一戸建は352万3千戸で、全体の39.1パーセントを占める。
ただし数が多いことは、すぐ借りられることを意味しない。賃貸や売却に出ている分と別荘などを除いた空き家は385万6千戸で、総住宅数に対しては5.9パーセントにすぎない。つまり候補はあっても交渉の相手を探す手間が先に来る。転用の進め方は古民家の活用事例、宿として開く場合の収支の考え方は農泊のメリットに具体例がある。
加工して外に売る形は、市場の大きさが読める
土地の外へ物を出す側の商いには、規模の目安が公表されている。農林水産省の6次産業化総合調査によると、令和6年度の農業生産関連事業の年間総販売金額は全国で2兆2,244億円、前年度より0.7パーセント増えた。内訳は農産物直売所が1兆1,344億円で51.0パーセント、農産加工が1兆61億円で45.2パーセント、農家レストランが399億円、観光農園が391億円、農家民宿が49億円である。直売所と加工の二つで96パーセントを占める。
協力隊から6次産業に進んだ100名の例が猪や鹿の食肉加工だったように、この分野は地域の困りごとと売り物が一致しやすい。害獣として処理されていたものを食材にする、規格外で出荷できない作物を加工品にする、という置き換えである。市場が2兆円規模で、しかも直売所という売り場が各地にある点が、立ち上げの時期を助ける。
生産そのものに入る道も数のうえでは太い。任期後に就農や就林を選んだ525人の内訳は、農業が428名、林業が52名、畜産業が16名、漁業と水産業が13名である。農業に大きく偏っているのは、新規就農の支援制度と農地の貸借の仕組みが他の一次産業より整っていることが背景にある。栽培から始めて数年後に加工へ広げる順番は、6次産業の100名が通ってきた道筋そのものだ。
続いている例は、収入を一本にしていない
同じ集計で、起業ではなく就業を選んだ1,542人の内訳も分かる。最も多いのは自治体職員や議員、集落支援員といった行政関係で363名、次に旅行業や宿泊業の観光業が153名、農業法人や森林組合などの農林漁業が136名、地域づくり支援業が113名と続く。注目したいのは、起業の業種と就業の業種がほぼ重なっていることだ。宿で働きながら自分の宿を準備する、集落支援員をしながら加工品を売る、という重ね方が現実には多い。
定住率が68.9パーセントで、3割が地域を離れているという数字も同じ方向を指している。売上が立つまでの期間を別の収入でしのげた人が残り、事業一本に賭けた人から先に息が切れる。事例を選ぶときは、売上の額ではなく「軌道に乗るまで何で食べていたか」を読むと役に立つ。先に挙げた就業の内訳で行政関係が363名と最多だった事実は、収入の土台を公的な仕事に置いた人がそれだけいたということでもある。地域との関わりを仕事より先に作る道筋としては、FLASPOが扱っているような体験や中間的な関わり方も入口になる。
よくある質問
この数字は協力隊の経験者に限った話ではないのか。限った話である。協力隊という制度を通った人の集計なので、自己資金だけで移住して始めた人や、地元で生まれ育った人の起業は含まれない。ただし業種の並びは地域で需要がある分野を映しているため、母集団の違いを踏まえれば参考にできる。
成功した事例の売上はどこで調べられるのか。個別企業の売上を網羅した公的資料はない。業種ごとの規模を知りたい場合は、6次産業化総合調査のように分野単位で総額を出している統計を見るほうが確かだ。自治体の総合戦略の実績報告にも、支援した事業者の数と内容が載っていることがある。
最初に始めやすい業種はどれか。人数が最多の飲食サービス業は参入しやすい一方、設備投資と営業許可が必要で、客が来る立地に依存する。通信販売や移動販売を含む小売業は172名で四位だが、固定の店舗を持たずに始められる点で初期の負担が軽い。
事業承継は選択肢になるのか。5年間で55名が伝統工芸や民宿を引き継いでいる。設備と顧客が最初からついてくるため立ち上がりは早いが、引き継ぐ側が技術の習得に数年を要する分野もある。承継の相談は自治体や事業承継・引継ぎ支援センターが入口になる。
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