「地域にお金を落とす」という言い方は、実際に何を指しているのかが曖昧なまま使われやすい。観光客が一万円を使っても、その一万円が翌日には域外の卸へ振り込まれるなら、町に残るのは一部にすぎない。地域内経済循環を実務に落とすとき、最初に触るのは理念ではなく発注先の住所である。
残るか出ていくかは、一件の発注で決まる
地域内経済循環とは、稼いだお金が域内で何度も使われる状態を指す。ただしその状態は計画書の中で生まれるものではなく、事業者や自治体が日々おこなう調達の積み重ねとしてしか現れない。
この論点を一つの比率に落としたものが域内調達率である。公益財団法人日本交通公社のコラムでは、地域で提供している観光コンテンツの原材料や商品、人材のうち、どの程度が地域内で生産・調達されているのかを示す割合と説明されている。
宿泊施設に置き換えるとわかりやすい。朝食の食材、客室のアメニティ、清掃の委託先、予約システムの利用料。売上が同じでも、この四つの支払先がすべて域外であれば、その施設は資金の通過点として働いているにすぎない。
食材の三割を近隣の農家から仕入れ、清掃を地元の事業者に任せれば、売上を一円も増やさないまま域内に残る金額は増える。厚みをつくる作業と、売上を伸ばす作業は別々に進められる。
支出の種類ごとに、漏れ方が違う
どこから手をつけるかは、金額の大きさだけでは決まらない。構造的に域外へ向かう支出と、単に慣習で域外に頼っている支出とでは、切り替えにかかる手間がまるで違うからだ。
| 支出の区分 | 域外へ向かいやすい理由 | 域内に戻す手立て |
|---|---|---|
| 原材料・仕入 | 卸の系列が広域で組まれている | 生産者との直接取引、共同仕入れ |
| 設備・工事 | 規模の大きい工事は域外の元請が受ける | 分離発注、地元企業による共同受注 |
| 委託・役務 | 清掃や警備、印刷は価格競争になりやすい | 入札の地域要件、小規模事業者向けの発注枠 |
| 人件費 | 従業員の居住地が域外にある | 域内に住む人の採用、通勤圏の把握 |
| 金融・保険 | 預金や保険料が域外の運用に向かう | 地元金融機関との取引に寄せる |
上の二つは相手を替える話なので、交渉と時間が要る。下の三つは自分の側の運用で動かせる幅が大きい。着手の順序を決めるとき、この差は効いてくる。
金額が小さくても頻度の高い支出は、年間で見ると軽視できない。毎月の消耗品や印刷、保守契約は一件では数万円でも、十二か月分を積み上げると設備投資に並ぶことがある。資金面の相談相手としては、地方銀行の中小企業支援を扱った記事で触れた枠組みも使える。
測るときに迷うのは分母の決め方である。売上を分母にすると値引きや在庫の影響を受けるため、仕入や外注といった支払総額を分母に置き、そのうち域内の相手に払った額を分子にするのが扱いやすい。相手の所在地は登記上の本店ではなく、実際に代金が渡る事業所で判断する。
集計の単位は年度でそろえる。四半期で切ると季節の偏りが入り、改善したのか単に時期が違うだけなのかが判別できなくなる。初年度の数字は精度より、翌年と比べられる形で残すことを優先したい。
LM3は、三周ぶん先まで追いかける
域内調達率は、自社が誰に払ったかまでしか見ない。その支払先がさらにどこへ払っているかまで含めると、地域に残る金額の見え方は変わってくる。
LM3(Local Multiplier 3)は、その三周ぶんを計算する手法である。ある事業者がどこからどのくらい調達しているか、その調達先ではどこからどのくらい調達しているか、従業員がどこでどのくらい購入しているかを遡って算定し、その事業者が地域経済にどれだけ貢献しているかを数値にする。
一周目は事業者の売上、二周目は仕入と給与の支払先、三周目はその仕入先と従業員がさらに使った先にあたる。三周目まで域内に留まる比率が高ければ、同じ売上でも町に落ちる金額は大きくなる。
この考え方の利点は、比較の土台ができることにある。支援先や補助の対象を選ぶとき、雇用者数や売上規模だけでなく、支払いの行き先まで見て判断できる。規模は小さくても回り方の良い事業者は珍しくない。
限界もある。三周目まで正確に追うには取引先の協力が要り、企業秘密に触れる部分も出てくる。精密な数値を出すことより、どの支払いが二周目で域外へ抜けているかを見つける道具として使うほうが、現場では役に立つ。
最大の発注者は、たいてい役所である
市町村の中で最も多くの発注をおこなう主体は、多くの場合に行政である。工事と委託と物品を合わせれば、域内の大手事業者を上回る規模になることも起きる。
国の側には官公需法があり、毎年度、契約の基本方針が閣議決定される。令和7年4月22日に決定された基本方針では、中小企業・小規模事業者向けの契約目標を国等全体で61パーセント、新規中小企業者向けの目標を3パーセント以上とすることが定められた。
地方公共団体の入札・契約制度でも、市内に本店がある地元業者を優先する地域要件を付けたり、小規模な事業者を対象とした発注の仕組みを設けたりする形で、受注機会への配慮がおこなわれている。
ただし国の目標値は中小企業向けの比率であって、域内企業向けの比率ではない。隣県の中小企業が受注しても数字の上では達成になる。自分の町に残る金額を知りたければ、契約の実績を相手先の所在地で並べ直す必要がある。人口が減る地域ほどこの集計は効いてくるため、過疎化対策の施策を検討する段階で一度出しておきたい。
動く前に試算する道具がある
やってみなければわからない、と言われがちな領域だが、事前に見積もる手段は公開されている。環境省の地域経済波及効果分析ツールは、利用者が選んだ市町村で新規事業を実施した場合の地域経済への波及効果を分析し、結果を自動で出力する。
用意されている施策メニューには、太陽光発電や風力発電、木質バイオマス発電、空き家対策、高効率ボイラー等の設備投資に加えて、中心市街地活性化として域内調達率の向上そのものが含まれている。調達先を域内へ切り替えた場合の効きを、着手前に数字で置けるということだ。
手引きは、操作の流れを説明する基本編と、考え方を扱う詳細編の二本立てで整備されている。自治体の担当者に限らず、地域金融機関が事業者と話すときの共通言語としても使われている。入口は環境省ローカルSDGsのページにある。
若い世代と地域をつなぐFLASPOが関わる現場では、支払先の一覧までは作れても、集計して比率にする手が足りずに止まる例を見かける。表計算に落とす工程は、その町に住んでいない人でも引き受けられる。
よくある質問
域内調達率は何パーセントを目指せばよいのか
全国共通の目標値はない。域内に生産者がいない品目は、どれだけ努力しても調達できないからだ。まず現状の比率を出し、前年より上がったかどうかで管理するほうが現実的である。
地元に発注すると価格が高くなるのではないか
単価だけを見れば高くなる場合がある。判断の材料には、支払った額のうち域内に残る割合や、急な変更への対応の速さも入れておきたい。公共調達には価格以外の要素を評価する方式も用意されている。
小さな店が測る意味はあるのか
ある。LM3は事業者ごとに計算する手法なので、規模に関係なく当てはめられる。仕入先と従業員の居住地がわかれば、二周目までは手元の帳簿から算定できる。
外から関われる作業はあるか
支払先の住所を集計して比率を出す工程や、域内の供給者を探して一覧にする工程は、現地に住まなくても進められる。地域おこしに関わる仕事の入口としても、数字を扱える人の需要は続いている。
役所の発注は域内に戻せないのか
戻せる範囲はある。競争性や公平性の確保という前提は動かせないが、分離して発注する、仕様を域内の事業者でも受けられる粒度に直す、履行期間に余裕を持たせるといった調整は制度の内側で可能である。
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